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第50話 姉と弟のヴァージンロード
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何人かの親戚でどうにかこうにか親父を席に座らせると、おふくろが着物でよくあんなに走れるな、と感心するくらいの勢いで駆け出す。
「ちょっと私愛未の控室行ってくるねっ!」
「わかった」
おやじは顔中びっしょりと滝の汗を流し、ワイシャツやモーニングの衿まで濡れるほどの脂汗をかいていた。
「おお優斗。お前医者だろこれさっさと何とかしろ」
「何とかならないね。ギックリ腰は整形外科。僕は内科。無理だよ」
「じゃあ痛み止めのひとつくらい持ってねえのかあ」
「そんなもん持ち歩くわけないだろう」
おやじは両手を膝について脂汗を流しながら涙も流し始める。
「あああ、俺ぁこんな大事な時にこうして無様に倒れねばならねえのかあ……」
するとおふくろがさっきの高速移動を維持したまま僕のそばまで駆け寄ってくる。
「優斗! あんたがやって!」
「は?」
「だから! 優斗が愛未とヴァージンロードを歩くの!」
「はあああああ?」
弟が姉とヴァージンロードを歩くなんて聞いたことがない。それに、今の姉さんの僕への風当たりを考えたら、姉さんの方から拒絶するに決まってる。
「そういうのは親がやるもんだろ。おふくろがやれよ。ぼくはやだね。ごめんこうむる」
「それが愛未がそうしたいって言ってるんだよ! 優斗とバージンロードを歩きたいって!」
「はああああああああああああああっ!」
僕は今日一で特大の大声を出した。
親戚からも冷やかしの声がかかる。
「おお、二人だったらイケメンイケジョでお似合だからいいんじゃねえかあ?」
「また二人とも子供ん時から夫婦みたいに仲良かったもんなあ、親父さんよりもお似合だあ」
おふくろが僕に懇願するように言ってくる。
「なんか最近柄にもなく仲悪そうだったけど、今回はこの場に免じて水に流してやってくれないかい」
気付いてたのか。
僕は考えた。普通は一生に一度の晴れ舞台で、僕がこうして姉を送り出してやれば、僕の中でも区切りを付けられるのではないか。それに姉の指名ということであれば、姉も僕と歩くことで何か思うことがあるんだろう。僕はそれを叶えたい。僕は意を決した。
「判った、向こうの控室に行ってくる。おやじ、代わりにちゃんと送り届けるからな。病院行くんだぞ」
「面目ねえ。頼んだぞ優斗。お前に託す」
僕は急いで新婦の控室に向かった。ウエディングドレスに身を包んで表情を硬くした姉が椅子に腰を下ろしていた。僕は言葉を失う。白一色の姉の姿に激しい衝撃を受け僕は立ちすくんでしまった。普通だったら「きれいだよ」とか「似合ってるよ」ぐらいは言ってもよさそうなものだが、そういった言葉のどれもが空々しく思えて僕には適切な言葉が思いつけなかった。ただ黙って姉の美しさに圧倒された。そしてこれは樋口さんのための晴れ姿なのだ。僕は心の奥でほぞを噛んだ。
「姉さん……」
姉は僕をじっと凝視している。表情からは何を考えてるのか読み取れないが緊張しているように見受けられる。
「姉さん。その…… ぼ、僕でいいのか? その……あんなこと言ったのに」
「姉ちゃんの方だって酷いこといっぱい言った。ごめん……」
姉は硬い表情で頷いた。姉は緊張した面持ちと硬い声で結婚式場の人とごく短い打ち合わせをし、杖を突いて僕の隣に無言で立つ。すると突然姉が杖の片方を介添人に渡した。そしてその手は僕の腕に組ませる。久々に姉の手と腕を感じる。
「どうして……」
「こうしたいの」
「無理すんなよ」
「無理じゃない。大丈夫だから」
姉は相変わらず硬い表情で正面を見て呟いた。
「きちんと介助してよ。もう十年もあたしの面倒見てくれてたんだから」
「ああ」
僕は姉が組んできた腕に力を入れる。姉の歩行の癖、膝の弱さ、気を付けないと筋痙攣するところもすべて把握している。樋山さんが介護職のプロだとしたら、僕は姉の病と姉自身のプロだ。僕は胸を張って大扉の前に立った。
