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第38話 収穫期――それから
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収穫期ともなると受験生の僕でもたまには手伝わないといけないような気がして、時間を見つけては親父とおふくろを手伝うようにしている。
わずか四年で二人ともだいぶ老け込んだような気がする。親父なんかあれだけ好きだった酒をすっぱりやめた。
「悪いな受験生にまで働かせちまって。甲斐性のない親ですまねえ」
「いいんだよ、好きでやってることだし」
そう言って僕ははっとした。よくそう言って色々してあげていた女性を思い出したからだ。
行政無線が十二時を知らせるメロディーを流す。僕たちも昼休みを取ることにした。
おふくろたちが作ってくれた野菜の煮物が詰まった大きなタッパー、アルミホイルに包んだお握りの山をシートに広げる。
「今年はどうなの」
親父に今年の米の出来を聞いてみる。ほとんど会話のなかった僕たちは、あれから四年でなぜか距離が縮まったような気がする。
「まず豊作と言っていいな。出来もいい」
「それはよかった」
「お前の方はどうだ」
「まずまず。一次志望A判定出たからね。他も順当」
「そうか。いや優秀な息子を持ったな」
「そんなことないよ」
突然、何の脈絡もなくフラッシュバックが起きる。あの晩秋の夜、姉は僕に何を告げたかったのか、知らせたかったのか。僕は四年前の記憶に捉えられ身体を硬直させていた。
「どうしたの?」
目ざといおふくろが僕に声をかける。
白昼夢から覚めるのにしばらくかかったが何気ない顔をしておふくろに答えた。
「いや、あの秋の夜を思い出してて……」
「ああ……」
「……」
僕たち全員にとって忘れたい、だけど決して忘れられない記憶。きっと今の二人にもあのころの記憶がよみがえっているに違いない。
「本当に、あの子にはつらい思いばかりさせちゃってたねえ……」
おふくろがつぶやくと、辺りには軽トラから流れる軽妙なAMラジオ放送のお喋りしか聞こえなくなる。
「あの子は……」
「んっ? 姉さんのこと?」
「そう。あの子は本当にあんたになついてたねえ。ゆーくん、ゆーくんって」
「そうかな?」
僕はそっぽを向く。
「お前だってそうだったじゃないか」
親父が難しい顔をして僕に言う。
「そんなことないって」
「でもそれであの子にいい思い出をいっぱい作ってやれたと思ってるよ。つらい時でもお前が支えてくれたからあの子はあんなに明るくいられたんだよ。ほんと感謝してる。ありがとう」
おふくろがしんみりと言う。
「よせよ、それじゃまるで――」
「でも少しベタベタし過ぎだったな」
親父がおにぎりをぱくつきながら横槍を入れる。
「だからそんなことないって」
僕は必死に弁解する。
「確かに、年の離れた双子だなんて言っても本当の双子以上に仲が良かったねえ」
おふくろもどこか懐かしそうに言う。
「いやいやいやいや……」
「内心ちっと心配だったんだがな」
「……実は母さんも」
話が変な方向に言って僕は大いに焦った。
「いや二人とも何言ってんだよ、僕と姉さんは――」
「まあ今はおまえにもいい女性がいるらしいから?」
ひっひっひっ、と親父が下卑た笑いを見せる。
「あんたにはもったいないくらいいい子ねえ。ほんとかわいい」
おふくろもニコニコじゃなく、ニヤニヤ笑っている。
「いやっ、あのっ、これはそのお、流れっていうかなんて言うか……」
僕の弁解なんてどこ吹く風で首にタオルを巻きなおし立ち上がる親父とおふくろ。
親父がにたっと笑って言った。
「ばあか、男と女ってのはみんなその流れで決まんだよ。さっ、午後の作業入るか」
「そうね」
「お前、しんどかったらそこで寝てていいんだぞ」
