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第4話 クリスマスブレスレット
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クリスマスが近づいてきた。あと八日だ。学校で友達と話していた時、僕はハッと思いついた。姉にプレゼントを買ってあげてみようか、と。それを思いついた時、僕はなぜか胸がきゅっとするような感覚を覚えた。
僕は帰宅してすぐネットで検索する。僕はどうしてか無性にドキドキしながら調べてみる。本当なら姉は高二だ。やはり女子高生向けのプレゼントがいいのだろうか。
すると、「高校生の彼女への定番クリスマスプレゼント」というサイトを見つける。僕はさらに胸が高鳴るのを感じながらそこを開く。彼女…… 彼女って誰だよ、そう思いながら。
そこで見たプレゼントは確かに僕の小遣いでも買えそうなものだった。マフラー、リップ、ボディクリーム、財布、手袋など。でもどれも今の姉にそれほど入用には思えないものが多い。確かに姉は唇も肌もガサガサでリップやクリームは喜ばれるだろうが、何かが違う気がしてならなかった。それにマフラーや手袋や財布なども、ほとんど外出しない姉には無用のもののような気がしないでもない。
そんな中でペアリングを見つけた時はまた胸がきゅっとなった。一瞬僕と姉がこれをつけている様を思い浮かべてしまったのだ。僕は頭を振ってその考えを打ち消した。
結局僕一人ではいいものが思い浮かばなかったので、居間に行って直接姉の意見を聞こうと思った。
居間では親父が高いびきで寝ていて姉は座椅子に座ってテレビを観ている。
僕はその隣に座って訊いてみた。
「ねえ、今何か欲しいものってある?」
「うーん、ゆーくんがいれば何もいらないよ」
僕は絶句して硬直し、何も言い出せなかった。
「あっ、真に受けてる」
姉がいつものいたずらっぽい目で僕を見ている。
「ちっ、違うって、なんていうかそのあまりに無欲で姉さんらしくないって言うか――」
「あたしは強欲ってか?」
「あ、いえそんなことはありません」
「だよねっ。じゃあねえ……」
姉は僕に顔を近づけると急にささやき声になる。
「ペアリング、とか」
また僕は固まって絶句する。姉の目にはいたずらっぽいだけではない、何か特別な光を感じた。
「つけていたらあ、いつもゆーくんとお一緒にいるような気がしてえ、リハビリも頑張れそうだからっ」
といかにもばかっぽく言うと姉は大笑いをして僕の肩をバシバシたたいた。
「きゃははっ、何真に受けてるんだよー、そんなわけないじゃーん」
僕は正直胸をなで下ろした。
「もしかしてクリスマス?」
「そ、そう、だけど……」
僕はおずおずと答える。
「そっかそっか、ゆーくんがそんなことを訊いてくるなんてねえ。オトナになったねえ」
とニヤニヤしながら僕の肩をまたポンポンと叩く姉。
「ばっ、ばかにするなっ」
「ばかにしてないよ。姉ちゃん嬉しかった」
「えっ」
姉が僕に嬉しいとか言うのはいつ以来だろうか? はるか彼方の過去だったような気がする。
姉はほほ笑みを浮かべながら言う。
「ゆーくんの好きなの買いな? 姉ちゃん、ゆーくんからもらえるんならなんだって嬉しいから」
「う、うん」
思わず嬉しがられたり、優しく微笑みかけられてすっかり毒気の抜けた僕は自分の部屋に戻ろうとした。
「あっ、でもやっぱりペアリングは候補に入れといてねっ」
だめだ、やっぱりただからかわれていただけなのか。
自室に戻ってパソコンを前にして考える。
ペアリングはまず除外するにしても、あとは何にすればいいか。
姉は身体が不自由で自室にいる時間が一日の半分以上になる。ならば室内で眺めて楽しいものがよさそうだ。ならば、と二つのものが候補に挙がった。
一つは生き物が好きな姉にぴったりな、水草を育てる小さな小さなアクアリウム。水草を生やして育てるコップ大の水槽だ。
もう一つは小さな小鳥型のストームグラス。これも鳥好きな姉にはちょうどいいと思う。ストームグラスというのは透明な液体が入っている密封されたガラスの器で、その中にできる結晶によって天気がわかるというもの。
さてどうしたものかと思った。どちらも捨てがたい。きっとどちらも喜んでくれるだろう。
