茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い

永倉圭夏

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第67話 ザリガニ釣り

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 朝食後に僕が借りたレンタカーで二人のスタッフと軽量車椅子を乗せ姉を後部座席に乗せて出発。緑濃い木々に溢れた里山。強烈な日差し。生命力に満ちた季節。この自然のエネルギーを浴びて姉も元気を取り戻すだろう。そんな淡い期待を僕は抱く。姉は車窓からの眺めに目を奪われていた。
 今では僕の再従兄(はとこ)の所有する田んぼにあらかじめ許可を貰って入る。懐かしい光景だ。若い看護師が押す車椅子に乗った姉も嬉しそうにあたりを見回す。目の前十数メートル先に四人の男の子たちがいた。小学三年生くらいか。姉はそこまで行きたいと言うので看護師にぬかるんだ悪路を押してもらってようやくたどり着く。

「何やってるの?」

 との姉の問いに少年たちは振り向き一斉に「しーっ」と言う。彼らの手には先端に煮干しやさきイカをタコ糸で吊るした割りばしがあった。どうやらザリガニ釣りをしている様子。

「へえ、ゲームとかするんじゃないんだ」

「ゲームは一時間すると切れちゃうんだもん」

「運動公園もすげえ混んでるし」

「これ一杯釣って茹でて食べるんだ」

「今でかいのがいてさ」

 見れば彼らの釣果は一目瞭然だった。青いポリバケツの中に赤いザリガニがほんの五~六匹。なかなか苦戦しているようだ。

「おばちゃんが手伝ってやろっか」

 一同が振り返り不審かつ不信の眼を向ける。

「おばちゃんたちだれ?」

「通りすがりのもんでござる」

 少年たちは無言で視線を戻すとまた畦に眼を向ける。姉は盛大にスベった。

「お前がやれよ」

「やだよ」

「さっき釣れたじゃん」

「大物なんだから頼む」

「そんな四人で入り口に集まったら出てくるもんも出てこないよ。結構神経質なんだからさ」

 姉が後ろから声をかける。

「誰か一人だけ釣って、あとは離れる」

 ついに少年の1人が姉に声をかけた。

「釣り方知ってんの?」

 姉はドヤ顔で答えた。

「まあねえぇぇ」

 怪しさ満載の姉に一人の少年が食いついてきた。

「あの、どうすればいいですか?」

「じゃまず餌変えようか」

「餌?」

 少年たちの餌はいずれももう濡れてふやけ、使い物にならなかった。だが替えの餌は無いようで、彼らは顔を見合わせる。

「餌ならあるよ」

「ほんとですか」

「まじ」

「やった」

 安堵の声をあげる少年たちに、研修医がさきイカや煮干しを配る。

「で、誰か代表があそこの巣穴の前まで行って釣る」

 なぜかじゃんけんで負けた少年が巣穴の前に行ってしゃがむ。苦笑いする姉。

「罰ゲームかよ。ザリガニが出てきたら触覚の前に餌を持ってく。今どんな感じ?」

「穴から顔を出してきた」

 少年は緊張した声で囁く。

「もうちょっと待て」

「あっあっ掴んだ掴んだっ」

「慌てるな、まだまだ」

「あ? なんか食べてるよ」

「よおし、じゃゆうっくり引き上げてえ…… ゆうっくりそおぉっと……」

 ザリガニが水田から姿を現し完全に宙に浮いたところで研修医が網ですくう。

「やった! やった!」

「でけー」

「今日一かな?」

「かっこいー」

 少年たちの姉を見る眼が不審と不信から尊崇に変わった。

「まあ、これを応用すれば、ここなら百匹くらいは余裕」

「百匹!?」

 いやいや変な期待を持たせちゃいけない。僕はやんわりと訂正した。

「まあまあ姉さん、今ここにどれだけのザリガニがいるか判らないしね。さっきのは十年以上前の話だから、あまり信用しないでね」

「でもこれだけでかいの釣れるのすげえ」

 それでも少年たちの尊敬の念はいささかも減じてないようだ。

「ああ、それとここおじさんたちは許可もらってきたんだけど、君たちは違うよね。ここは人の土地だから本当は勝手に入っちゃいけないんだ」

「つまんない事言うなよ」

 姉が不貞腐れた顔になる。

「でも今日はおじさんたちと一緒ならまあ許してもらえるだろうし、他の日には必ず許可もらうんだよ。この辺割と危ないしね」

 少年たちはあからさまにほっとした表情を見せる。
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