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第62話 ステーキ350g

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 このあとはいよいよバーベキューだ。僕と将司さんは焼いて焼いて焼きまくった。肉肉肉肉肉野菜と焼いた。姉も彩寧もめちゃくちゃ食べる。二人で楽しそうに話しげらげら笑いながら食べる。姉と彩寧の仲がよくてよかった。僕は少しだけ肩の荷が下りたような気がした。姉は無防備に大口を開けてけたたましく笑う。
 僕と姉と将司さんと彩寧。不思議で微妙な間合いを保ちながらも僕たちはバーベキューを楽しんだ。それぞれが持ち寄った自慢の肉を彩寧が作ってきたタレで食べる。微妙な間柄だと言っても、この時の僕たちは間違いなく笑顔だった。
 バーベキューの後片付けは僕と将司さんだけでやる。姉についてきてもらったらかえって迷惑なので、テーブルで彩寧とじっと待っているように厳命した。
 受付に行く途中将司さんがぽつりと呟いた。

「あの、さっき愛未さんが転ぶのどうして気付いたんですか?」

「あ、ああ、姉さん右肩が傾いた時そのままガクッと崩れ落ちることが多いんですよ。脱力性転倒と呼ぶんですが、子供の頃からの症状で僕も良く驚かされました。まあ、今ではさっきみたいに大体キャッチできるんですけどね」

「そうなんですか…… やっぱり、お子さんの時から一緒だと色々なことが判るものなんですね。羨ましいです」

「いやいや、将司さんだってこれから覚えておけばいいんです。気にすることはないと思いますよ」

 という僕は少し得意になっていた。

「はあ……」

 将司さんはつらそうな溜め息をひとつ吐くと受付で網などの返却手続きを始めた。

「じゃ、僕はこれ捨ててきますんで」

「あ、よろしくお願いします」

 僕はゴミ捨て場に向かう。陰に隠れて人目につかない場所だ。
 後ろからそっと抱きつかれる。僕は首を回してその主を見ると、やはり姉だった。

「あのさあ…… 僕のいう事聞いてたかな樋口愛未さん」

「聞いたけど忘れた」

 僕は大きな溜め息を吐き出してロフストランドクラッチを持ったまま僕にしがみ付いてる姉を引き剥がし振り返る。

「いいから今すぐ――」

「ゆーくんやっぱり姉ちゃんのことを一番によく見ていてくれて嬉しいよ」

「えっ」
「さっき転んだとき」

「あー、あれはもう反射的っつーか、毎度毎度のことで慣れてるからなあ」

「ふふふっ」

「なんだよ気持ち悪いな」

 姉は杖を突いたまま走り出し二十五メートルほど離れたところまで行くと振り返って片手に手を当てて何か叫ぶ。

「だーい――」

 その時行政防災無線のスピーカーからちょうど五時を知らせる大音量の「新世界より」家路が流れた。姉の声は完全にかき消された。姉は忌々しそうな顔をすると振り返り今度は歩いて彩寧のいる方へと帰って行った。全ての手続きを終了し帰宅する。でもその前にコーヒーだけでも飲んで行こうということになって、ファミリーレストランに入る。
 将司さんと僕はアイスコーヒー、彩寧はホットコーヒーと小さいパフェ。そして姉はメニューを見てずっと悩んだ挙句にたりと笑ってめにゅーを閉じる。オーダーの時僕らの注文が全部終わったところで姉は得意満面な顔で言い放った。

「リブロースステーキ三百五十グラム、ガーリックソースのセット、あ、ライスは中で」

 これを聞いた瞬間僕たち全員が同時に声をあげた。

「は?」

そのあと僕たちは一斉にと目にかかる。

「愛未さんほんとに食べきれるんですか?」

「あんだけ肉食ってきたのにまだ食うのかよ? しかも三百五十?」

「お姉さまいくらなんでもそれは食べ過ぎです!」

 姉は落ち着き払った顔で店員に告げた。

「以上で」

「ではご注文を繰り返します、アイスコーヒーふたつ、ホットコーヒーに夏イチゴのミニパフェセットひとつ、リブロースステーキ三百五十グラムセットライス中、以上でよろしいですか」

 唖然とする僕たちは放置して姉は澄まし顔だった。

「ええ」

「かしこまりした。少々お待ちください」

店員さんがいなくなったら姉以外の僕たちはみんなで仰け反った。
「いくら何でも……」

「異常だ……」

「食べ過ぎです……」

「だって今日は肉っ!て日だったんだもん。徹底的に食べなきゃね」

「徹底しなくていいよ……」

姉は三百五十グラムのステーキと付け合わせをぺろりと平らげ、スープバーとドリンクバーをそれぞれ三杯お代わりした。百四十二センチでやせっぽちな姉の身体のどこにあれだけの肉が入るのか僕は本当に謎だった。スープバーとドリンクバーは将司さんが取りに行った。将司さんは本当にかいがいしく姉の面倒を見ている。

ところが、あれだけ元気いっぱいだった姉は、ファミレスを出るころにはすっかり意気消沈していた。判りやすい奴め。駐車場で僕はさり気なく姉の背後に回り、姉の前に立っている将司さんに声をかけた。

「こういうのまたやりませんか?」

「ええ、いいですね」

 笑顔で答える将司さんの目の前で、僕は姉の背中をそっと何度も撫でてやった。姉は振り返ると何か言いたそうな顔をしたが、またすぐに黙って俯いた。
 将司さんが運転する姉の乗った車は滑らかに駐車場を出ていく。助手席で俯き加減の姉は横目で僕を見つめながら僕の視界から消えていった。

「さっ、じゃあ私たちも帰りましょっ」

「ああ」

 軽やかな彩寧の声に促され僕はアクセルを踏んだ。彩寧を実家に送って帰宅した後も、ウィンドウ越しに横目で僕を見つめる姉の眼が頭から離れなかった。
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