61 / 85
第61話 僕と姉の結びつき
しおりを挟む
姉が結婚して三か月余り。夏の始まりを告げるころ、将司さんから連絡があり、みんなで日帰りでグランピングをしようという。これは将司さんからの提案ではなく、姉の提案だろうなと思った。彩寧に連絡すると、参加できそうなので僕、姉、彩寧、将司さんの四人で出かけることにした。
場所は引退競走馬牧場で、キャンプやグランピングやバーベキューの設備も整っている。
二台の車に分乗し牧場に辿り着く。
「ふぃー、すっずしー」
助手席のドアを開けると、気持ちよさそうな顔をする姉。ここは盛岡より北で標高も少し高いから涼しくて過ごしやすい。降りようとして四苦八苦する姉を見かねた彩寧が姉を介助する。将司さんは姉のそばに立っているだけだった。恐らくいよいよ転倒の危険が出てくるまでは触るなと姉から厳命されているのだろう。
この牧場は広くて色々なアクティビティがある。競馬はよく知らないが、こうしてみると競走馬は大きくたくましく美しい。
その競走馬にニンジンやリンゴを与える。つぶらな瞳でぼりぼりと大きな音を立てて夢中になって食べる姿が可愛い。ところが姉は驚いたことに馬を怖がって近づくこともできない。杖を突いて逃げ惑うばかりだった。一同、将司さんでさえも笑っていた。
そのあとは馬に乗る。本当は僕も将司さんのように姉のすぐ傍らにいたかったんだけれど、そうしたら彩寧一人で馬に乗ることになってしまう。それはあまりなので、僕も乗馬に挑戦することにした。馬の背は凄く高くてかなり怖い。脚が不自由な上馬を恐れる姉は馬に乗った僕と彩寧を遠巻きに眺めて僕たちをからかうばかりだった。将司さんは姉から少し離れた場所で、まるで護衛のように立ち尽くしていた。
そのあとは絵画教室。岩手山を描いてみた。ショートカットで口数の少ない痩身の女性が講師をしてくれたが、教え方が巧いのか、意外といい出来に僕たちは感心する。
その間僕は姉と将司さんを観察していたが、原則として将司さんには介助をさせる様子がない。ただ姉が将司さんの名前を読んだ時だけは将司さんが介助をするようだ。そういう風に取り決めでもしているのかも知れない。こんなんで結婚した意味があるのか。
さてそれではいよいよバーベキューだ。僕たちは準備を始める。姉はロフストランドクラッチを外し掴まり歩きをしながら僕たちを手伝う。
紙皿他の食器が足りなかったので事務所に取りに行く。僕と姉と将司さんで向かった。姉は杖を症状の重い左腕にしか装着していなかった。
「おい、ちゃんと両手にしないとだめだぞ」
「いーのいーの。へーきへーき。今日はすっごく調子いいもん大丈夫」
「ほんとか?」
「ほんとだよ。だってさあ……」
「だってなんだ」
「なんでだと思う?」
にやにや笑う姉。
「知るかっ」
僕は吐き捨て、紅潮した顔を隠すように向こうを向いた。
受付で不足分の食器を受け取って戻る。姉まで左手に杖を突きながら紙食器の入った袋を右手に持っている。どうしてもというのだから仕方がない。
歩く姉の左側に将司さんがいて、僕は右後方でかさばるトレー類を姉の命令によって持たされていた。
その時微かな変化が起こった。杖を突いてない姉の右肩がすっと傾く。脱力性転倒だ。僕は急いで姉の右側面に駆け寄り身構える。その瞬間姉はガクッと右脚から崩れ落ちた。それをしっかり抱きかかえる僕。姉は僕に抱えられ転倒せずに済んだ。その間わずか一.三秒程度だったと思う。将司さんはおろか姉でさえもポカーンと呆気にとられたままだった。慌てた将司さんが姉に言う。
「だっ、だいじょうぶですかっ」
「あ、うん、全然大丈夫……みたい……」
姉は必要以上の時間僕にしがみ付いていた。僕はこんな場面での姉の感触に動揺してしまう。
「こら、ちゃんと立てよ」
「……あ、うん」
呆然とする姉をしっかりと立たせて脚の土を払う。起き上がって姉の顔を見ると、嬉しそうで、照れくさそうで、僕に全幅の信頼を置いた満面の笑みを浮かべていた。僕は姉から眼を逸らす。
「だからちゃんと両手にしないとだめだって言っただろっ」
「……うんっ」
将司さんが慌ててロフストランドクラッチを持って来る。姉はそれを持つと僕と将司さんの間に入って歩く。顔を赤らめ嬉しそうな顔でちらちらと何度も僕の方に視線を送る。そのなんとも言えない気恥ずかしさと、姉を救った誇らしさで不思議な気分だった。
そんな三人を遠くから彩寧がじっと見つめていた。
場所は引退競走馬牧場で、キャンプやグランピングやバーベキューの設備も整っている。
二台の車に分乗し牧場に辿り着く。
「ふぃー、すっずしー」
助手席のドアを開けると、気持ちよさそうな顔をする姉。ここは盛岡より北で標高も少し高いから涼しくて過ごしやすい。降りようとして四苦八苦する姉を見かねた彩寧が姉を介助する。将司さんは姉のそばに立っているだけだった。恐らくいよいよ転倒の危険が出てくるまでは触るなと姉から厳命されているのだろう。
