41 / 85
第41話 彩寧の深い愛
しおりを挟む
姉は既に一人暮らしにリスクをはらんでいた。それに気付けなかったのは我々の失態だ。そして今回の骨折で姉のもう一方の脚の筋力も低下し、これは相当なリハビリを要すだろう。回復して元に戻れる保証はない。となると今後姉の一人暮らしは不可能と判断せざるを得ない。ではどうする。現在の社会資本ではマイナーな姉の病気を対象にするサービスはない。現時点で障がい者手帳を取ったとしてもサービスが受けられる等級までにはならないだろう。おやじとおふくろは農業で手が離せない上に高齢だ、実家からの通院の送迎ですら大きな負担になるだろう。
となると方法は一つしかない。姉と僕とが同居することだ。僕だって目が回るほど忙しいが幸い助教となったおかげで以前ほどではない。それに僕がいれば、今回の事故の様なものは必ずしも防ぎきれないまでも、ケアをすることはできる。
これしかないのか。
僕はデスクの引き出しを開ける。そこには紺色で丸みがかった四角い小箱があった。それを開ける。ダイアモンドで飾られた指輪が姿を現す。彩寧。また彩寧に負担をかけてしまうのか。まさか三人で住むわけにもいくまい。僕は小箱を自分のかばんにしまうとおおきなため息をひとつ吐いた。
誰が一番なのか。僕は未だにそれを決めかねる意気地なしだった。
だが僕が彩寧を取れば姉は路頭に迷う。生きる術を失う。仕事を止め生活保護にでもなれば…… いや結局親族の養育義務に行き当たり、僕に白羽の矢が立つだけか。僕は苦い顔で天井の蛍光灯を見つめる。消去法的に考えて僕が姉を引き取るしかない。だが僕の野望は姉を完治させること。それには正直あと何十年もかかるかもしれない。それまで彩寧を待たすのは理にかなわないし筋も通らない。
やはり彩寧とは縁がなかったのだろうか。僕は蛍光灯に向かって呟いた。
「すまん。許してくれ」
翌日僕はなんとか時間を作って駅前のダイニングバーに彩寧を呼ぶ。彩寧に事情を伝える口が鉛の様に重い。
「だから、もう僕とは無理だと思う……」
「どうして?」
彩寧はきょとんとした、というかどこか空とぼけた様な顔をした。どことなく姉の表情に似ている。
「えっどっどうしてって、さっき言ったみたいに僕は姉さんと同居しなくてはならなくなってしまったから……」
しどろもどろになった僕に彩寧はとぼけた顔で答える。
「だってお姉さまが完治すれば自立できるのよね」
「だっ、だけどその確率はあまりにも低くいから……」
「だけどそれを成し遂げるのがゆーちゃんの宿願なんでしょ」
「でもそれにはあとどれくらいの時間がかかるか見当もつかなくて……」
「いいのよ。何十年経っても。私応援する。ずっと待ってる」
「えっ…… でもそれじゃ」
「それじゃなに?」
彩寧は心なしか微笑んでいた。
「私五十年だって待つから。そしたら『ずいぶん待たされたけど一緒になれてよかったねえ』ってお茶をすすりながらおせんべでも食べて話しましょうよ。ふふっ、縁側で」
僕の涙腺は一瞬で崩壊した。膝に手を置き、ただひたすら静かに涙を流す。彩寧にはこれからどれほど辛い思いをさせるか、それを思うと僕の胸は潰されんばかりだった。僕のかばんの中にはあの指輪がある。だがこれを渡せないもどかしさ。悔しい。心底悔しい。僕の無力が。
今僕の中で姉を治す動機がもう一つはっきりとした。それは一刻も早く彩寧と結婚し僕を信じて待ってくれた彼女に報い幸せにしてあげることだ。
あまりの号泣っぷりにきっと周囲の客は僕が彩寧に振られたとでも思っているのだろう。だが現実は違った。僕は彩寧に愛を与えられたのだ。
となると方法は一つしかない。姉と僕とが同居することだ。僕だって目が回るほど忙しいが幸い助教となったおかげで以前ほどではない。それに僕がいれば、今回の事故の様なものは必ずしも防ぎきれないまでも、ケアをすることはできる。
これしかないのか。
僕はデスクの引き出しを開ける。そこには紺色で丸みがかった四角い小箱があった。それを開ける。ダイアモンドで飾られた指輪が姿を現す。彩寧。また彩寧に負担をかけてしまうのか。まさか三人で住むわけにもいくまい。僕は小箱を自分のかばんにしまうとおおきなため息をひとつ吐いた。
誰が一番なのか。僕は未だにそれを決めかねる意気地なしだった。
だが僕が彩寧を取れば姉は路頭に迷う。生きる術を失う。仕事を止め生活保護にでもなれば…… いや結局親族の養育義務に行き当たり、僕に白羽の矢が立つだけか。僕は苦い顔で天井の蛍光灯を見つめる。消去法的に考えて僕が姉を引き取るしかない。だが僕の野望は姉を完治させること。それには正直あと何十年もかかるかもしれない。それまで彩寧を待たすのは理にかなわないし筋も通らない。
