茜川の柿の木――姉と僕の風景、祈りの日々

永倉圭夏

文字の大きさ
上 下
13 / 43

第13話 梅雨の長雨、ゲーム日和

しおりを挟む
 梅雨に入ると両親は叔父を雇って農作業に大わらわだ。僕が学校から帰ってくると姉と二人っきりになる。それがなんだかすごく気まずい。
 ノックする音が聞こえる。間違いない。姉だ。姉しかいない。僕は学習机で予復習する手を止め、いそいそと引き戸を開ける。すると案の定、片手に杖、片手に抱えきれないほどのカラフルな箱を持った姉がそこに立っていた。姉は今ではもう短い距離も杖なしでは歩行できなくなっていた。

「お部屋入れて?」

 わざとらしく嘘くさいほどのかわいらしさを満面に湛えた姉に、僕は一瞬僕は言葉を失う。

「なんだよ」

「見てわかるっしょ、これ」

 姉は片手いっぱいに盛った大小のカラフルな箱、ボードゲームを視線で指し示した。

「わかる」

「じゃ入れて」

「僕まだ復習終わってないんだけど」

「あたしにはそんなのないからいいの」

「なんでも自分の物差しで測るな」

「じゃあ、終わるまで待ってるからさあ、そのあとちょっとくらいいいでしょお、ゆーちゃーん」

 ちょっとくらいとは到底思えない量のゲームを片手に抱え、わがままいっぱいの甘え声をだす姉。そんな言葉を聞かされて僕は

「い、いいよ」

 と勉強机にかけ直して答えることしかできなかった。

「ん、じゃ、とっととおわらせてね」

「頼むから邪魔しないでよ」

「はあい。もお、口うるさいところはお母さんみたいだなあ」

 その後は二人とも無言が続いた。聞こえるのは雨音と間の抜けたカエルの鳴き声だけ。なんだ、僕のことを笑っているのか。
 姉が静かにしているおかげで勉強もだいぶはかどった。そろそろ終わりにしようかと思っていたところで

バサバサガタゴトッガシャン!

 と背後から音が聞こえて僕は慌てて振り向く。姉に何かあったのだろうかとぎょっとした。ところが振り向いた先にはボードゲームの山が崩れてめちゃくちゃになっている様と、それを見て半笑いであっけにとられている姉がいた。

「何やってんの!」

 半分腹を立ててついきつく言うと、姉は少し恥ずかしそうな顔をして

「やー、縦にしたらどこまで積みあがるか挑戦してて、ね……」

 と頬を人差し指でかきながら弁解がましい言葉を吐いた。

「びっくりしたじゃんか! 姉さんに――」

 焦った気持ちが抜けきれなかった僕はつい要らないことまで言いそうになる。

「姉さんに、なに?」

 なんでそんな急に嬉しそうな顔すんだよ。

「……なんかあったかと思ったじゃないか」

 すると姉はけらけらと笑って

「なんかあるわけないじゃーん、ゆーくん心配性。もおほんとにお母さんみたい」

 さすがに僕も少し腹が立った。

「あんまりからかったらゲームしてやんないから」

 そうきつめに言うと

「あっ、片付けるから今すぐ片付けるからっ」

 と珍しく慌ててゲームを片付けだす。僕もそれを手伝う。二人でああでもないこうでもないと言いあいながらバラバラになった駒やカードを箱の中に収めていった。不意に姉と僕の指が触れる。僕はその冷たい感触にびくっと手を離した。触れた姉の指の冷たさにぞっとする。

「どしたのゆーくん?」

「い、いやなんでも」

「ふうん」

 いたずらっぽい目で僕を見ている姉に、僕はつっけんどんに切り返した。

「別にさ」

「ん?」

「別にここで待ってなくてもさ、自分の部屋にいればよかっただろ。冷えちゃったんじゃないか? そういうの良くないって先生も言ってたし」

「あ、ああ、うん、ちょっと冷えちゃった。でもさ」

「でもなんだよ」

「ゆーくんの――」

「僕の?」

「そっ。あとは秘密」

「なんだよそれ。全然わかんないよ」

「いーの、わかんなくて。ほらこれやろこれ」

「それ一昨日もやったじゃん」

「でも面白かったでしょ」

「うん、まあ……」

 最後はうまくごまかされたような気がしたが、この後は簡単なボードゲームをいっぱいやった。勝敗は勝ったり負けたり。接待はしない主義だけど姉は意外と強い。正直ボードゲームはあまり好きじゃないけど姉のためだと思えば我慢できる。BGMはカエルの合唱と雨音。僕たち二人は無駄話をしながらボードゲームをして一緒の時を過ごした。もっともしゃべっていたのはほとんど姉だったが。この時の僕は間違いなく心穏やかだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

寝させたい兄と夜更かしの妹(フリー台本)

ライト文芸
夜更かして朝おきられない妹に、心配でなんとか規則正しい生活をして欲しい兄だが…

長谷川さんへ

神奈川雪枝
ライト文芸
不倫シリーズ

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...