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第72話 ファーストキス
しおりを挟む「なんなんだよキスって……」
軽口は失敗し僕は上ずった声になってしまった。姉を見るのが怖い癖に目が離せない。
「言ったじゃんあたしの結婚式の時。ファーストキスするならって」
どこかうっとりした顔の姉。
痩せ細ってげっそりやつれ、今や見る影もない姉の姿。もうそれだけで僕は涙が止まらなくなりそうだ。それをぐっと堪える。
「ね、してくんないの?」
僕はもう一度考えた。これを逃したら姉はもう一生自分の想いを遂げられない。いいや、いいや姉だけではない。僕だって―― 僕は拳を握り締めた。ベッドの姉を見下ろす。姉は僕を見上げる。意識が混濁しつつあるのかどこかぼんやりとした笑顔を浮かべている。
「ね、早く。でないともうすぐ姉ちゃん死んじゃうよ……」
「死ぬなんて言うな!」
僕は思わず叫ぶ。姉は驚くこともなく痩せさらばえた天使の微笑みをみせたままだ。
「死ぬなんて…… 言うな……っ」
僕の涙腺は決壊寸前だった。
「死ぬんだよ」
姉は落ち着き払って、だけど優しく言い放つ。
「だから一生の思い出に、ね。お願い。そうでないと姉ちゃん浮かばれなくて化けて出てきちゃう」
ああ、幽霊だっていい。もしも死後も存在し続ける魂なんてものがあると言うのなら。
「それこそ願ったりかなったりだ。毎晩でもいいから僕の眼の前に化けて出てきてくれよ。そしたら朝まで語り明かそう」
「そう言うわけにはいかないの。判って」
「判るもんか」
「だあめ。これ、命令だから」
姉はまたふっと笑う。
「なんだかもう何もかもが遠い世界のようになってきちゃっててさ。姉ちゃんもう長くないみたいだからとっととキスしてよ」
散々引き延ばしてきてたけれど僕はようやく腹を決めた。姉のためとあれば僕には何の躊躇いはない。ベッドに手をついて屈みこんだ僕は姉と唇を重ねる。
二分以上はこうしていただろうか。口づけを終えると今度は額と頬に唇で触れた。
「はあぁ……」
うっとりとした表情で眼を閉じる姉。ああ、最愛の姉に拭い去れぬ罪科を負わせてしまったのか僕は。
「最後にあなたとキスできて良かった…… しかもファーストキスがあなたとだなんて夢みたい」
「ほんとは姉弟でこんなことしちゃだめなんだぞ」
「もう、判ってるよ。今更何言ってんの。それにあたしとあんたは特別なんだから」
眼を閉じたままの姉の表情が満たされたようなものへと変わっていく。ふと笑う。
「もっと綺麗な時にしたかったな……」
「何言ってんだ、姉さん今だって全然綺麗だよ」
僕はくっきりと死相の浮かんだ姉の頬を撫でる。
「あたしもうこれで思い残すことないや…… いや、ほんとはまだあるけど…… ありがとう優斗」
「あ、い、いや、いいんだ。よかった」
「ああ、ああ優斗、優斗お……」
感極まって涙を浮かべる姉を僕はそっと抱きしめた。首筋に唇を這わせ耳朶を噛む。
「あああぁー、ふあぁっ、あんっ」
額に頬に鼻の頭にキスをして、見つめ合いまた深く口づける。僕たちは歯止めが利かなくなってしまった。姉は落涙していた。
姉を寝かせ布団を整え見つめ合う。その瞳は強い信頼と絆とそれ以上の、今初めて生まれた色彩でで彩られていた。姉はゆっくりと頷いた。
僕はスタッフを呼ぶ。姉の最期の闘いが始まった。それが敗北を決定づけられているものだとしても、微かにでも希望が残されている以上僕たちは闘う。闘い続ける。
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