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第13話 梅雨の長雨、ゲーム日和
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梅雨に入ると両親は叔父を雇って農作業に大わらわだ。僕が学校から帰ってくると姉と二人っきりになる。それがなんだかすごく気まずい。
ノックする音が聞こえる。間違いない。姉だ。姉しかいない。僕は学習机で予復習する手を止め、いそいそと引き戸を開ける。すると案の定、片手に杖、片手に抱えきれないほどのカラフルな箱を持った姉がそこに立っていた。姉は今ではもう短い距離も杖なしでは歩行できなくなっていた。
「お部屋入れて?」
わざとらしく嘘くさいほどのかわいらしさを満面に湛えた姉に、僕は一瞬僕は言葉を失う。
「なんだよ」
「見てわかるっしょ、これ」
姉は片手いっぱいに盛った大小のカラフルな箱、ボードゲームを視線で指し示した。
「わかる」
「じゃ入れて」
「僕まだ復習終わってないんだけど」
「あたしにはそんなのないからいいの」
「なんでも自分の物差しで測るな」
「じゃあ、終わるまで待ってるからさあ、そのあとちょっとくらいいいでしょお、ゆーちゃーん」
ちょっとくらいとは到底思えない量のゲームを片手に抱え、わがままいっぱいの甘え声をだす姉。そんな言葉を聞かされて僕は
「い、いいよ」
と勉強机にかけ直して答えることしかできなかった。
「ん、じゃ、とっととおわらせてね」
「頼むから邪魔しないでよ」
「はあい。もお、口うるさいところはお母さんみたいだなあ」
その後は二人とも無言が続いた。聞こえるのは雨音と間の抜けたカエルの鳴き声だけ。なんだ、僕のことを笑っているのか。
姉が静かにしているおかげで勉強もだいぶはかどった。そろそろ終わりにしようかと思っていたところで
バサバサガタゴトッガシャン!
と背後から音が聞こえて僕は慌てて振り向く。姉に何かあったのだろうかとぎょっとした。ところが振り向いた先にはボードゲームの山が崩れてめちゃくちゃになっている様と、それを見て半笑いであっけにとられている姉がいた。
「何やってんの!」
半分腹を立ててついきつく言うと、姉は少し恥ずかしそうな顔をして
「やー、縦にしたらどこまで積みあがるか挑戦してて、ね……」
と頬を人差し指でかきながら弁解がましい言葉を吐いた。
「びっくりしたじゃんか! 姉さんに――」
焦った気持ちが抜けきれなかった僕はつい要らないことまで言いそうになる。
「姉さんに、なに?」
なんでそんな急に嬉しそうな顔すんだよ。
「……なんかあったかと思ったじゃないか」
すると姉はけらけらと笑って
「なんかあるわけないじゃーん、ゆーくん心配性。もおほんとにお母さんみたい」
さすがに僕も少し腹が立った。
「あんまりからかったらゲームしてやんないから」
そうきつめに言うと
「あっ、片付けるから今すぐ片付けるからっ」
と珍しく慌ててゲームを片付けだす。僕もそれを手伝う。二人でああでもないこうでもないと言いあいながらバラバラになった駒やカードを箱の中に収めていった。不意に姉と僕の指が触れる。僕はその冷たい感触にびくっと手を離した。触れた姉の指の冷たさにぞっとする。
「どしたのゆーくん?」
「い、いやなんでも」
「ふうん」
いたずらっぽい目で僕を見ている姉に、僕はつっけんどんに切り返した。
「別にさ」
「ん?」
「別にここで待ってなくてもさ、自分の部屋にいればよかっただろ。冷えちゃったんじゃないか? そういうの良くないって先生も言ってたし」
「あ、ああ、うん、ちょっと冷えちゃった。でもさ」
「でもなんだよ」
「ゆーくんの――」
「僕の?」
「そっ。あとは秘密」
「なんだよそれ。全然わかんないよ」
「いーの、わかんなくて。ほらこれやろこれ」
「それ一昨日もやったじゃん」
「でも面白かったでしょ」
「うん、まあ……」
最後はうまくごまかされたような気がしたが、この後は簡単なボードゲームをいっぱいやった。勝敗は勝ったり負けたり。接待はしない主義だけど姉は意外と強い。正直ボードゲームはあまり好きじゃないけど姉のためだと思えば我慢できる。BGMはカエルの合唱と雨音。僕たち二人は無駄話をしながらボードゲームをして一緒の時を過ごした。もっともしゃべっていたのはほとんど姉だったが。この時の僕は間違いなく心穏やかだった。
