茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い

永倉圭夏

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第70話 姉の、僕の死闘

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 翌朝、事態は一変していた。それも悪い方に。
 姉は38.3℃の高熱を出していた。その他すぐに測れる数値も軒並み悪い。病室に行くと姉は僕を申し訳なさそうに見つめる。そして苦しそうに呟いた。

「へへっ、ちょっと、一昨昨日のザリガニ釣りではしゃぎすぎちゃった、かな……」

 僕は思わず言った。

「大丈夫。僕たちが必ず直す。僕が絶対治すから」

「うん、期待してるよ」

「必ずだ。見ていてくれ」

「うん」

 僕は思わず姉の手を握る。姉は熱発して熱い骨ばったかさかさの手で悲しくなるほど弱々しく僕の手を握り返した。

 病との闘いは苛烈で僕たちは一方的に敗北を強いられ続けた。この頃にはもう僕は覚悟を決めつつあった。今まで効果のあった治療法や投薬では病状が改善する余地がなくなったからだ。それでも僕たちは闘い続けねばならない。それがどれほど勝つ見込みのない闘いであっても。

 それでも少しは治療の成果はあったのか、それとも姉の気力体力のおかげか、進行を少しは遅らすことくらいはできた。翌年の三月には姉と僕は誕生日をあげ、スタッフみんなでお祝いをする中、病室でケーキを一口二口食べる事が出来た。その力ない微笑みに、一緒にザリガニ釣りに行った新人看護師は、口元を押さえ逃げるように退室した。何人かの医師や看護師も彼女と似たような表情を浮かべていた。みんなが姉の死期を悟っていた。

 姉はしぶとく闘い、たとえ敗退をしても失地を最小限にとどめ踏ん張り続けた。だがもう車椅子に乗って院外はおろか院内の移動もままならず、完全に寝たきりとなってしまった。
 もう限界だった。踏ん張り続けるのに疲れたのだろうか、誕生日を祝った翌週から急速に体調を悪化させた姉は遂にレスピレーターを装着する。僕たち治療チームはこれまでにない緊張感に包まれた。

 四日後姉は意識不明に陥った。
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