上 下
4 / 43

第4話 クリスマスブレスレット

しおりを挟む
 クリスマスが近づいてきた。あと八日だ。学校で友達と話していた時、僕はハッと思いついた。姉にプレゼントを買ってあげてみようか、と。それを思いついた時、僕はなぜか胸がきゅっとするような感覚を覚えた。

 僕は帰宅してすぐネットで検索する。僕はどうしてか無性にドキドキしながら調べてみる。本当なら姉は高二だ。やはり女子高生向けのプレゼントがいいのだろうか。
 すると、「高校生の彼女への定番クリスマスプレゼント」というサイトを見つける。僕はさらに胸が高鳴るのを感じながらそこを開く。彼女…… 彼女って誰だよ、そう思いながら。

 そこで見たプレゼントは確かに僕の小遣いでも買えそうなものだった。マフラー、リップ、ボディクリーム、財布、手袋など。でもどれも今の姉にそれほど入用には思えないものが多い。確かに姉は唇も肌もガサガサでリップやクリームは喜ばれるだろうが、何かが違う気がしてならなかった。それにマフラーや手袋や財布なども、ほとんど外出しない姉には無用のもののような気がしないでもない。
 そんな中でペアリングを見つけた時はまた胸がきゅっとなった。一瞬僕と姉がこれをつけている様を思い浮かべてしまったのだ。僕は頭を振ってその考えを打ち消した。

 結局僕一人ではいいものが思い浮かばなかったので、居間に行って直接姉の意見を聞こうと思った。
 居間では親父が高いびきで寝ていて姉は座椅子に座ってテレビを観ている。
 僕はその隣に座って訊いてみた。

「ねえ、今何か欲しいものってある?」

「うーん、ゆーくんがいれば何もいらないよ」

 僕は絶句して硬直し、何も言い出せなかった。

「あっ、真に受けてる」

 姉がいつものいたずらっぽい目で僕を見ている。

「ちっ、違うって、なんていうかそのあまりに無欲で姉さんらしくないって言うか――」

「あたしは強欲ってか?」

「あ、いえそんなことはありません」

「だよねっ。じゃあねえ……」

 姉は僕に顔を近づけると急にささやき声になる。

「ペアリング、とか」

 また僕は固まって絶句する。姉の目にはいたずらっぽいだけではない、何か特別な光を感じた。

「つけていたらあ、いつもゆーくんとお一緒にいるような気がしてえ、リハビリも頑張れそうだからっ」

 といかにもばかっぽく言うと姉は大笑いをして僕の肩をバシバシたたいた。

「きゃははっ、何真に受けてるんだよー、そんなわけないじゃーん」

 僕は正直胸をなで下ろした。

「もしかしてクリスマス?」

「そ、そう、だけど……」

 僕はおずおずと答える。

「そっかそっか、ゆーくんがそんなことを訊いてくるなんてねえ。オトナになったねえ」

 とニヤニヤしながら僕の肩をまたポンポンと叩く姉。

「ばっ、ばかにするなっ」

「ばかにしてないよ。姉ちゃん嬉しかった」

「えっ」

 姉が僕に嬉しいとか言うのはいつ以来だろうか? はるか彼方の過去だったような気がする。

 姉はほほ笑みを浮かべながら言う。

「ゆーくんの好きなの買いな? 姉ちゃん、ゆーくんからもらえるんならなんだって嬉しいから」

「う、うん」

 思わず嬉しがられたり、優しく微笑みかけられてすっかり毒気の抜けた僕は自分の部屋に戻ろうとした。

「あっ、でもやっぱりペアリングは候補に入れといてねっ」

 だめだ、やっぱりただからかわれていただけなのか。

 自室に戻ってパソコンを前にして考える。

 ペアリングはまず除外するにしても、あとは何にすればいいか。
 姉は身体が不自由で自室にいる時間が一日の半分以上になる。ならば室内で眺めて楽しいものがよさそうだ。ならば、と二つのものが候補に挙がった。
 一つは生き物が好きな姉にぴったりな、水草を育てる小さな小さなアクアリウム。水草を生やして育てるコップ大の水槽だ。
 もう一つは小さな小鳥型のストームグラス。これも鳥好きな姉にはちょうどいいと思う。ストームグラスというのは透明な液体が入っている密封されたガラスの器で、その中にできる結晶によって天気がわかるというもの。

 さてどうしたものかと思った。どちらも捨てがたい。きっとどちらも喜んでくれるだろう。
 結局どちらかを選べなかった僕は二つ購入することにした。財布的にはちょっと厳しかったけど。

