茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い

永倉圭夏

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第40話 入院

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 附属病院でレントゲンを撮った結果、やはり姉は右足首を骨折していた。不幸中の幸いなことに症状はごく軽度な、「足関節の果部骨折」と言えるものだったので、ギブスやウォーキングブーツを当てれば済む程度のものだという。僕は胸をなで下ろした。これなら姉の脚の機能の減退はぎりぎり最低限のもので済むかもしれない。
 姉の病気に関するスタッフは病院には居なかった。そこで教授に電話し、子細を報告した上で許可をもらい僕一人でできるだけのことをした。整形外科の担当医と服薬やリハビリなどについて簡単な打ち合わせをする。本来の調整は明日以降にするべきだろう。上役を差し置いて僕のような低い立場の人間が出しゃばりすぎてはいけない。
 やることを一通り終わらせた頃には、日付が変わろうとしていた。僕は姉の病室に行く。誰もいない真っ暗な四人部屋で姉は寝ているようだった。僕は黙って病室を出ようとする。

「ゆーくん」

 姉の囁き声が聞こえたので振り向いた。

「なんだ起きてたのか」

「うん」

「どうする? 睡眠導入剤欲しい?」

「ん、いい。多分すぐ眠れる」

「そか」

 僕は姉の寝ているベッドに座る。姉が手を伸ばしてきたので、それをそっと掴む。

「まだ痛い?」

「全然痛くない。でもなんか変な感じがする」

「とにかく軽く済んでよかった。不幸中の幸いだ」

「でも半年もギブスとか…… 最悪」

「手術して金具を埋め込まれるよりはましだろ?」

「うん、まあね。ずっとまし。」

 姉の声に張りがない。いつもの元気で陽気な響きがない。どこかしぼんで落ち込んでいる声だ。

「明日になったら先生と整形の先生がこれからどうするか決めるから待っててよ」

「ん……」

「明日は先生や看護師さんの言うことをちゃんと聞けよ」

「ん……」

「この骨折は、時間さえかければあっさり治るものだ。だからそう落ち込むな」

 僕はもう一方の手で姉の頭をそっと撫でた。姉は眼を閉じ少し嬉しそうな表情を見せる。

「ん……」

「村上先生」

 背後から看護師の声がしたものだから僕の方から振り払うように姉から手を放して振り向く。その瞬間の心細そうな姉の顔は僕の胸に刺さった。

「先ほど念のためと言われた検査結果が出ましたがご覧になりますか?」

「ああ判りました、向こうで見せてもらいましょう。じゃあね、姉さん。お大事に。ちゃんと寝るんだぞ」

「ん……」

 僕はナースセンターに行く途中、一階のコンビニに寄り大量の飲み物を買ってきた。ナースセンターに上がって技師から貰った簡易検査結果を見る。ああ、これなら姉の病気には何の影響も出てなさそうだ。僕はやれやれと胸をなで下ろす。僕は立ち上がってナースに指示をする。名札に主任のラインが引かれている看護士が応えた。理知的で意志力が強そうなはきはきとした眼鏡の女性だ。名札には平林と書いてある。

「夜勤お疲れ様です。お忙しい中恐れ入りますが、今回整形さんで入院となったあの患者、村上愛未は、電カルの通り持病があります。現在寛解しているとはいえ極めて稀にですが急変もあり得ます。急変、増悪、その他疑問や何か気がかりなことなどありましたらどんな些細なことでも構いません、私が医局に詰めておりますのでご連絡下さい。それと、先ほど様子を見たところまだ起きていたので眠れていないのかも知れません。それとなく様子を見てやっていただけますか。あと、これは大したものではないのですが差し入れです。空いた時間にでもどうぞ」

「かしこまりました。お気遣いありがとうございます」

 主任がそう言うと手の空いている数人の看護師たちも口々に礼を言う。ただ僕は看護師の業務に詳しくない。余計なことをしたのでなければいいが。

 ナースセンターを辞去した僕は医局に行く。椅子に掛けて背もたれを倒し横になる。だが眠れるわけがない。僕は姉のことで頭がいっぱいだった。
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