上 下
79 / 85

第79話 供養

しおりを挟む
 将司さんはくすっと笑う。

「愛未さんらしい」

「僕もそう思います。さすがの姉もそれっきりプラムは食べなくなりました」

 将司さんの眼に少し光が差す。

「そうだ。愛未さんの良く行かれたお店で食事をしませんか。四十九日の法要も終わりましたし、これが供養だと思って」

「食事で供養ですか」

 僕の頭がフル回転する。

「もしお時間があれば、ですが。どうでしょう」

「なるほど、今日は一日空いてますし、この雨です。どこかで美味しいものでも食べて故人を偲ばないと気が滅入ってしまいますね。判りました」

 僕たちは二台の車に分乗して僕の内の近くの焼肉店に入る。初めての店だ。だが、以前に姉が回復したら行こうと思いサイトで調べていた四十年以上も歴史のある老舗だった。

「ほお、焼き肉ですか」

 将司さんは相好を崩す。

「愛未さんらしい」

 将司さんには悪いが姉と僕の行きつけの店は僕たちだけの思い出の中で完結しておきたかった。他の誰にも介入されて欲しくはなかった。そうして僕は将司さんを騙した。これも間違いなく僕の罪のひとつとなるだろう。

 店員に案内され座敷に座る僕たち。水と出一緒に出された熱いお絞りで手を拭いながら僕はさり気なく訊いてみた。

「お二人でも良く行かれたんですか」

「ここほど立派な店ではありませんが、多い時には月に三~四回」

「となるとほぼ週一ですね。僕たちが共同生活していた時はきっちり月二でした」

「それでも随分多いですね」

 将司さんの表情がようやく自然な笑顔になった。

「ええ。姉は本当に焼き肉が好きで、正直なところ少し呆れてしまうくらいでしたね」

 僕も笑顔になった。

「全く同感です」

 僕たちは肉を焼きながら姉について語り合った。
 将司さんは姉のおおらかであけすけでポジティブで小さなことは気にしない大雑把な性格が気に入ったのだそうだ。その反面仕事では非常に細かく手厳しく、仕事の雑な職員を辟易とさせていたんだとか。痩せっぽちの小柄な身体で高い声を張り上げて職員に詰め寄る姿が微笑ましく印象に残っていると将司さんは言う。一方で昼休みには手軽なボードゲームを他の職員と一緒にプレイし、なかなかの強さであった。将司さんもボードゲーム趣味を持っており、二人はそれを通して繋がったようだ。
 僕の方からはあまり姉について話せることがなかった。僕のTシャツにパンツ一丁で同じベッドに一緒に寝て抱きついてきたとかどうして言えるだろう。だから入院中の話と全くの創作話を話した。
 将司さんは僕の話を羨ましそうに聞いていた。

 締めの冷麺を食べた僕らは会計でもめるが結局僕が多めに支払うことで渋々納得させた。

「今日は本当にありがとうございました」

 将司さんはそう言うと僕に深々と頭を下げた。

「いやいや、僕は何も」

「いえ、私の中でも色々整理がついたと言うか、すっきりしました。自分なりの供養にはなったと思います」

「そうですか。なら良かった」

「では」

「はい」

 こうして将司さんの乗った白いセダンは道路へと滑り出して行った。今日みたいな偶然でもない限りきっともう会うことはないだろう。僕も自分の外車に乗って将司さんとは逆の方向にハンドルを切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エッセイのプロムナード

多谷昇太
ライト文芸
題名を「エッセイのプロムナード」と付けました。河畔を散歩するようにエッセイのプロムナードを歩いていただきたく、そう命名したのです。歩く河畔がさくらの時期であったなら、川面には散ったさくらの花々が流れているやも知れません。その行く(あるいは逝く?)花々を人生を流れ行く無数の人々の姿と見るならば、その一枚一枚の花びらにはきっとそれぞれの氏・素性や、個性と生き方がある(あるいはあった)ことでしょう。この河畔があたかも彼岸ででもあるかのように、おおらかで、充たされた気持ちで行くならば、その無数の花々の「斯く生きた」というそれぞれの言挙げが、ひとつのオームとなって聞こえて来るような気さえします。この仏教の悟りの表出と云われる聖音の域まで至れるような、心の底からの花片の声を、その思考や生き様を綴って行きたいと思います。どうぞこのプロムナードを時に訪れ、歩いてみてください…。 ※「オーム」:ヘルマン・ヘッセ著「シッダールタ」のラストにその何たるかがよく描かれています。