この牧場は広くて色々なアクティビティがある。競馬はよく知らないが、こうしてみると競走馬は大きくたくましく美しい。
その競走馬にニンジンやリンゴを与える。つぶらな瞳でぼりぼりと大きな音を立てて夢中になって食べる姿が可愛い。ところが姉は驚いたことに馬を怖がって近づくこともできない。杖を突いて逃げ惑うばかりだった。一同、将司さんでさえも笑っていた。
そのあとは馬に乗る。本当は僕も将司さんのように姉のすぐ傍らにいたかったんだけれど、そうしたら彩寧一人で馬に乗ることになってしまう。それはあまりなので、僕も乗馬に挑戦することにした。馬の背は凄く高くてかなり怖い。脚が不自由な上馬を恐れる姉は馬に乗った僕と彩寧を遠巻きに眺めて僕たちをからかうばかりだった。将司さんは姉から少し離れた場所で、まるで護衛のように立ち尽くしていた。
そのあとは絵画教室。岩手山を描いてみた。ショートカットで口数の少ない痩身の女性が講師をしてくれたが、教え方が巧いのか、意外といい出来に僕たちは感心する。
その間僕は姉と将司さんを観察していたが、原則として将司さんには介助をさせる様子がない。ただ姉が将司さんの名前を読んだ時だけは将司さんが介助をするようだ。そういう風に取り決めでもしているのかも知れない。こんなんで結婚した意味があるのか。
さてそれではいよいよバーベキューだ。僕たちは準備を始める。姉はロフストランドクラッチを外し掴まり歩きをしながら僕たちを手伝う。
紙皿他の食器が足りなかったので事務所に取りに行く。僕と姉と将司さんで向かった。姉は杖を症状の重い左腕にしか装着していなかった。
「おい、ちゃんと両手にしないとだめだぞ」
「いーのいーの。へーきへーき。今日はすっごく調子いいもん大丈夫」
「ほんとか?」
「ほんとだよ。だってさあ……」
「だってなんだ」
「なんでだと思う?」
にやにや笑う姉。
「知るかっ」
僕は吐き捨て、紅潮した顔を隠すように向こうを向いた。
受付で不足分の食器を受け取って戻る。姉まで左手に杖を突きながら紙食器の入った袋を右手に持っている。どうしてもというのだから仕方がない。
歩く姉の左側に将司さんがいて、僕は右後方でかさばるトレー類を姉の命令によって持たされていた。
その時微かな変化が起こった。杖を突いてない姉の右肩がすっと傾く。脱力性転倒だ。僕は急いで姉の右側面に駆け寄り身構える。その瞬間姉はガクッと右脚から崩れ落ちた。それをしっかり抱きかかえる僕。姉は僕に抱えられ転倒せずに済んだ。その間わずか一.三秒程度だったと思う。将司さんはおろか姉でさえもポカーンと呆気にとられたままだった。慌てた将司さんが姉に言う。
「だっ、だいじょうぶですかっ」
「あ、うん、全然大丈夫……みたい……」
姉は必要以上の時間僕にしがみ付いていた。僕はこんな場面での姉の感触に動揺してしまう。
「こら、ちゃんと立てよ」
「……あ、うん」
呆然とする姉をしっかりと立たせて脚の土を払う。起き上がって姉の顔を見ると、嬉しそうで、照れくさそうで、僕に全幅の信頼を置いた満面の笑みを浮かべていた。僕は姉から眼を逸らす。
「だからちゃんと両手にしないとだめだって言っただろっ」
「……うんっ」
将司さんが慌ててロフストランドクラッチを持って来る。姉はそれを持つと僕と将司さんの間に入って歩く。顔を赤らめ嬉しそうな顔でちらちらと何度も僕の方に視線を送る。そのなんとも言えない気恥ずかしさと、姉を救った誇らしさで不思議な気分だった。
そんな三人を遠くから彩寧がじっと見つめていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
月と影――ジムノペディと夜想曲
永倉圭夏
ライト文芸
音楽を捨て放浪する音大生「想」は冬の函館にフリーターとして身を置いていた。想は行きつけの居酒屋「冨久屋」で働く年上の従業員、すがちゃんに心温まるものを感じていた。
そんな中、駅に置かれているピアノを見つけた想。動揺しながらも、そこでとある女性が奏でるショパンの夜想曲第19番の表現力に激しい衝撃を受ける。それに挑発されるように、音楽を捨てたはずの想もまたベートーベンの月光ソナタ第三楽章を叩きつけるように弾く。すると夜想曲を奏でていた女性が、想の演奏を気に入った、と話しかけてきた。彼女の名は「藍」。
想はすがちゃんや藍たちとの交流を経て絶望的に深い挫折と新しい道の選択を迫られる。そしてついにはある重大な決断をすべき時がやってきた。
音楽に魅入られた人々の生きざまを描いた長編小説。
些か読みにくいのですが、登場人物たちは自分としてはそれなりに魅力的だと思っています。
男性向けか女性向けかというと、消去法的に女性向け、と言えなくもないでしょう……
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる