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第48話 涙止まらぬ姉、進む結婚話
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だが僕ははたと気になることに気付いた。僕は夜間に医局からまた姉の病棟へ行きナースセンターに顔を出す。
すると平林主任がすぐ僕に気付いた。きびきびとした足取りで僕の元へやってきた主任はほとんど人の来ない病棟の隅へと僕を案内してくれる。お互い話したい内容は判り切っていた。
「それで、どうですか。姉の様子は」
「昨日とはだいぶ様変わりしました」
「と言いますと」
「昨日の様に大泣きするほどではなくて、めそめそし続ける感じでした」
「めそめそ」
「ボックスティッシュも一箱だけでした」
「なるほど」
「ただ……」
「どうされました」
「私も直接何度か覗いてみたのですが、何と言うかこう魂が抜けたような状態でいる事が多くて。物思いにでも耽っているようにも見えました」
「物思い……ですか」
「それと誰かの名前を呟いてはまたしくしく泣き始めるといった様子でしたね」
「名前?」
「はい。小さい声ではっきりとは聞き取れなかったのですが「ゆ……」とか「む……」とか「う……」とか「……と」とかだったでしょうか。はっきりしません」
「そうですか……」
「お役に立てず申し訳ございません」
丁寧に頭を下げる主任。
「ああ、いや、いいんです。僕の方こそお忙しい中色々お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いえ、患者の状態に眼を配るのも私どもの仕事ですので。差し出がましいと承知の上でお伝えした次第です。それに、村上さんにあった変化についてはなんでもいいので報告するようにと言われておりましたので」
「感謝に耐えません」
「それに、岩沢教授や酒井先生や丸岡先生にお伝えするよりご親族の村上先生にお伝えすべき内容とも思えました」
「助かります。必要と判断すれば私の方から医局には伝えますので」
お互いそれはないと確信していた。一瞬の間があって主任は再び静かに口を開いた。
「何があったのかはわかりませんが」
主任の声には〇.〇一ミリグラムほど非難の要素が含まれていた。
「お姉さまの涙の意味がわかると良いですね」
「はい。ご心配ありがとうございます」
僕は仕事を早めに切り上げて帰宅せず両親宅へ向かった。案の定おやじもおふくろも狐につままれた顔をしてお茶を飲んでいる。
お互い手元にある情報を交換する。姉は退院したらできるだけ早く式場を取り結婚式を挙げたいと言っていたそうだ。おやじはあまり樋口さんを気に入ってない様子だった。何を言ってもはっきり答えず暖簾に腕押しな状態で、話はすべて姉が一人で進めていったという。僕は僕から見た樋口さん像を伝えた。僕自身彼を非常に気に入っていないのでいい評価にはなりようもなかった。
姉が昨日から泣き続けている件について僕は伏せておくことにした。二人を不安がらせてしまうのは間違いないからだ。最悪これは望まぬ結婚だったのではと勘繰られてしまう。
ただ、ほとんどの患者が十代で亡くなる疾患で、三十過ぎまで生きて来られたこと、ましてや結婚まですることになったことについて思いをはせると、僕たちは深い悦びと感謝の念を思い起こさずにはいられなかった。
すると平林主任がすぐ僕に気付いた。きびきびとした足取りで僕の元へやってきた主任はほとんど人の来ない病棟の隅へと僕を案内してくれる。お互い話したい内容は判り切っていた。
「それで、どうですか。姉の様子は」
「昨日とはだいぶ様変わりしました」
「と言いますと」
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「めそめそ」
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「ただ……」
「どうされました」
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「物思い……ですか」
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「名前?」
「はい。小さい声ではっきりとは聞き取れなかったのですが「ゆ……」とか「む……」とか「う……」とか「……と」とかだったでしょうか。はっきりしません」
「そうですか……」
「お役に立てず申し訳ございません」
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「ああ、いや、いいんです。僕の方こそお忙しい中色々お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いえ、患者の状態に眼を配るのも私どもの仕事ですので。差し出がましいと承知の上でお伝えした次第です。それに、村上さんにあった変化についてはなんでもいいので報告するようにと言われておりましたので」
「感謝に耐えません」
「それに、岩沢教授や酒井先生や丸岡先生にお伝えするよりご親族の村上先生にお伝えすべき内容とも思えました」
「助かります。必要と判断すれば私の方から医局には伝えますので」
お互いそれはないと確信していた。一瞬の間があって主任は再び静かに口を開いた。
「何があったのかはわかりませんが」
主任の声には〇.〇一ミリグラムほど非難の要素が含まれていた。
「お姉さまの涙の意味がわかると良いですね」
「はい。ご心配ありがとうございます」
僕は仕事を早めに切り上げて帰宅せず両親宅へ向かった。案の定おやじもおふくろも狐につままれた顔をしてお茶を飲んでいる。
お互い手元にある情報を交換する。姉は退院したらできるだけ早く式場を取り結婚式を挙げたいと言っていたそうだ。おやじはあまり樋口さんを気に入ってない様子だった。何を言ってもはっきり答えず暖簾に腕押しな状態で、話はすべて姉が一人で進めていったという。僕は僕から見た樋口さん像を伝えた。僕自身彼を非常に気に入っていないのでいい評価にはなりようもなかった。
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ただ、ほとんどの患者が十代で亡くなる疾患で、三十過ぎまで生きて来られたこと、ましてや結婚まですることになったことについて思いをはせると、僕たちは深い悦びと感謝の念を思い起こさずにはいられなかった。
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