愛すべき不思議な家族

桐条京介
ライト文芸
 高木春道は、見知らぬ女児にいきなり父親と間違えられる。  人違いだと対応してる最中に、女児――松島葉月の母親の和葉が現れる。  その松島和葉に、春道は結婚してほしいと頼まれる。  父親のいない女児についた嘘。いつか父親が迎えに来てくれる。  どんな人か問われた松島和葉が娘に示したのは、適当に選んだ写真にたまたま写っていたひとりの男。それこそが、高木春道だった。  家賃等の生活費の負担と毎月五万円のお小遣い。それが松島和葉の提示した条件だった。  互いに干渉はせず、浮気も自由。都合がよすぎる話に悩みながらも、最終的に春道は承諾する。  スタートした奇妙な家族生活。  葉月の虐め、和葉の父親との決別。和葉と葉月の血の繋がってない親子関係。  様々な出来事を経て、血の繋がりのなかった三人が本物の家族として、それぞれを心から愛するようになる。 ※この作品は重複投稿作品です。

赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん
BL
※お詫び※R15(予定)ですが、オメガバース以外の各種地雷要素が少量ずつ含まれているかもしれません。ご注意ください(感じ方には個人差があります) "BがLする地球に優しいお仕事小説@ちょいSMテイスト" 【攻】ご主人様にされてしまいそうな元ヤンキーの江戸っ子。SDGsと縛りにこだわる、心優しいノンケの会社員。 【受】世界が一目置くカリスマ経営者にして天才研究者。モデル並みのルックスを併せ持つスパダリかと思いきや、仕事以外はダメダメな生活能力ゼロM。 ※第12回BL大賞参加作品。他サイトで過去公開していた作品(完成済)のリライトです。大賞期間中の完結を目指しています。 ※R15(予定)ギリギリと思われるページのタイトルに⭐︎をつけてみました。グロはない予定。 ※ 本作はフィクションです。描写等も含めて、あくまで物語の世界観としてお楽しみください。 #SM要素あり(微量) #家族 #SDGs #ちきゅうにやさしい #ストーリー重視 #ヒューマンドラマ #完結 【登場人物】 青葉恒星(あおば こうせい・29歳)三代続く造園屋の一人息子。江戸っ子気質で啖呵が得意なヤンチャな男だが、現在は普通の会社員に擬態中。 遠山玄英(とおやま くろえ・32歳)学生時代に開発したエコ素材の研究で会社を立ち上げた。海外育ちのエリートで取引先の社長。 堀田一人(ほった かずと・28歳)恒星の同僚で同期。ノリは軽いが根は体育会系の熱血男。 (※以下、ネタバレ要素を若干含みます) 水島課長 恒星の上司。叩き上げの苦労人 内川課長補佐 同上。水島をよく支えている。 古賀 玄英の右腕。法務担当。 「マドンナ」のマスター 恒星の昔馴染み 青葉恒三(あおば こうぞう・70代半ば)青葉造園の社長で恒星を育てた祖父。 土井清武(どい きよたけ・40代前半)青葉造園の職人。恒星の兄代わりで母代わりでもある。 ダイ (20代)青葉造園では清武に次ぐ期待の若手。ベトナム出身の技能実習生。 ユーラ・チャン(39歳) 玄英のアメリカ時代の元ご主人様。SNS王と呼ばれる大富豪。 遠山萌怜(とおやま もりー) 玄英の実姉 ンドゥール 萌怜の伴侶。アーティスト。

契りの桜~君が目覚めた約束の春

臣桜
ライト文芸
「泥に咲く花」を書き直した、「輪廻の果てに咲く桜」など一連のお話がとても思い入れのあるものなので、さらに書き直したものです(笑)。 現代を生きる吸血鬼・時人と、彼と恋に落ち普通の人ならざる運命に落ちていった人間の女性・葵の恋愛物語です。今回は葵が死なないパターンのお話です。けれど二人の間には山あり谷あり……。一筋縄ではいかない運命ですが、必ずハッピーエンドになるのでご興味がありましたら最後までお付き合い頂けたらと思います。 ※小説家になろう様でも連載しております

薔薇の耽血(バラのたんけつ)

碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。 不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。 その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。 クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。 その病を、完治させる手段とは? (どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの) 狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

先生と僕

真白 悟
ライト文芸
 高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。  少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。

小料理屋はなむらの愛しき日々

山いい奈
ライト文芸
第5回ほっこり・じんわり大賞にて、大賞を!受賞しました!ありがとうございます!( ̄∇ ̄*) 大阪の地、親娘で営む「小料理屋 はなむら」で起こる悲喜こもごも。 お客さま方と繰り広げられる、心がほっこりと暖まったり、どきどきはらはらしたりの日々です。

百々五十六の小問集合

百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ ランキング頑張りたい!!! 作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。 毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。

処理中です...