やはり彩寧とは縁がなかったのだろうか。僕は蛍光灯に向かって呟いた。
「すまん。許してくれ」
翌日僕はなんとか時間を作って駅前のダイニングバーに彩寧を呼ぶ。彩寧に事情を伝える口が鉛の様に重い。
「だから、もう僕とは無理だと思う……」
「どうして?」
彩寧はきょとんとした、というかどこか空とぼけた様な顔をした。どことなく姉の表情に似ている。
「えっどっどうしてって、さっき言ったみたいに僕は姉さんと同居しなくてはならなくなってしまったから……」
しどろもどろになった僕に彩寧はとぼけた顔で答える。
「だってお姉さまが完治すれば自立できるのよね」
「だっ、だけどその確率はあまりにも低くいから……」
「だけどそれを成し遂げるのがゆーちゃんの宿願なんでしょ」
「でもそれにはあとどれくらいの時間がかかるか見当もつかなくて……」
「いいのよ。何十年経っても。私応援する。ずっと待ってる」
「えっ…… でもそれじゃ」
「それじゃなに?」
彩寧は心なしか微笑んでいた。
「私五十年だって待つから。そしたら『ずいぶん待たされたけど一緒になれてよかったねえ』ってお茶をすすりながらおせんべでも食べて話しましょうよ。ふふっ、縁側で」
僕の涙腺は一瞬で崩壊した。膝に手を置き、ただひたすら静かに涙を流す。彩寧にはこれからどれほど辛い思いをさせるか、それを思うと僕の胸は潰されんばかりだった。僕のかばんの中にはあの指輪がある。だがこれを渡せないもどかしさ。悔しい。心底悔しい。僕の無力が。
今僕の中で姉を治す動機がもう一つはっきりとした。それは一刻も早く彩寧と結婚し僕を信じて待ってくれた彼女に報い幸せにしてあげることだ。
あまりの号泣っぷりにきっと周囲の客は僕が彩寧に振られたとでも思っているのだろう。だが現実は違った。僕は彩寧に愛を与えられたのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
実家を追い出されホームレスになったヒキニート俺、偶然再会した幼馴染の家に転がり込む。
高野たけし
ライト文芸
引きこもり歴五年のニート――杉野和哉は食べて遊んで寝るだけの日々を過ごしていた。この生活がずっと続くと思っていたのだが、痺れを切らした両親に家を追い出されてしまう。今更働く気力も体力もない和哉は、誰かに養ってもらおうと画策するが上手くいかず、路上生活が目の前にまで迫っていた。ある日、和哉がインターネットカフェで寝泊まりをしていると綺麗な女の人を見つけた。週末の夜に一人でいるのならワンチャンスあると踏んだ和哉は、勇気を出して声をかける。すると彼女は高校生の時に交際していた幼馴染の松下紗絢だった。またとないチャンスを手に入れた和哉は、紗絢を言葉巧みに欺き、彼女の家に住み着くことに成功する。これはクズでどうしようもない主人公と、お人好しな幼馴染が繰り広げる物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
茜川の柿の木――姉と僕の風景、祈りの日々
永倉圭夏
ライト文芸
重度の難病にかかっている僕の姉。その生はもう長くはないと宣告されていた。わがままで奔放な姉にあこがれる僕は胸を痛める。ゆっくり死に近づきつつある姉とヤングケアラーの僕との日常、三年間の記録。そしていよいよ姉の死期が迫る。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
もう一度『初めまして』から始めよう
シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA
母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな)
しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で……
新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く
興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は……
ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる