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第41話 彩寧の深い愛
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姉は既に一人暮らしにリスクをはらんでいた。それに気付けなかったのは我々の失態だ。そして今回の骨折で姉のもう一方の脚の筋力も低下し、これは相当なリハビリを要すだろう。回復して元に戻れる保証はない。となると今後姉の一人暮らしは不可能と判断せざるを得ない。ではどうする。現在の社会資本ではマイナーな姉の病気を対象にするサービスはない。現時点で障がい者手帳を取ったとしてもサービスが受けられる等級までにはならないだろう。おやじとおふくろは農業で手が離せない上に高齢だ、実家からの通院の送迎ですら大きな負担になるだろう。
となると方法は一つしかない。姉と僕とが同居することだ。僕だって目が回るほど忙しいが幸い助教となったおかげで以前ほどではない。それに僕がいれば、今回の事故の様なものは必ずしも防ぎきれないまでも、ケアをすることはできる。
これしかないのか。
僕はデスクの引き出しを開ける。そこには紺色で丸みがかった四角い小箱があった。それを開ける。ダイアモンドで飾られた指輪が姿を現す。彩寧。また彩寧に負担をかけてしまうのか。まさか三人で住むわけにもいくまい。僕は小箱を自分のかばんにしまうとおおきなため息をひとつ吐いた。
誰が一番なのか。僕は未だにそれを決めかねる意気地なしだった。
だが僕が彩寧を取れば姉は路頭に迷う。生きる術を失う。仕事を止め生活保護にでもなれば…… いや結局親族の養育義務に行き当たり、僕に白羽の矢が立つだけか。僕は苦い顔で天井の蛍光灯を見つめる。消去法的に考えて僕が姉を引き取るしかない。だが僕の野望は姉を完治させること。それには正直あと何十年もかかるかもしれない。それまで彩寧を待たすのは理にかなわないし筋も通らない。
やはり彩寧とは縁がなかったのだろうか。僕は蛍光灯に向かって呟いた。
「すまん。許してくれ」
翌日僕はなんとか時間を作って駅前のダイニングバーに彩寧を呼ぶ。彩寧に事情を伝える口が鉛の様に重い。
「だから、もう僕とは無理だと思う……」
「どうして?」
彩寧はきょとんとした、というかどこか空とぼけた様な顔をした。どことなく姉の表情に似ている。
「えっどっどうしてって、さっき言ったみたいに僕は姉さんと同居しなくてはならなくなってしまったから……」
しどろもどろになった僕に彩寧はとぼけた顔で答える。
「だってお姉さまが完治すれば自立できるのよね」
「だっ、だけどその確率はあまりにも低くいから……」
「だけどそれを成し遂げるのがゆーちゃんの宿願なんでしょ」
「でもそれにはあとどれくらいの時間がかかるか見当もつかなくて……」
「いいのよ。何十年経っても。私応援する。ずっと待ってる」
「えっ…… でもそれじゃ」
「それじゃなに?」
彩寧は心なしか微笑んでいた。
「私五十年だって待つから。そしたら『ずいぶん待たされたけど一緒になれてよかったねえ』ってお茶をすすりながらおせんべでも食べて話しましょうよ。ふふっ、縁側で」
僕の涙腺は一瞬で崩壊した。膝に手を置き、ただひたすら静かに涙を流す。彩寧にはこれからどれほど辛い思いをさせるか、それを思うと僕の胸は潰されんばかりだった。僕のかばんの中にはあの指輪がある。だがこれを渡せないもどかしさ。悔しい。心底悔しい。僕の無力が。
今僕の中で姉を治す動機がもう一つはっきりとした。それは一刻も早く彩寧と結婚し僕を信じて待ってくれた彼女に報い幸せにしてあげることだ。
あまりの号泣っぷりにきっと周囲の客は僕が彩寧に振られたとでも思っているのだろう。だが現実は違った。僕は彩寧に愛を与えられたのだ。
となると方法は一つしかない。姉と僕とが同居することだ。僕だって目が回るほど忙しいが幸い助教となったおかげで以前ほどではない。それに僕がいれば、今回の事故の様なものは必ずしも防ぎきれないまでも、ケアをすることはできる。
これしかないのか。
僕はデスクの引き出しを開ける。そこには紺色で丸みがかった四角い小箱があった。それを開ける。ダイアモンドで飾られた指輪が姿を現す。彩寧。また彩寧に負担をかけてしまうのか。まさか三人で住むわけにもいくまい。僕は小箱を自分のかばんにしまうとおおきなため息をひとつ吐いた。
誰が一番なのか。僕は未だにそれを決めかねる意気地なしだった。
だが僕が彩寧を取れば姉は路頭に迷う。生きる術を失う。仕事を止め生活保護にでもなれば…… いや結局親族の養育義務に行き当たり、僕に白羽の矢が立つだけか。僕は苦い顔で天井の蛍光灯を見つめる。消去法的に考えて僕が姉を引き取るしかない。だが僕の野望は姉を完治させること。それには正直あと何十年もかかるかもしれない。それまで彩寧を待たすのは理にかなわないし筋も通らない。
やはり彩寧とは縁がなかったのだろうか。僕は蛍光灯に向かって呟いた。
「すまん。許してくれ」
翌日僕はなんとか時間を作って駅前のダイニングバーに彩寧を呼ぶ。彩寧に事情を伝える口が鉛の様に重い。
「だから、もう僕とは無理だと思う……」
「どうして?」
彩寧はきょとんとした、というかどこか空とぼけた様な顔をした。どことなく姉の表情に似ている。
「えっどっどうしてって、さっき言ったみたいに僕は姉さんと同居しなくてはならなくなってしまったから……」
しどろもどろになった僕に彩寧はとぼけた顔で答える。
「だってお姉さまが完治すれば自立できるのよね」
「だっ、だけどその確率はあまりにも低くいから……」
「だけどそれを成し遂げるのがゆーちゃんの宿願なんでしょ」
「でもそれにはあとどれくらいの時間がかかるか見当もつかなくて……」
「いいのよ。何十年経っても。私応援する。ずっと待ってる」
「えっ…… でもそれじゃ」
「それじゃなに?」
彩寧は心なしか微笑んでいた。
「私五十年だって待つから。そしたら『ずいぶん待たされたけど一緒になれてよかったねえ』ってお茶をすすりながらおせんべでも食べて話しましょうよ。ふふっ、縁側で」
僕の涙腺は一瞬で崩壊した。膝に手を置き、ただひたすら静かに涙を流す。彩寧にはこれからどれほど辛い思いをさせるか、それを思うと僕の胸は潰されんばかりだった。僕のかばんの中にはあの指輪がある。だがこれを渡せないもどかしさ。悔しい。心底悔しい。僕の無力が。
今僕の中で姉を治す動機がもう一つはっきりとした。それは一刻も早く彩寧と結婚し僕を信じて待ってくれた彼女に報い幸せにしてあげることだ。
あまりの号泣っぷりにきっと周囲の客は僕が彩寧に振られたとでも思っているのだろう。だが現実は違った。僕は彩寧に愛を与えられたのだ。
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