ノックする音が聞こえる。間違いない。姉だ。姉しかいない。僕は学習机で予復習する手を止め、いそいそと引き戸を開ける。すると案の定、片手に杖、片手に抱えきれないほどのカラフルな箱を持った姉がそこに立っていた。姉は今ではもう短い距離も杖なしでは歩行できなくなっていた。
「お部屋入れて?」
わざとらしく嘘くさいほどのかわいらしさを満面に湛えた姉に、僕は一瞬僕は言葉を失う。
「なんだよ」
「見てわかるっしょ、これ」
姉は片手いっぱいに盛った大小のカラフルな箱、ボードゲームを視線で指し示した。
「わかる」
「じゃ入れて」
「僕まだ復習終わってないんだけど」
「あたしにはそんなのないからいいの」
「なんでも自分の物差しで測るな」
「じゃあ、終わるまで待ってるからさあ、そのあとちょっとくらいいいでしょお、ゆーちゃーん」
ちょっとくらいとは到底思えない量のゲームを片手に抱え、わがままいっぱいの甘え声をだす姉。そんな言葉を聞かされて僕は
「い、いいよ」
と勉強机にかけ直して答えることしかできなかった。
「ん、じゃ、とっととおわらせてね」
「頼むから邪魔しないでよ」
「はあい。もお、口うるさいところはお母さんみたいだなあ」
その後は二人とも無言が続いた。聞こえるのは雨音と間の抜けたカエルの鳴き声だけ。なんだ、僕のことを笑っているのか。
姉が静かにしているおかげで勉強もだいぶはかどった。そろそろ終わりにしようかと思っていたところで
バサバサガタゴトッガシャン!
と背後から音が聞こえて僕は慌てて振り向く。姉に何かあったのだろうかとぎょっとした。ところが振り向いた先にはボードゲームの山が崩れてめちゃくちゃになっている様と、それを見て半笑いであっけにとられている姉がいた。
「何やってんの!」
半分腹を立ててついきつく言うと、姉は少し恥ずかしそうな顔をして
「やー、縦にしたらどこまで積みあがるか挑戦してて、ね……」
と頬を人差し指でかきながら弁解がましい言葉を吐いた。
「びっくりしたじゃんか! 姉さんに――」
焦った気持ちが抜けきれなかった僕はつい要らないことまで言いそうになる。
「姉さんに、なに?」
なんでそんな急に嬉しそうな顔すんだよ。
「……なんかあったかと思ったじゃないか」
すると姉はけらけらと笑って
「なんかあるわけないじゃーん、ゆーくん心配性。もおほんとにお母さんみたい」
さすがに僕も少し腹が立った。
「あんまりからかったらゲームしてやんないから」
そうきつめに言うと
「あっ、片付けるから今すぐ片付けるからっ」
と珍しく慌ててゲームを片付けだす。僕もそれを手伝う。二人でああでもないこうでもないと言いあいながらバラバラになった駒やカードを箱の中に収めていった。不意に姉と僕の指が触れる。僕はその冷たい感触にびくっと手を離した。触れた姉の指の冷たさにぞっとする。
「どしたのゆーくん?」
「い、いやなんでも」
「ふうん」
いたずらっぽい目で僕を見ている姉に、僕はつっけんどんに切り返した。
「別にさ」
「ん?」
「別にここで待ってなくてもさ、自分の部屋にいればよかっただろ。冷えちゃったんじゃないか? そういうの良くないって先生も言ってたし」
「あ、ああ、うん、ちょっと冷えちゃった。でもさ」
「でもなんだよ」
「ゆーくんの――」
「僕の?」
「そっ。あとは秘密」
「なんだよそれ。全然わかんないよ」
「いーの、わかんなくて。ほらこれやろこれ」
「それ一昨日もやったじゃん」
「でも面白かったでしょ」
「うん、まあ……」
最後はうまくごまかされたような気がしたが、この後は簡単なボードゲームをいっぱいやった。勝敗は勝ったり負けたり。接待はしない主義だけど姉は意外と強い。正直ボードゲームはあまり好きじゃないけど姉のためだと思えば我慢できる。BGMはカエルの合唱と雨音。僕たち二人は無駄話をしながらボードゲームをして一緒の時を過ごした。もっともしゃべっていたのはほとんど姉だったが。この時の僕は間違いなく心穏やかだった。
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