上 下
38 / 160
第8章 初めての駈歩(かけあし)、初めての笑顔

第37話 噂の的

しおりを挟む
 その時ふと何かを感じてその方を見ると、大城おおきさんの視線とぶつかった。大城おおきさんはすぐに僕からその鋭い視線を外したが、あの大城おおきさんの視線には何の意味があるのだろう。

 もしかするとこれは厄介なことなのかもしれない。僕の顔から笑みが消え、少しうつむくと小さな溜息を吐く。

「どうしたの? ため息なんか吐いて」

 小坂部おさかべさんが僕に声をかけて来た。

「いえ、なんでもありません」

 僕は俯いたまま馬柵ばさくを爪先でつつきながら答えた。そこで僕はひらめく。そうだ。大城おおきさんの上司に当たる小坂部おさかべさんなら大城おおきさんについて何か教えてくれるかもしれない。僕は小坂部おさかべさんの方を向いて声をかけて見ようとした。

小坂部おさかべさん、ちょっとうかがいたいことが――」

 僕の視線の先には何とも言えない笑顔を浮かべた小坂部おさかべさんの顔があった。小坂部おさかべさんはにやにや笑いを満面に浮かべている。こんな小坂部おさかべさんは見たことがない。

大城おおき君のこと?」

 小坂部おさかべさんは判ってて今まで僕に何も言わなかったのは間違いなさそうだ。小坂部おさかべさんも思ったより相当人が悪い。僕はさらに溜息を吐いた。

「まあそうです」

「タフで働き者で、人柄も良くて、人懐っこくて明るくいつも前向きで自信家、馬術乗馬部門を含めシェアトでの評判は非常に高いね」

 人柄がいい? あの僕に対する粘着質で湿度の高い視線はお世辞にも人柄の良さとはつながらない。僕はそこに何か怖いものを感じた。

「で、何が訊きたい?」

「え、あ、いや特にありませんが――」

「彼が空さんのことを好きどうか、とか?」

「やっやめて下さいっ、そんなんじゃありませんっ」

「いやあ、でも二人で親し気に練習する姿を眺めている間の君の不安そうな表情と言ったらなかったね。いや傑作傑作」

 小坂部おさかべさんのニヤニヤ笑いは止まらない。

「からかわないで下さいよ……」

「娯楽なんてろくにないここじゃあ、こういう話くらいしかみんなの楽しみはないからね。まあ大目に見てよ」

「……みんな?」

 みんなとは一体どういうことだ。僕は呆然とした。

「そうみんな」

 僕は小坂部おさかべさんに詰め寄った。

「一体どこまで話はいってるんですかっ!」

「え? んー、空さんからつかず離れずついて回る君をストーカーみたいだという者もいるけれど、まるでボディーガードや騎士ナイトのようだと高く評価するものの方がずっと多いよ。原沢を除いてね。だからここでは君と空さんの噂で持ち切りだよ」

「噂? 噂ってなんです? 持ち切り?」

「すなわち二人は付き合っている」

「なんだって!」

 僕は驚いたが同時に胸が甘く苦しく切なくなる。

「ところが君にはかねてより原沢が、そして今回空さんには大城おおき君という不安定要素が生まれたので、周りは固唾をのんで見守っているというわけだ。まあ大方は君と空さんの方に分があると思っているけどね」

「勝手に盛り上がらないで下さいよっ、僕はっ、僕は別にっ」

「ん? 別に?」

「いえ、なんでもありません……」

「奥手だなあ。そんなことじゃ空さん大城おおき君にとられちゃうよ」

「いやっ、ですから僕はっ」

「ふうん、じゃ簑島みのしま君、空さんのことが好きじゃなかったのか。これは意外だったな……」

 小坂部おさかべさんはそらとぼけたように言う。


【次回】
第38話 空への思い、想い
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...