茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い

永倉圭夏

文字の大きさ
上 下
42 / 85

第42話 姉との会談

しおりを挟む
「すまない、本当にすまないっ…… ありがとう、僕は一刻も早く姉さんを治し君を幸せにするっ、やっ、約束するっ! 僕は必ず姉さんを治して君と、君と…… 」

 彩寧は僕にハンカチを渡しながら言った。

「今はそんなに無理しなくていいの。お姉さまを治すことに専念しましょ。私たち消化器内科だって協力する……うーん、ようなことがまああればもちろん協力するし、ねっ」

 僕は彩寧から貰ったハンカチを握りしめながらまだ涙が止まらない。彩寧がなだめすかすように僕に声をかけた。

「どうしたの? ねえ、らしくないわよ」

「悔しいんだ。心底悔しい。姉の病にも勝てず彩寧の気持ちにも答えられない僕が、自分自身の不甲斐なさが腹の底から悔しいんだ」

「いいの。今はいいの。一度に二つのことが出来る人なんているもんじゃないわ。しかもどちらも本当に人生の大事業。だから今は今すぐできる事だけに目を向けましょう。ね」

 僕はひたすら詫びながら彩寧の提案を受け入れた。その情けない自分に腹が立つ。
 彩寧を送り届けた帰路、僕はひたすら自分の腑抜け具合をひどく責め続けた。そして決意を新たにする。一刻も早く姉を治し、彩寧を迎え入れると。

 翌朝、姉がまだ朝食を食べている時僕は姉と面会した。本当はこんなことをしてはいけないのだが、これまでの入院時も黙認されている。
 僕は石の様に硬い表情で姉に対峙した。一方の姉はというと、どこか空とぼけた、いつも通りの呑気さを湛えた表情――僕の大好きな表情で僕を見つめながら白菜のクリーム煮を食べていた。

「どしたの? 貴重な睡眠時間削ってまで姉ちゃんに会いに来るなんてさ。なんかいい事でもあった?」

 僕は姉の隣のパイプ椅子に座る。

「姉さん。ここもそう長くは入院できないんだ。退院後のことを考える必要がある」

「退院後のこと?」

「そう、姉さんは現状では一人暮らしができない。」

「一人……暮らし?」

「更には現状で受けられる福祉サービスもない。そうすると誰かと同居する必要がある。そこでなんだが…… つまり僕と……」

 姉がきょとんとした顔になる。

「優斗と……? えっでもあたし一人暮らししないよ?」

「なに?」

 僕は姉の言わんとすることがわからなかった。

「だから、姉ちゃんさ、二人暮らしするの」

 僕の心臓が大きく鳴った。

「どういうことだ?」

「うん、だって姉ちゃん結婚するんだもん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

茜川の柿の木――姉と僕の風景、祈りの日々

永倉圭夏
ライト文芸
重度の難病にかかっている僕の姉。その生はもう長くはないと宣告されていた。わがままで奔放な姉にあこがれる僕は胸を痛める。ゆっくり死に近づきつつある姉とヤングケアラーの僕との日常、三年間の記録。そしていよいよ姉の死期が迫る。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

ファミコンが来た日

白鷺雨月
ライト文芸
ファミコンが来たから、吉田和人《よしだかずと》は友永有希子に出会えた。それは三十年以上前の思い出であった。偶然再会した二人は離れていた時間を埋めるような生活を送る。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

処理中です...