結局どちらかを選べなかった僕は二つ購入することにした。財布的にはちょっと厳しかったけど。
さて、購入はしてもそれがバレないようにしなくては。僕は商品の到着日を慎重に選んだ。姉にはもちろん親にもバレないように。
クリスマスイブは、まあどこの家庭とも同じようなもので、チキンを食ってクリスマスケーキを食って、終わり。この歳になると親からプレゼントはもらえない。
夕食も姉の風呂も終わり、僕たちはそれぞれの部屋に戻る。さあいよいよだ、と僕はなぜか妙に緊張して姉の部屋に向かった。
ノックをして部屋に入ると、ベッドに座っていた姉は僕を待ち構えていたかの様子で満面の笑みをたたえていた。
「ふっふっふー、何の用かねえゆーくん」
「えっ、いやあのっ」
期待に満ちたこの目。やはり姉は強欲だと僕は思った。
「なあに?」
「こっこれっ」
僕はまるでバレンタインデーに、男子に本命チョコを渡す小心者の女子のようなしぐさで、二つの紙袋を突き出した。
「えっ、これっ?」
姉は少し驚いたようだ。まさか二つももらえるとは思わなかったんだろう。
「実はどれがいいか選びきれなくてさ。だから二つ買っちゃった」
「うわー、姉ちゃん嬉しいよ」
珍しく素直に喜ぶ表情を見せる姉。
「あけていい?」
「うん」
「あっなにこれかわいい! なにこれ? ストームグラス? えーっ、水草のアクアリウム? これもかわいい!」
こんなうれしそうな表情の姉は見たことがないぞ。それを見ている僕もすっごく嬉しい。
「姉ちゃんはうちにいることが多いから、それを考えて選んでくれたんだ。ますますわかってきておるではないか。嬉しいぞ」
そのあと珍しくにこやかに言葉を交わした。なんだかまるで本当のカップルみたいだ。いや、姉と本当のカップルになりたいとかそんなことではなく…… おかしいだろそんなの。
あれ? でも僕にプレゼントはないのかな? まあ、ないんなら仕方ないけど。でもそれはそれでなんだか寂しいなあ。なんだか不公平な気もするし。
僕が部屋から出ようとする時、姉が僕を呼び止めた。
「ね、ゆーくん」
僕は勢いよくさっと振り向いた。
「ぷっ、何その期待に満ちた目」
「う、うるさい」
「そんなに姉ちゃんからのプレゼントが欲しかったのかい?」
「いやっ、そんなこと、いっいやそれは欲しっ、欲しかったけど――」
「クックック」
姉はベッドのわきに隠していた紙袋を僕に手渡した。
それは僕のより大きい紙袋だった。早速開けてみる。中に入っていたのは中高生では流行りのブランドもののマフラーだった。しかもすっごくあったかそう。
「うわー、これいいよ。ありがとう姉さん」
僕が姉に対しこんな素直に感謝の言葉を口にしたのは何年ぶりだろうか。
「どういたしてだよ」
姉はなんだか自分がプレゼントをもらったみたいににこにこしていた。いや、ニヤニヤしていたの間違いか。
「さあさあ、姉ちゃんはもう寝るから早く帰った帰った」
姉はベッドに横になる。
「あ、うんごめん。おやすみ」
「おやすみ。メリークリスマス」
「あ、メリークリスマス」
短い時間とはいえ姉とこんな穏やかなひと時を過ごせたのは本当に久しぶりな気がして、これならクリスマスってのもいいなと少し思った。
僕は自分の部屋に戻って改めて紙袋からマフラーを取り出した。早速首に巻いてみる。暖かい。幼いころ姉が僕の首にしがみついてきた時のことが思い出される。ほんの少し、姉の匂いがしたような気がした。
紙袋の底に何かあるのに気が付く。手に取ってみるとそれは細い革ひものブレスレットだった。平らな金と銀のリングがかちっと組み合わさったチャームがついていて、そのそれぞれにアクアマリンがはめ込まれている。アクアマリンは僕の誕生石だ。そして、姉の。
僕は思った。姉が本当にプレゼントしたかったのはこのブレスレットだったんじゃないか、と。
僕はこれを右腕にはめる。手首を振ると金と銀とアクアマリンの小さなチャームが僕の腕の中で揺れる。僕と姉の絆の象徴が。僕は何だ胸が熱くなってきてチャームを左手で包み込んだ。
その日からずっと僕は親の目に留まらない範囲でこのブレスレットをつけ続けた。
翌朝、僕が家を出る時、姉が僕に左手を振る。
「いってらっしゃい、ゆーくん」