 さて、購入はしてもそれがバレないようにしなくては。僕は商品の到着日を慎重に選んだ。姉にはもちろん親にもバレないように。

 クリスマスイブは、まあどこの家庭とも同じようなもので、チキンを食ってクリスマスケーキを食って、終わり。この歳になると親からプレゼントはもらえない。
 夕食も姉の風呂も終わり、僕たちはそれぞれの部屋に戻る。さあいよいよだ、と僕はなぜか妙に緊張して姉の部屋に向かった。
 ノックをして部屋に入ると、ベッドに座っていた姉は僕を待ち構えていたかの様子で満面の笑みをたたえていた。

「ふっふっふー、何の用かねえゆーくん」

「えっ、いやあのっ」

 期待に満ちたこの目。やはり姉は強欲だと僕は思った。

「なあに?」

「こっこれっ」

 僕はまるでバレンタインデーに、男子に本命チョコを渡す小心者の女子のようなしぐさで、二つの紙袋を突き出した。

「えっ、これっ?」

 姉は少し驚いたようだ。まさか二つももらえるとは思わなかったんだろう。

「実はどれがいいか選びきれなくてさ。だから二つ買っちゃった」

「うわー、姉ちゃん嬉しいよ」

 珍しく素直に喜ぶ表情を見せる姉。

「あけていい?」

「うん」

「あっなにこれかわいい! なにこれ? ストームグラス? えーっ、水草のアクアリウム? これもかわいい!」

 こんなうれしそうな表情の姉は見たことがないぞ。それを見ている僕もすっごく嬉しい。

「姉ちゃんはうちにいることが多いから、それを考えて選んでくれたんだ。ますますわかってきておるではないか。嬉しいぞ」

 そのあと珍しくにこやかに言葉を交わした。なんだかまるで本当のカップルみたいだ。いや、姉と本当のカップルになりたいとかそんなことではなく…… おかしいだろそんなの。

 あれ? でも僕にプレゼントはないのかな? まあ、ないんなら仕方ないけど。でもそれはそれでなんだか寂しいなあ。なんだか不公平な気もするし。

 僕が部屋から出ようとする時、姉が僕を呼び止めた。

「ね、ゆーくん」

 僕は勢いよくさっと振り向いた。

「ぷっ、何その期待に満ちた目」

「う、うるさい」

「そんなに姉ちゃんからのプレゼントが欲しかったのかい?」

「いやっ、そんなこと、いっいやそれは欲しっ、欲しかったけど――」

「クックック」

 姉はベッドのわきに隠していた紙袋を僕に手渡した。

 それは僕のより大きい紙袋だった。早速開けてみる。中に入っていたのは中高生では流行りのブランドもののマフラーだった。しかもすっごくあったかそう。

「うわー、これいいよ。ありがとう姉さん」

 僕が姉に対しこんな素直に感謝の言葉を口にしたのは何年ぶりだろうか。

「どういたしてだよ」

 姉はなんだか自分がプレゼントをもらったみたいににこにこしていた。いや、ニヤニヤしていたの間違いか。

「さあさあ、姉ちゃんはもう寝るから早く帰った帰った」

 姉はベッドに横になる。

「あ、うんごめん。おやすみ」

「おやすみ。メリークリスマス」

「あ、メリークリスマス」

 短い時間とはいえ姉とこんな穏やかなひと時を過ごせたのは本当に久しぶりな気がして、これならクリスマスってのもいいなと少し思った。

 僕は自分の部屋に戻って改めて紙袋からマフラーを取り出した。早速首に巻いてみる。暖かい。幼いころ姉が僕の首にしがみついてきた時のことが思い出される。ほんの少し、姉の匂いがしたような気がした。
 紙袋の底に何かあるのに気が付く。手に取ってみるとそれは細い革ひものブレスレットだった。平らな金と銀のリングがかちっと組み合わさったチャームがついていて、そのそれぞれにアクアマリンがはめ込まれている。アクアマリンは僕の誕生石だ。そして、姉の。
 僕は思った。姉が本当にプレゼントしたかったのはこのブレスレットだったんじゃないか、と。

 僕はこれを右腕にはめる。手首を振ると金と銀とアクアマリンの小さなチャームが僕の腕の中で揺れる。僕と姉の絆の象徴が。僕は何だ胸が熱くなってきてチャームを左手で包み込んだ。

 その日からずっと僕は親の目に留まらない範囲でこのブレスレットをつけ続けた。

 翌朝、僕が家を出る時、姉が僕に左手を振る。

「いってらっしゃい、ゆーくん」

 その左手首には僕のものと同じブレスレットが揺れていた。僕はまるで恋した時のように胸がきゅーっと痛くなる。僕も右手首のブレスレットがよく見えるよう姉に手を振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

電気あんま・ボーイズ

沼津平成
ライト文芸
電気あんまに関する短編集!! 付録として「電気あんまエッセイ——おわりに」を収録。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。  毎日一話投稿します。

処理中です...