上 下
76 / 160
第15章 集中豪雨

第75話 肩を寄せ合う2人

しおりを挟む
「ひろ君」

「はい」

「私、今でもこれがいい事か悪い事か判らないんだけど、私死なずにすんだ」

「それでよかったんです」

「でもあの人がいない世界は寂しくて悲しくて虚しくて、今でもあの人のもとに逝きたくなる時もあるの……」

「はい」

「私まだ苦しい。自分を責めてひとり泣く日だってある」

「そんな時はシエロを頼って下さい。それと……」

 僕は勇気を振り絞って言った。

「僕だって」

「うん……」

 空さんと僕は、肩を寄せ合い横になりながら見つめ合う。空さんの瞳の中にまたたく星のようなきらめきがきれいだ。

「ごめんね……」

「なにがですか」

 空さんが申し訳なさそうに囁いた。

「泉のこと」

 それについては僕は本当に悔しいし悲しいし情けなかったりする思いがあった。僕の口は重い。

「ああ…… その話はもういいんです。何も言わないで下さい」

大城おおきさんに後つけられちゃって」

 僕は少し驚いた。

「つけられた、んですか……」

「いつも私大城おおきさんをいてあそこに行っていたんだけど、ちょっとずるいことされちゃってとうとう知られちゃった。ひろ君と二人だけの場所だったのに。本当にごめんなさい」

「そうだったんですか。なら仕方ないですね」

「え、許してくれる……の?」

「許すも許さないもありません。仕方のない事です。確かに最初はショックでしたけど、理由がわかった今なら僕はもう気にしないようにします」

「あ、ありがとう…… ありがとう。私、ひろ君に見捨てられたらって思ったらとてもつらくてとてもっ。慶に続いてひろ君までいなくなったら私、私っ……」

 また泣きだす空さん。僕は大胆にも寝袋の上から空さんの手をさする。

「さっき言ったじゃないですか。もう気にしてないって。それに僕が空さんを見捨てる訳ありません。そんなことは決してしません」

「うんっ、うんっ」

 悲しさや悔しさが減ったわけではないけれど、空さんの方からあの場所に大城おおきさんを案内したわけではないと知って僕はほっと胸をなで下ろした。でも空さんは大城おおきさんに振り回されていると感じる。僕は少し強い口調で言った。

大城おおきさんには思ったことをはっきり言った方がいい。大城おおきさんがそばにいるのはつらいんじゃないですか?」

「……そうね」

 空さんは呟くように返事をした。

「でもなんだか勇気が湧かなくて…… 以前はすごくはっきり言うタイプの人間だったんだけどな……」

「怖いですか」

「ん、それもちょっとあるけど」

 多分それは空さんの心の症状が関係しているのだろう。大城おおきさんは空さんの心に負担をかけるばかりで、安らかにすることができない。

「再異動はもう無理にしても、これからは少し会う時間を増やせませんか」

「うん…… それはやめとく」

「どうして」

「やっぱりひろ君に甘えたくない。頼りたくない、負担になりたくないの」

「それはもう聞いています。でも慶さんのことで心の傷が完全に癒えていない今、誰かに、何かに頼ったり甘えたりすることでその傷を癒すのは大切なことです。今は空さんが完全に立ち直ることを最優先にすべきです。僕はそう思います。どうか考え直して下さい」

「うん…… でも……」

「それに僕自身、空さんと話したりスケッチする傍らにいるととても気が安らぐんです」

「……そう、なんだ」

「ははっ、これはまあ僕のわがままですけど」

 空さんは何事か考えこんでいるような顔になると重そうに口を開いた。

「うん、ほんと言うと、私、私もね…………」


【次回】
第76話 大城の我執
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

えと…婚約破棄?承りました。妹とのご婚約誠におめでとうございます。お二人が幸せになられますこと、心よりお祈りいたしております

暖夢 由
恋愛
「マリア・スターン!ここに貴様との婚約は破棄し、妹ナディアとの婚約を宣言する。 身体が弱いナディアをいじめ抜き、その健康さを自慢するような行動!私はこのような恥ずべき行為を見逃せない!姉としても人としても腐っている!よって婚約破棄は貴様のせいだ!しかし妹と婚約することで慰謝料の請求は許してやる!妹に感謝するんだな!!ふんっっ!」 …………… 「お姉様?お姉様が羨ましいわ。健康な身体があって、勉強にだって励む時間が十分にある。お友達だっていて、婚約者までいる。 私はお姉様とは違って、子どもの頃から元気に遊びまわることなんてできなかったし、そのおかげで友達も作ることができなかったわ。それに勉強をしようとすると苦しくなってしまうから十分にすることができなかった。 お姉様、お姉様には十分過ぎるほど幸せがあるんだから婚約者のスティーブ様は私に頂戴」 身体が弱いという妹。 ほとんど話したことがない婚約者。 お二人が幸せになられますこと、心よりお祈りいたしております。 2021年8月27日 HOTランキング1位 人気ランキング1位 にランクインさせて頂きました。 いつも応援ありがとうございます!!

5度目の求婚は心の赴くままに

しゃーりん
恋愛
侯爵令息パトリックは過去4回、公爵令嬢ミルフィーナに求婚して断られた。しかも『また来年、求婚してね』と言われ続けて。 そして5度目。18歳になる彼女は求婚を受けるだろう。彼女の中ではそういう筋書きで今まで断ってきたのだから。 しかし、パトリックは年々疑問に感じていた。どうして断られるのに求婚させられるのか、と。 彼女のことを知ろうと毎月誘っても、半分以上は彼女の妹とお茶を飲んで過ごしていた。 悩んだパトリックは5度目の求婚当日、彼女の顔を見て決意をする、というお話です。

【完結】婚約者を寝取られた公爵令嬢は今更謝っても遅い、と背を向ける

高瀬船
恋愛
公爵令嬢、エレフィナ・ハフディアーノは目の前で自分の婚約者であり、この国の第二王子であるコンラット・フォン・イビルシスと、伯爵令嬢であるラビナ・ビビットが熱く口付け合っているその場面を見てしまった。 幼少時に婚約を結んだこの国の第二王子と公爵令嬢のエレフィナは昔から反りが合わない。 愛も情もないその関係に辟易としていたが、国のために彼に嫁ごう、国のため彼を支えて行こうと思っていたが、学園に入ってから3年目。 ラビナ・ビビットに全てを奪われる。 ※初回から婚約者が他の令嬢と体の関係を持っています、ご注意下さい。 コメントにてご指摘ありがとうございます!あらすじの「婚約」が「婚姻」になっておりました…!編集し直させて頂いております。 誤字脱字報告もありがとうございます!

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ
恋愛
 幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。  とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。  婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。  アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。  そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、イザベラは少しずつ変わっていく。/拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり)/第17回恋愛小説大賞にエントリーしています/番外編連載中

処理中です...