その左手首には僕のものと同じブレスレットが揺れていた。僕はまるで恋した時のように胸がきゅーっと痛くなる。僕も右手首のブレスレットがよく見えるよう姉に手を振った。
僕は帰宅してすぐネットで検索する。僕はどうしてか無性にドキドキしながら調べてみる。本当なら姉は高二だ。やはり女子高生向けのプレゼントがいいのだろうか。
すると、「高校生の彼女への定番クリスマスプレゼント」というサイトを見つける。僕はさらに胸が高鳴るのを感じながらそこを開く。彼女…… 彼女って誰だよ、そう思いながら。
そこで見たプレゼントは確かに僕の小遣いでも買えそうなものだった。マフラー、リップ、ボディクリーム、財布、手袋など。でもどれも今の姉にそれほど入用には思えないものが多い。確かに姉は唇も肌もガサガサでリップやクリームは喜ばれるだろうが、何かが違う気がしてならなかった。それにマフラーや手袋や財布なども、ほとんど外出しない姉には無用のもののような気がしないでもない。
そんな中でペアリングを見つけた時はまた胸がきゅっとなった。一瞬僕と姉がこれをつけている様を思い浮かべてしまったのだ。僕は頭を振ってその考えを打ち消した。
結局僕一人ではいいものが思い浮かばなかったので、居間に行って直接姉の意見を聞こうと思った。
居間では親父が高いびきで寝ていて姉は座椅子に座ってテレビを観ている。
僕はその隣に座って訊いてみた。
「ねえ、今何か欲しいものってある?」
「うーん、ゆーくんがいれば何もいらないよ」
僕は絶句して硬直し、何も言い出せなかった。
「あっ、真に受けてる」
姉がいつものいたずらっぽい目で僕を見ている。
「ちっ、違うって、なんていうかそのあまりに無欲で姉さんらしくないって言うか――」
「あたしは強欲ってか?」
「あ、いえそんなことはありません」
「だよねっ。じゃあねえ……」
姉は僕に顔を近づけると急にささやき声になる。
「ペアリング、とか」
また僕は固まって絶句する。姉の目にはいたずらっぽいだけではない、何か特別な光を感じた。
「つけていたらあ、いつもゆーくんとお一緒にいるような気がしてえ、リハビリも頑張れそうだからっ」
といかにもばかっぽく言うと姉は大笑いをして僕の肩をバシバシたたいた。
「きゃははっ、何真に受けてるんだよー、そんなわけないじゃーん」
僕は正直胸をなで下ろした。
「もしかしてクリスマス?」
「そ、そう、だけど……」
僕はおずおずと答える。
「そっかそっか、ゆーくんがそんなことを訊いてくるなんてねえ。オトナになったねえ」
とニヤニヤしながら僕の肩をまたポンポンと叩く姉。
「ばっ、ばかにするなっ」
「ばかにしてないよ。姉ちゃん嬉しかった」
「えっ」
姉が僕に嬉しいとか言うのはいつ以来だろうか? はるか彼方の過去だったような気がする。
姉はほほ笑みを浮かべながら言う。
「ゆーくんの好きなの買いな? 姉ちゃん、ゆーくんからもらえるんならなんだって嬉しいから」
「う、うん」
思わず嬉しがられたり、優しく微笑みかけられてすっかり毒気の抜けた僕は自分の部屋に戻ろうとした。
「あっ、でもやっぱりペアリングは候補に入れといてねっ」
だめだ、やっぱりただからかわれていただけなのか。
自室に戻ってパソコンを前にして考える。
ペアリングはまず除外するにしても、あとは何にすればいいか。
姉は身体が不自由で自室にいる時間が一日の半分以上になる。ならば室内で眺めて楽しいものがよさそうだ。ならば、と二つのものが候補に挙がった。
一つは生き物が好きな姉にぴったりな、水草を育てる小さな小さなアクアリウム。水草を生やして育てるコップ大の水槽だ。
もう一つは小さな小鳥型のストームグラス。これも鳥好きな姉にはちょうどいいと思う。ストームグラスというのは透明な液体が入っている密封されたガラスの器で、その中にできる結晶によって天気がわかるというもの。
さてどうしたものかと思った。どちらも捨てがたい。きっとどちらも喜んでくれるだろう。
結局どちらかを選べなかった僕は二つ購入することにした。財布的にはちょっと厳しかったけど。
さて、購入はしてもそれがバレないようにしなくては。僕は商品の到着日を慎重に選んだ。姉にはもちろん親にもバレないように。