「よろしくたのむよ」
一瞬いつもの姉の声が戻ってきた気がした。僕はいつもより少し違って自信たっぷりに答える。
「ああ、任せとけって」
「ちょっと私愛未の控室行ってくるねっ!」
「わかった」
おやじは顔中びっしょりと滝の汗を流し、ワイシャツやモーニングの衿まで濡れるほどの脂汗をかいていた。
「おお優斗。お前医者だろこれさっさと何とかしろ」
「何とかならないね。ギックリ腰は整形外科。僕は内科。無理だよ」
「じゃあ痛み止めのひとつくらい持ってねえのかあ」
「そんなもん持ち歩くわけないだろう」
おやじは両手を膝について脂汗を流しながら涙も流し始める。
「あああ、俺ぁこんな大事な時にこうして無様に倒れねばならねえのかあ……」
するとおふくろがさっきの高速移動を維持したまま僕のそばまで駆け寄ってくる。
「優斗! あんたがやって!」
「は?」
「だから! 優斗が愛未とヴァージンロードを歩くの!」
「はあああああ?」
弟が姉とヴァージンロードを歩くなんて聞いたことがない。それに、今の姉さんの僕への風当たりを考えたら、姉さんの方から拒絶するに決まってる。
「そういうのは親がやるもんだろ。おふくろがやれよ。ぼくはやだね。ごめんこうむる」
「それが愛未がそうしたいって言ってるんだよ! 優斗とバージンロードを歩きたいって!」
「はああああああああああああああっ!」
僕は今日一で特大の大声を出した。
親戚からも冷やかしの声がかかる。
「おお、二人だったらイケメンイケジョでお似合だからいいんじゃねえかあ?」
「また二人とも子供ん時から夫婦みたいに仲良かったもんなあ、親父さんよりもお似合だあ」
おふくろが僕に懇願するように言ってくる。
「なんか最近柄にもなく仲悪そうだったけど、今回はこの場に免じて水に流してやってくれないかい」
気付いてたのか。
僕は考えた。普通は一生に一度の晴れ舞台で、僕がこうして姉を送り出してやれば、僕の中でも区切りを付けられるのではないか。それに姉の指名ということであれば、姉も僕と歩くことで何か思うことがあるんだろう。僕はそれを叶えたい。僕は意を決した。
「判った、向こうの控室に行ってくる。おやじ、代わりにちゃんと送り届けるからな。病院行くんだぞ」
「面目ねえ。頼んだぞ優斗。お前に託す」
僕は急いで新婦の控室に向かった。ウエディングドレスに身を包んで表情を硬くした姉が椅子に腰を下ろしていた。僕は言葉を失う。白一色の姉の姿に激しい衝撃を受け僕は立ちすくんでしまった。普通だったら「きれいだよ」とか「似合ってるよ」ぐらいは言ってもよさそうなものだが、そういった言葉のどれもが空々しく思えて僕には適切な言葉が思いつけなかった。ただ黙って姉の美しさに圧倒された。そしてこれは樋口さんのための晴れ姿なのだ。僕は心の奥でほぞを噛んだ。
「姉さん……」
姉は僕をじっと凝視している。表情からは何を考えてるのか読み取れないが緊張しているように見受けられる。
「姉さん。その…… ぼ、僕でいいのか? その……あんなこと言ったのに」
「姉ちゃんの方だって酷いこといっぱい言った。ごめん……」
姉は硬い表情で頷いた。姉は緊張した面持ちと硬い声で結婚式場の人とごく短い打ち合わせをし、杖を突いて僕の隣に無言で立つ。すると突然姉が杖の片方を介添人に渡した。そしてその手は僕の腕に組ませる。久々に姉の手と腕を感じる。
「どうして……」
「こうしたいの」
「無理すんなよ」
「無理じゃない。大丈夫だから」
姉は相変わらず硬い表情で正面を見て呟いた。
「きちんと介助してよ。もう十年もあたしの面倒見てくれてたんだから」
「ああ」
僕は姉が組んできた腕に力を入れる。姉の歩行の癖、膝の弱さ、気を付けないと筋痙攣するところもすべて把握している。樋山さんが介護職のプロだとしたら、僕は姉の病と姉自身のプロだ。僕は胸を張って大扉の前に立った。
「よろしくたのむよ」
一瞬いつもの姉の声が戻ってきた気がした。僕はいつもより少し違って自信たっぷりに答える。
「ああ、任せとけって」
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