茜川の柿の木――姉と僕の風景、祈りの日々

永倉圭夏

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第2話 姉の行く末と冬の雪うさぎ

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 冬になるとこの一帯は一面の銀世界と化す。積雪量は少なくて頻繁ひんぱんな雪かきや雪おろしがないだけましだが、それでも寒さや足元のおぼつかなさは変わらない。親父は農閑期の真冬には除雪の仕事をして収入を得ている。

 姉は難病だったそうだ。病名は知らない。僕は知りたかったが、親父もおふくろもこのことについては何も教えてくれはしなかった。だがとにかく姉は難病だった。
 その病気に体力を削られ、いずれは全身が言うことを聞かなくなり、死ぬ。姉を見るたび、その病がまるで見えない大蛇のように姉をじわじわと絞め殺そうとしている気がしていた。親父もおふくろも僕も、そして何よりも姉自身がこの蛇に打ち負かされつつあった。


 そんな冬の夕方、僕と姉は居間で掘りごたつに入っていた。僕は宿題をしていて姉はつまらなさそうにタブレットをいじっている。突然姉が僕に向かって口を開いた。

「海行きたい」

「行けば」

 ここから海までたぶん百キロ以上はある。常日頃、姉のわがままに辟易へきえきしている僕はつい反射的にそう答えてしまった。
 僕の声を聞くや否やすっくと掘りごたつから立ち上がる姉。とても病人とは思えない。

「待て! 待って! 冗談、冗談だから! いいから落ち着いて、冷静に!」

「じゃ、連れてって、海」

「どうやって」

「んー、車で?」

「何言ってんすか」

 僕は十四歳だった。

「じゃあ、あの、ほら瞬間移動ドアで」

「じゃあ、まず便利な道具を出してくれるポケットを持ったロボット猫を連れてきてください。話はそれからです」

「つまんないの」

 僕は思案を巡らした。こういう時姉の希望を最大限叶えようとするのが僕の悪いところだと思う。姉もそれを知ってか知らずか、僕には我がままを言いたい放題だ。だけど、姉は両親に我がままも希望も、願望も言ったことは一度もなかった。

「今日はかまくらでも作る?」

 姉は驚きながらも嬉しそうな顔になる。

「作れるの?」

「まあ無理なんだけど」

「なんだ……」

 掘りごたつに足を突っ込み、呆れるほどつまらなさそうな声で畳に寝そべりゴロゴロ転がる姉。しかたない、僕はうなりながら台所に行く。赤くて丸いお盆を持ち出して怪訝そうな表情の姉を置いて表に出る。十数分後僕はそのお盆をしずしずと姉に献上した。

「ささ、今のところはこれでこらえてくださいませお姉さま」

 姉は目を丸くして歓声を上げる。

「かわいい!」

 それは昔何かで見た「雪うさぎ」だった。と言ってもなんてことはない、お盆の上に半球形に雪を盛り、木の葉の耳と真っ赤で小さな南天の実の目をはめこんだだけのものだった。

「お主、近頃ようわかってきておるではないか」

 となんだか悪代官のようなせりふを吐いて満面の笑みを見せる姉。どうやら満足いただけたようで僕も胸をなでおろした。ついでに小さなかまくらをいくつか作りそこにやはり小さなキャンドルを灯したところ、これもまたいたく気に入ったようで、夜寝るまで何度も庭を眺めていた。

 朝、縁側に置きっぱなしだった雪うさぎは空しくただの水と化していた。
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