クリスマスイブは、まあどこの家庭とも同じようなもので、チキンを食ってクリスマスケーキを食って、終わり。この歳になると親からプレゼントはもらえない。
夕食も姉の風呂も終わり、僕たちはそれぞれの部屋に戻る。さあいよいよだ、と僕はなぜか妙に緊張して姉の部屋に向かった。
ノックをして部屋に入ると、ベッドに座っていた姉は僕を待ち構えていたかの様子で満面の笑みをたたえていた。
「ふっふっふー、何の用かねえゆーくん」
「えっ、いやあのっ」
期待に満ちたこの目。やはり姉は強欲だと僕は思った。
「なあに?」
「こっこれっ」
僕はまるでバレンタインデーに、男子に本命チョコを渡す小心者の女子のようなしぐさで、二つの紙袋を突き出した。
「えっ、これっ?」
姉は少し驚いたようだ。まさか二つももらえるとは思わなかったんだろう。
「実はどれがいいか選びきれなくてさ。だから二つ買っちゃった」
「うわー、姉ちゃん嬉しいよ」
珍しく素直に喜ぶ表情を見せる姉。
「あけていい?」
「うん」
「あっなにこれかわいい! なにこれ? ストームグラス? えーっ、水草のアクアリウム? これもかわいい!」
こんなうれしそうな表情の姉は見たことがないぞ。それを見ている僕もすっごく嬉しい。
「姉ちゃんはうちにいることが多いから、それを考えて選んでくれたんだ。ますますわかってきておるではないか。嬉しいぞ」
そのあと珍しくにこやかに言葉を交わした。なんだかまるで本当のカップルみたいだ。いや、姉と本当のカップルになりたいとかそんなことではなく…… おかしいだろそんなの。
あれ? でも僕にプレゼントはないのかな? まあ、ないんなら仕方ないけど。でもそれはそれでなんだか寂しいなあ。なんだか不公平な気もするし。
僕が部屋から出ようとする時、姉が僕を呼び止めた。
「ね、ゆーくん」
僕は勢いよくさっと振り向いた。
「ぷっ、何その期待に満ちた目」
「う、うるさい」
「そんなに姉ちゃんからのプレゼントが欲しかったのかい?」
「いやっ、そんなこと、いっいやそれは欲しっ、欲しかったけど――」
「クックック」
姉はベッドのわきに隠していた紙袋を僕に手渡した。
それは僕のより大きい紙袋だった。早速開けてみる。中に入っていたのは中高生では流行りのブランドもののマフラーだった。しかもすっごくあったかそう。
「うわー、これいいよ。ありがとう姉さん」
僕が姉に対しこんな素直に感謝の言葉を口にしたのは何年ぶりだろうか。
「どういたしてだよ」
姉はなんだか自分がプレゼントをもらったみたいににこにこしていた。いや、ニヤニヤしていたの間違いか。
「さあさあ、姉ちゃんはもう寝るから早く帰った帰った」
姉はベッドに横になる。
「あ、うんごめん。おやすみ」
「おやすみ。メリークリスマス」
「あ、メリークリスマス」
短い時間とはいえ姉とこんな穏やかなひと時を過ごせたのは本当に久しぶりな気がして、これならクリスマスってのもいいなと少し思った。
僕は自分の部屋に戻って改めて紙袋からマフラーを取り出した。早速首に巻いてみる。暖かい。幼いころ姉が僕の首にしがみついてきた時のことが思い出される。ほんの少し、姉の匂いがしたような気がした。
紙袋の底に何かあるのに気が付く。手に取ってみるとそれは細い革ひものブレスレットだった。平らな金と銀のリングがかちっと組み合わさったチャームがついていて、そのそれぞれにアクアマリンがはめ込まれている。アクアマリンは僕の誕生石だ。そして、姉の。
僕は思った。姉が本当にプレゼントしたかったのはこのブレスレットだったんじゃないか、と。
僕はこれを右腕にはめる。手首を振ると金と銀とアクアマリンの小さなチャームが僕の腕の中で揺れる。僕と姉の絆の象徴が。僕は何だ胸が熱くなってきてチャームを左手で包み込んだ。
その日からずっと僕は親の目に留まらない範囲でこのブレスレットをつけ続けた。
翌朝、僕が家を出る時、姉が僕に左手を振る。
「いってらっしゃい、ゆーくん」
その左手首には僕のものと同じブレスレットが揺れていた。僕はまるで恋した時のように胸がきゅーっと痛くなる。僕も右手首のブレスレットがよく見えるよう姉に手を振った。
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