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第77話 七七日目
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四十九日の法要は両親と僕で執り行った。この日姉は成仏できるか、そして魂が極楽浄土に行くかそれとも地獄に行くかが決まるのだと言う。
姉も僕も背徳の罪を犯した以上天国になんか行けやしないな、とさして心を動かすこともなくそんなことを考えながら坊主の読経に手を合わせていた。祭壇に鎮座する姉の位牌には「不得成真信女(フトクジョウシンシンニョ)」と黄金色でしたためられている。僕はこれを見る度姉の死を実感して胸が虚ろになった。
全てが終わったら僕は一人で姉の墓参りに向かった。この間の月命日にもお参りをした。なんだかんだ言ってもここにはかつて姉の身体を構成していた物質の一部がある。そう思うとやはり僕は姉の墓に脚を向けざるを得ないのだ。
今日は先客がいた。スウェーデンマホガニ製で明るい色調の洋形墓石の前に跪いて一心不乱に手を合わせる男性。僕より少し若いくらいか。僕にはそれは樋口将司さんだとすぐに判った。
僕が彼に近づくと将司さんも僕にすぐに気づいて立ち上がる。眼が合う。僕はまるで鏡を見ているような気分になった。ひどいやつれようだ。将司さんは僕の眼を正面から見ようとはせず、ぎこちないお辞儀をする。
「先だってはみっともないところをお見せしました」
「あ、ああいやとんもでもないです」
「この度はご愁傷様でした」
「お心遣いありがとうございます。生前はお世話になりました」
互いに通り一遍の言葉を交わす。僕は将司さんに詫びなくてはならなかった。
「申し訳ありません。僕の力では姉を延命することはできませんでした。全ては僕たちの責任です。何と言われても仕方のないことです」
違う本当に詫びなくてはいけない言葉はこんな言葉ではない。それは僕が姉と通じていた事。口づけを交わしたこと。そう思いながら僕は頭を下げる。あの将司さんのやつれ具合を見れば判る。彼は今でも深く姉を。僕と同じだ。
将司さんは恐縮したような声で僕に言葉を投げかける。
「そんな、面を上げて下さい。どうかお気になさらないで下さい。優斗さんが悪かったのではありません。むしろよくして下さったと私は思っています」
「ありがとうございます」
その時さーっと小ぬか雨が僕たちと姉の墓石を濡らす。
「休憩所で服を乾かしませんか」
「そうですね。通り雨でしょうから、しばらく雨宿りしましょう」
出入り口付近の小さな休憩所は意外にも人っ子一人いなかった。僕たちは無言で小さくてガタついたテーブルを挟んでぐらついた丸椅子に座ると、僕は古ぼけた給茶機で紙コップに温いお茶を淹れて、将司さんと僕の前に置く。
「あ、すいません」
将司さんは小さく頭を下げる。
「今日はわざわざありがとうございました。故人も喜んでいると思います」
「いえ……」
不思議なことに将司さんは僕と目を合わせようとしない。僕たちは互いの近況などを話したが、姉の思い出話をしてもそれに乗ってくることはなかった。次第にどこか思いつめた表情になっていく。姉を失った心痛がそれほどまでに多かったのだろうか。僕は早めに話を切り上げて将司さんを解放しようと思った。
「ではそろそろ――」
「優斗さん」
立ち上がろうとした僕に向かって、思いつめた表情の将司さんが食い入るように僕を初めて見つめた。
「はい」
将司さんの苦悩に満ちた表情を見て僕はぐらぐらする小さな丸椅子に座り直す。一体何を言いたいのだろうか。
姉も僕も背徳の罪を犯した以上天国になんか行けやしないな、とさして心を動かすこともなくそんなことを考えながら坊主の読経に手を合わせていた。祭壇に鎮座する姉の位牌には「不得成真信女(フトクジョウシンシンニョ)」と黄金色でしたためられている。僕はこれを見る度姉の死を実感して胸が虚ろになった。
全てが終わったら僕は一人で姉の墓参りに向かった。この間の月命日にもお参りをした。なんだかんだ言ってもここにはかつて姉の身体を構成していた物質の一部がある。そう思うとやはり僕は姉の墓に脚を向けざるを得ないのだ。
今日は先客がいた。スウェーデンマホガニ製で明るい色調の洋形墓石の前に跪いて一心不乱に手を合わせる男性。僕より少し若いくらいか。僕にはそれは樋口将司さんだとすぐに判った。
僕が彼に近づくと将司さんも僕にすぐに気づいて立ち上がる。眼が合う。僕はまるで鏡を見ているような気分になった。ひどいやつれようだ。将司さんは僕の眼を正面から見ようとはせず、ぎこちないお辞儀をする。
「先だってはみっともないところをお見せしました」
「あ、ああいやとんもでもないです」
「この度はご愁傷様でした」
「お心遣いありがとうございます。生前はお世話になりました」
互いに通り一遍の言葉を交わす。僕は将司さんに詫びなくてはならなかった。
「申し訳ありません。僕の力では姉を延命することはできませんでした。全ては僕たちの責任です。何と言われても仕方のないことです」
違う本当に詫びなくてはいけない言葉はこんな言葉ではない。それは僕が姉と通じていた事。口づけを交わしたこと。そう思いながら僕は頭を下げる。あの将司さんのやつれ具合を見れば判る。彼は今でも深く姉を。僕と同じだ。
将司さんは恐縮したような声で僕に言葉を投げかける。
「そんな、面を上げて下さい。どうかお気になさらないで下さい。優斗さんが悪かったのではありません。むしろよくして下さったと私は思っています」
「ありがとうございます」
その時さーっと小ぬか雨が僕たちと姉の墓石を濡らす。
「休憩所で服を乾かしませんか」
「そうですね。通り雨でしょうから、しばらく雨宿りしましょう」
出入り口付近の小さな休憩所は意外にも人っ子一人いなかった。僕たちは無言で小さくてガタついたテーブルを挟んでぐらついた丸椅子に座ると、僕は古ぼけた給茶機で紙コップに温いお茶を淹れて、将司さんと僕の前に置く。
「あ、すいません」
将司さんは小さく頭を下げる。
「今日はわざわざありがとうございました。故人も喜んでいると思います」
「いえ……」
不思議なことに将司さんは僕と目を合わせようとしない。僕たちは互いの近況などを話したが、姉の思い出話をしてもそれに乗ってくることはなかった。次第にどこか思いつめた表情になっていく。姉を失った心痛がそれほどまでに多かったのだろうか。僕は早めに話を切り上げて将司さんを解放しようと思った。
「ではそろそろ――」
「優斗さん」
立ち上がろうとした僕に向かって、思いつめた表情の将司さんが食い入るように僕を初めて見つめた。
「はい」
将司さんの苦悩に満ちた表情を見て僕はぐらぐらする小さな丸椅子に座り直す。一体何を言いたいのだろうか。
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