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疾走編
第33話 新たな出発
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千隼は試行錯誤を続け翌年の春を迎えた。グローバル・アジアGT第一戦、まずはシンガポールだ。集合日より一日早く、千隼とさとみは成田空港へ向かう。シンガポールの次はタイ、マレーシアと転戦だ。一時帰国はあっても基本は海外でふた月位以上を過ごすことになる。無論さとみを連れて行くわけにはいかない。空港まで見送りに来たさとみに肩を寄せて言った。
「さあ、向こうであたしの戦いが始まる。見てて」
「見てる。目を皿のようにして最初から最後まで」
「『鷹花』で待っててよ。きっといい結果出して見せるから」
「優勝?」
さとみがいたずらっぽい声で問う。
「もちろんすぐに優勝したいけど、現実的にはまず完走。できればポイント獲得かな」
千隼は少し寂しそうに笑った。
「だけど目標が下がったわけじゃない。必ずあそこに、表彰台の真ん中に立つ。まだ見たことのない景色を見る。そしてその姿を見て欲しい。それは変わらない」
「うん、待ってる」
さとみが千隼に寄りかかると千隼はさとみの肩を抱き、しばらく入場ゲートを二人で眺めていた。
結論から言えば、三連戦の六レースは七位、九位、九位、八位、十位、六位だった。新規参入のチーム、六年のブランク、そして初めての異種レースでの参戦にもかかわらず、全レースで日本勢としてはトップから中堅クラスの順位とポイントを獲得できたのは思った以上に上出来だった。綾のアグレッシブな走りにも大いに助けられた。
帰国した千隼は「季節料理 鷹花」でさとみと再会して乾杯した。
「やっぱりここで飲むと落ち着く」
「ふふっ、ありがとうございます」
「まずは初戦の三ラウンド連続でポイントを取れたのは大きかった」
「おめでとう」
「まあ、あくまで目標は優勝だけどね」
「でも、いい足掛かりになったんじゃない」
「うん、そう思ってる、それにグローバル・アジアGTだけじゃない。耐久レースもある。どれも簡単なものじゃないけどね」
「大丈夫。ちーちゃんならきっとできる」
「うん」
その晩は早々に寝て翌日。
看板も近い時間で千隼と志乃の他に客はいなかった。カウンターでくつろぐ千隼。熱燗をちびりちびりと飲む志乃。厨房で楽し気にもつ煮込みの鍋を掻き回しているさとみ。そんな頃に、外で人の群れがうごめいているのが判った。七、八人はいるだろう。てんで勝手に騒いでいる。
「え? なに? お客さん? 今頃?」
不思議そうな表情の志乃。
「いや、でもあんな団体さん……」
訝しむ千隼。
「……いってきます!」
腹をくくって厨房から出入り口に向かうさとみ。
「えっ、あっ、さとみっ?」
さとみが勢いよく引き戸を開けるとそこには七名の集団がいた。彼女らや彼らのほとんどは千隼の見知った顔だった。千隼は叫ぶ。
「マ、マネージャー! みんな! どうしたんですか!」
千隼に「マネージャー」と呼ばれた人物は、がっちりした体型でキャラメル色の肌をした東南アジア系の女性だった。その女性は五十代後半に見え、メガネをかけ威厳に満ちている。その彼女が千隼に対しニヤリと笑みを浮かべ、流ちょうな日本語で嬉しそうに言った。
「ふふっ……最高の反応だね。私たちも今日本に帰ってきたのさ。どうしたって? チハヤのうちの店の酒を飲みに来たに決まってるだろ。あれ? それともここはラーメン屋さんなの?」
【次回】
第34話 意外な来客
「さあ、向こうであたしの戦いが始まる。見てて」
「見てる。目を皿のようにして最初から最後まで」
「『鷹花』で待っててよ。きっといい結果出して見せるから」
「優勝?」
さとみがいたずらっぽい声で問う。
「もちろんすぐに優勝したいけど、現実的にはまず完走。できればポイント獲得かな」
千隼は少し寂しそうに笑った。
「だけど目標が下がったわけじゃない。必ずあそこに、表彰台の真ん中に立つ。まだ見たことのない景色を見る。そしてその姿を見て欲しい。それは変わらない」
「うん、待ってる」
さとみが千隼に寄りかかると千隼はさとみの肩を抱き、しばらく入場ゲートを二人で眺めていた。
結論から言えば、三連戦の六レースは七位、九位、九位、八位、十位、六位だった。新規参入のチーム、六年のブランク、そして初めての異種レースでの参戦にもかかわらず、全レースで日本勢としてはトップから中堅クラスの順位とポイントを獲得できたのは思った以上に上出来だった。綾のアグレッシブな走りにも大いに助けられた。
帰国した千隼は「季節料理 鷹花」でさとみと再会して乾杯した。
「やっぱりここで飲むと落ち着く」
「ふふっ、ありがとうございます」
「まずは初戦の三ラウンド連続でポイントを取れたのは大きかった」
「おめでとう」
「まあ、あくまで目標は優勝だけどね」
「でも、いい足掛かりになったんじゃない」
「うん、そう思ってる、それにグローバル・アジアGTだけじゃない。耐久レースもある。どれも簡単なものじゃないけどね」
「大丈夫。ちーちゃんならきっとできる」
「うん」
その晩は早々に寝て翌日。
看板も近い時間で千隼と志乃の他に客はいなかった。カウンターでくつろぐ千隼。熱燗をちびりちびりと飲む志乃。厨房で楽し気にもつ煮込みの鍋を掻き回しているさとみ。そんな頃に、外で人の群れがうごめいているのが判った。七、八人はいるだろう。てんで勝手に騒いでいる。
「え? なに? お客さん? 今頃?」
不思議そうな表情の志乃。
「いや、でもあんな団体さん……」
訝しむ千隼。
「……いってきます!」
腹をくくって厨房から出入り口に向かうさとみ。
「えっ、あっ、さとみっ?」
さとみが勢いよく引き戸を開けるとそこには七名の集団がいた。彼女らや彼らのほとんどは千隼の見知った顔だった。千隼は叫ぶ。
「マ、マネージャー! みんな! どうしたんですか!」
千隼に「マネージャー」と呼ばれた人物は、がっちりした体型でキャラメル色の肌をした東南アジア系の女性だった。その女性は五十代後半に見え、メガネをかけ威厳に満ちている。その彼女が千隼に対しニヤリと笑みを浮かべ、流ちょうな日本語で嬉しそうに言った。
「ふふっ……最高の反応だね。私たちも今日本に帰ってきたのさ。どうしたって? チハヤのうちの店の酒を飲みに来たに決まってるだろ。あれ? それともここはラーメン屋さんなの?」
【次回】
第34話 意外な来客
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