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第47話 氷のような姉の眼

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「ウォーキングブーツ履かせてもらったし、外出許可ももらったから今からうちに行く」

「えっ、えっどうやって? 車は」

「こいつの車使う。乗り降りヤバかったらこいつに介助させるし」

「何言ってんだ冗談じゃない! 論外だ! 未経験者に姉さんの介助なんてできる訳ないだろう! 僕が介助する! 仕事は休むから!」

 姉の言葉に僕はまた激昂寸前になっていた。もう十年以上も専属で姉の介助をしていた僕を差し置いて、こんなどこの誰だか判らない奴に介助させるなんてありえない!
 だが姉の眼がまるで僕をばかにしたかのように光る。

「ふ、それが将司元介護支援センターなんだよなあ。プロなんだよ、プロ。あんたよりよっぽど手慣れてるわ」

「そうか、プロだというなら姉さんの病気について知悉《ちしつ》しているというんだな?」

 僕は硬く冷たく言い放った。

「ただの歩行障害とは違うぞ。跛行パターンの特性についてどれぐらいの知識を持っているんだ? 筋痙攣を起こす要因については?あれは苦痛を伴うぞ。脱力性転倒の予兆だってもちろん掴めているんだろうな? 膝関節硬化症についてもこの樋口さんとやらは完璧に理解しているということでいいんだな? いいんだな?」

「えっ……」

 樋口さんは目を丸くして実に不安げで頼りない表情になる。助けを求めるように姉に視線を移す。

「あー、そんなの嘘嘘。小難しい事言ってビビらせようってだけなんだから。いやあ、最年少記録の助教ともなると頭がよくてかなわないねえ」

 僕の助教祝いにきてくれた時に見せた満開の花の様な姉の笑顔を思い出した。

「いっつもいつだってあなたが一番だからねっ」

 あの時の言葉が頭の中で反響した。それが今は。やはり姉さんは本当にこの男に心変わりしたのか。地獄だ。僕はブルっと身を震わせる。
 気を取り直し姉を説得しにかかった。

「姉さん! 僕じゃ嫌だって言うならせめて専属スタッフに任せてやってくれないか?」

 姉は僕に冷笑的な眼を向けた。一体どうしたことだろう。こんな眼をした姉は初めてだ。

「『嫌』? あんたが? ははっ、何自惚れてるんだか。嫌でも何でもないって。だってさ、あんたなんて全然んだからね」

「どうでもいい……?」

「そ」

 僕は地面がぐらりぐらりと旋回しているような気分に襲われた。うっかりしていると倒れてしまいそうだ。

 僕は姉の介助をすると言う特権を奪われてしまった。あんな男に。そしてそれ以上に姉の言動に僕はショックを受けていた。気がつくと僕は医局にいた。何も言わず何も考えず一人でぼんやり帰ってきていた。僕は眼の前のパソコンを叩き割りたい気分だった。パソコンでなくてもいい。壊せるものなら何でもいい。出来る事ならあの樋口将司って男をぶっ壊したかった。
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