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第49話 姉の結婚式:親父の不運

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 姉の僕への態度は硬化したまま退院し結婚の準備も整いつつあった。桜の陽気の吉日姉と樋口さんの結婚式と披露宴が執り行われることとなった。

 姉は脚の具合がよくならず、ロフストランドクラッチを突いて片脚にどでかいウォーキングブーツを履いてヴァージンロードを歩くことになる。姉と一緒にヴァージンロードを歩くおやじはすっかり張り切り、花嫁の姉が音を上げるほど練習に励んだのは我が家のいい思い出だ。僕はそれを横で微笑ましく眺めていたが、ついぞ姉が僕に声をかけるどころか眼を合わせる事すらなかった。僕の存在は姉の中から完全にかき消されたかのようだった。やはりもう僕はどうでもいい存在だったのか。これまでは仕事や研究の邪魔になると控えていた酒を飲むようになり、その量は次第に増えていった。彩寧は心配したが、その理由を話すわけにもいかず僕はひとり荒れる心を持て余していた。もう一度でいい、もう一度でいいんだ。姉に触れたい、その眼で見つめてもらいたい、抱きしめたい、額に頬に口づけしたい、添い寝したい。それももう叶わぬ夢と化したのか。姉は今何をやってるのだろうか。あの男とよろしくやっているのだろうか。そう思った瞬間僕は手にしたウィスキーグラスを思い切り壁に叩きつけた。

 そうして式も当日。僕は全く気が進まないまま支度をし、ドライバーになって両親を連れて式場へ向かう。
 賑やかな新婦側親族控室で僕とおふくろは桜湯を飲んでいた。

「へえ、これ美味しいね。初めてだよ」

「こういう席でもないとなかなかないからねえ」

「この季節にもぴったりだ」

「ほんとに。桜のいい季節でお天気も良くてよかったよ」

 姉のことで頭がいっぱいの僕は、それでもこんな空々しい会話をして周囲の眼から動揺を隠していた。
 するとモーニングを着て壁際の椅子に座っていた親父がおふくろに声をかける。これからの大役を控え顔は緊張感でいっぱいで貧乏ゆすりが止まらない。

「おお、俺にもそれ取ってくれ」

 顎で桜湯を指し示したおやじに対しおふくろはあからさまに嫌そうな顔をする。

「嫌ですよ、目の前にあるんだから自分でお取りなさいな」

 僕もおふくろに加勢する。

「そうだよ、人を顎で使わないで自分で取りなよ」

 おやじは忌々しそうな顔をすると椅子から腰を浮かせ中腰の状態でテーブルに手を伸ばす。そして桜湯の湯飲みにあと二センチで手が届くところで親父は固まった。
 僕たちは最初それに気づかず親戚たちと話に花を咲かせていたが、中腰で固まった姿勢のままぶつぶつと呟く親父の声を聞きそちらを注目する。

「いてててててててててて……」

「おやじ?」

「あなた?」

 僕とおふくろが同時におやじに声をかけるのと、親父が大声で呻くのは同時だった

「あーっいででででででっ!」

 すると小笠原の兄ちゃんがのっそりとおやじのところまで歩いてきて、顔をおやじの高さにまで下ろしてぼそっと言う。

「譲二おじさん、ギックリ腰かい?」

「み、みてえだいててててて…… あーいってえええええっ!」

 それを見ていた親戚一同はささやき、どよめき、最後はてんで勝手に喚き始める。中には大笑いしている失礼なやつもいたが。

「どうすんだ! あともう三十分しかないんだぞ!」

「どすればいいの? こったな時どすればいいの!」
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