「そんなひよっこ扱いして。僕も手伝いますっ」
親父とおふくろの後を続いて歩く僕は伸びをして天を見上げた。あの晩秋の夜とは違う抜けるような青空だった。
わずか四年で二人ともだいぶ老け込んだような気がする。親父なんかあれだけ好きだった酒をすっぱりやめた。
「悪いな受験生にまで働かせちまって。甲斐性のない親ですまねえ」
「いいんだよ、好きでやってることだし」
そう言って僕ははっとした。よくそう言って色々してあげていた女性を思い出したからだ。
行政無線が十二時を知らせるメロディーを流す。僕たちも昼休みを取ることにした。
おふくろたちが作ってくれた野菜の煮物が詰まった大きなタッパー、アルミホイルに包んだお握りの山をシートに広げる。
「今年はどうなの」
親父に今年の米の出来を聞いてみる。ほとんど会話のなかった僕たちは、あれから四年でなぜか距離が縮まったような気がする。
「まず豊作と言っていいな。出来もいい」
「それはよかった」
「お前の方はどうだ」
「まずまず。一次志望A判定出たからね。他も順当」
「そうか。いや優秀な息子を持ったな」
「そんなことないよ」
突然、何の脈絡もなくフラッシュバックが起きる。あの晩秋の夜、姉は僕に何を告げたかったのか、知らせたかったのか。僕は四年前の記憶に捉えられ身体を硬直させていた。
「どうしたの?」
目ざといおふくろが僕に声をかける。
白昼夢から覚めるのにしばらくかかったが何気ない顔をしておふくろに答えた。
「いや、あの秋の夜を思い出してて……」
「ああ……」
「……」
僕たち全員にとって忘れたい、だけど決して忘れられない記憶。きっと今の二人にもあのころの記憶がよみがえっているに違いない。
「本当に、あの子にはつらい思いばかりさせちゃってたねえ……」
おふくろがつぶやくと、辺りには軽トラから流れる軽妙なAMラジオ放送のお喋りしか聞こえなくなる。
「あの子は……」
「んっ? 姉さんのこと?」
「そう。あの子は本当にあんたになついてたねえ。ゆーくん、ゆーくんって」
「そうかな?」
僕はそっぽを向く。
「お前だってそうだったじゃないか」
親父が難しい顔をして僕に言う。
「そんなことないって」
「でもそれであの子にいい思い出をいっぱい作ってやれたと思ってるよ。つらい時でもお前が支えてくれたからあの子はあんなに明るくいられたんだよ。ほんと感謝してる。ありがとう」
おふくろがしんみりと言う。
「よせよ、それじゃまるで――」
「でも少しベタベタし過ぎだったな」
親父がおにぎりをぱくつきながら横槍を入れる。
「だからそんなことないって」
僕は必死に弁解する。
「確かに、年の離れた双子だなんて言っても本当の双子以上に仲が良かったねえ」
おふくろもどこか懐かしそうに言う。
「いやいやいやいや……」
「内心ちっと心配だったんだがな」
「……実は母さんも」
話が変な方向に言って僕は大いに焦った。
「いや二人とも何言ってんだよ、僕と姉さんは――」
「まあ今はおまえにもいい女性がいるらしいから?」
ひっひっひっ、と親父が下卑た笑いを見せる。
「あんたにはもったいないくらいいい子ねえ。ほんとかわいい」
おふくろもニコニコじゃなく、ニヤニヤ笑っている。
「いやっ、あのっ、これはそのお、流れっていうかなんて言うか……」
僕の弁解なんてどこ吹く風で首にタオルを巻きなおし立ち上がる親父とおふくろ。
親父がにたっと笑って言った。
「ばあか、男と女ってのはみんなその流れで決まんだよ。さっ、午後の作業入るか」
「そうね」
「お前、しんどかったらそこで寝てていいんだぞ」
「そんなひよっこ扱いして。僕も手伝いますっ」
親父とおふくろの後を続いて歩く僕は伸びをして天を見上げた。あの晩秋の夜とは違う抜けるような青空だった。
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