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第38話 手枷

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「こういう事しちゃうの本当に久しぶりだね。一年ぶり?」

「そうだな」

「あなたの身体、あたたかい……」

「姉さんだって」

 ようやく身体を離す。

「さって、さすがにもう帰らなきゃ」

「送ってくよ、もう遅いだろ」

「へー、ゆーくんてばいつの間にか紳士になっちゃって。ぷぷ、似合わなーい」

「じゃあ、送りオオカミになるぞがおー」

「きゃーこわいー、弟がヘンタイになったー」

 散々子供のようにじゃれ合いながら姉はかなり長い時間迷っていたが、最後は僕の申し出を受け入れた。僕たちはどうでもいい話をしては笑いはしゃいで歩き続けた。姉のマンションの前に着く。姉が物足りなさそうな顔をして上目遣いで僕を見つめるものだから、僕はまた姉をそっと抱きしめ頭を撫でる。姉が切ない顔でこっちを見上げたところで僕は思わず額にキスをした。

「あっ」

「お休みの挨拶」

「うん……」

 姉が部屋に入ったのを見届けて僕も帰宅の途に就く。背後から声が聞こえたので振り向くと、姉が窓を開け両手をぶんぶん振り回して僕の名を呼んでいるのが見えた。僕も大きく両手を振ってそれに応えた。
 帰り、街灯に照らされたアスファルトを見つめながら歩いて僕は一人物思いにふける。僕の身体で感じた姉の命の証の鼓動。僕はこれを必ず守ってみせる。絶対に。
 これから先は講師、准教授、教授だ。普通なら教授になるまであと三十年はかかる。冗談じゃない。そんな悠長なこと言ってられるか。あと二十年。いやあと十五年で教授になる。姉の病の脚と僕の出世スピードの競争だ。絶対に追いついて見せる。だってこれは僕の悲願、宿願なんだから。姉は僕にとって……

 ≪優斗はいっつもあたしの事を一番に考えてくれてるんだね≫

 僕はぎくりとした。一番。一番なのか。

 ≪私ってあなたにとって何番目っ、ってことっ!≫

 彩寧の叫びが聞こえる。



 ……ごめん、一番目じゃなかったみたいだ。 僕はうなだれる。左手首を見る。ステンレスの高級腕時計が僕の腕にずしりと、まるで手枷のように締めつけてくる。彩寧とはやはり別れた方がいいのか。
 まだうすら寒い風に僕は身を縮こまらせる。姉の温もりと確かな鼓動を思い出しながら。道行きを見失った僕は首を縮めてひたすら帰宅の途に就いた。
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