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第37話 僕にとっての一番、久しぶりの抱擁
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「どう? 今度の丸岡先生と上手くいってる?」
と僕が訊くとすっと俯く姉。
「それがさ…………」
「な、なんだ?」
「セクハラされてるんだよね……」
「なんだって!」
僕は怒りにまかせて思わず勢いよく立ち上がった。なんだって! 丸岡先生がそんなことを、よりによって僕の姉に! 許さない!
「脚とか、背中とか、腕とか、時にはお尻とか意味なく触ってきて『いやあ、僕小さい女性が大好きなんだよねえ』とか言うの……」
「判った! 明日一番で教授に直談判しに行く! 姉さんの証言も必要と、なって、く……る……」
僕は妙なことに気付いた。俯いた姉が口元を押さえてクスクス笑っているのだ。
「おい」
「ぷーっ! あははははははっ! あははははっ! あーおかしいっ! 直談判だってあはははははっ! ゆーくんのあの顔っ! けっけっ傑作っ! ひいいいいいっ!」
また姉のからかいか。僕が眉間にしわを寄せる。だが今回は度が過ぎる。
「姉さん。これは少しやり過ぎだ」
「はあーい」
といいながら姉はクスクス笑っている。そして僕を見据えて一言。
「優斗はいっつもあたしの事を一番に考えてくれてるんだね」
僕はその台詞に衝撃を受けた。彩寧に言われた「私って何番目」の言葉が同時に浮かんでくる。僕は、一体誰が何番目なんだろう…… 誰を何番目にしたいんだろう…… すると姉は無邪気な笑みを浮かべて新たな爆弾を投下してきた。
「あたしもっ、いっつもいつだってあなたが一番だからねっ」
「なっ!」
「ふふっ」
これらのすぐには答えの出そうにない問題を僕は先送りし、改めて丸岡先生について聞いてみた。
「実際丸岡先生は問題ないんだな」
「んん、まあ普通。別に嫌なところもないし、特にいいところもないし」
姉は南部煎餅をかじりながら答える。
「そうか、なんかあったら言ってくれ。僕にできることは何でもする」
「さすが村上助教頼りになるう」
「助教って役が付いたって一番下っ端の雑役夫さ。当てにはならないよ」
「じゃ、教授になるまで待ってる」
「えっ」
「教授になって姉ちゃんの主治医になるまで待ってる」
僕の眼に力が入るのがわかる。
「ああ、ああ! 必ずなってやる! だから姉さんも必ずそれまで生きるんだぞ!」
「ん」
姉が拳を差し出す。僕も拳を差し出し姉の強く拳と重ねた。眼と眼が合う。不敵な笑みを浮かべる姉。僕も力強い目で姉を見つめ返す。
「約束だぞ」
「約束する。優斗の方こそ教授の約束、忘れるなよ」
「もちろんだ」
笑って拳を離す。緑茶の入った湯呑で乾杯した。
「さって、姉ちゃんもう帰るか」
「えっ、もう?」
意外だった。あの姉さんのことだ、延々居座り続けてまた添い寝するとか言い出すんじゃないかと思っていた。
「明日朝一で結構面倒な作業があんだよお。それに、酒のないところに用はないしね」
「こいつっ」
僕は真ん中分けした髪から覗く広いおでこをつついた。僕の大好きな場所だ。
「あいて」
姉は片目をつむって舌を出しておどけた。
狭い玄関で姉は靴を履いて僕の方を向く。
「じゃ――」
その瞬間、僕も姉も自分でも制御できない突発的な衝動に突き動かされお互いを抱きしめた。
「あっ」
微かな声をあげた姉には構わず僕は姉の背に腕を回す。姉のマウンテンパーカーとカットソーの間に手を滑り込ませる。姉も僕の腰にそっと腕を回してきた。首筋に顔を埋めると懐かしい姉のむせるような甘い香りがした。
姉はうっとりと甘く熱い吐息を吐いて僕の胸に頬ずりをする。そしてほんの少し潤んだ瞳で僕を見上げた。
「もう、いきなりだからびっくりしちゃうよ」
「姉さんだって人の事言えない」
「普通の姉弟はこんなことしないんだよね」
「あ、ああそうだな」
僕が身体を離そうとしても今度は姉ががっちりと僕の腰に腕を回して締め付けてきている。僕も腹を括って肩を抱き艶やかな髪の頭を撫でる。少し力を入れて抱き締めると姉の拍動を確かに感じる。姉の生を感じる。生きている。生きているんだ。姉は病になんか負けてはいない。この生命を僕は必ず生き長らえさせて見せる。
「こうしているとさ、姉さんの命を感じる。姉さんが生きているのをひしひしと感じる。病気になんか負けてないぞって叫ぶ心臓の音が聞こえる」
「ん、そうあたし生きてるよ。生きてこうしてあなたを身体で感じてるよ。あたし、死なないからね。病気なんかに負けないんだから。よく覚えといてよ」
僕たちは随分長いことお互いの体温を感じ合っていた。
と僕が訊くとすっと俯く姉。
「それがさ…………」
「な、なんだ?」
「セクハラされてるんだよね……」
「なんだって!」
僕は怒りにまかせて思わず勢いよく立ち上がった。なんだって! 丸岡先生がそんなことを、よりによって僕の姉に! 許さない!
「脚とか、背中とか、腕とか、時にはお尻とか意味なく触ってきて『いやあ、僕小さい女性が大好きなんだよねえ』とか言うの……」
「判った! 明日一番で教授に直談判しに行く! 姉さんの証言も必要と、なって、く……る……」
僕は妙なことに気付いた。俯いた姉が口元を押さえてクスクス笑っているのだ。
「おい」
「ぷーっ! あははははははっ! あははははっ! あーおかしいっ! 直談判だってあはははははっ! ゆーくんのあの顔っ! けっけっ傑作っ! ひいいいいいっ!」
また姉のからかいか。僕が眉間にしわを寄せる。だが今回は度が過ぎる。
「姉さん。これは少しやり過ぎだ」
「はあーい」
といいながら姉はクスクス笑っている。そして僕を見据えて一言。
「優斗はいっつもあたしの事を一番に考えてくれてるんだね」
僕はその台詞に衝撃を受けた。彩寧に言われた「私って何番目」の言葉が同時に浮かんでくる。僕は、一体誰が何番目なんだろう…… 誰を何番目にしたいんだろう…… すると姉は無邪気な笑みを浮かべて新たな爆弾を投下してきた。
「あたしもっ、いっつもいつだってあなたが一番だからねっ」
「なっ!」
「ふふっ」
これらのすぐには答えの出そうにない問題を僕は先送りし、改めて丸岡先生について聞いてみた。
「実際丸岡先生は問題ないんだな」
「んん、まあ普通。別に嫌なところもないし、特にいいところもないし」
姉は南部煎餅をかじりながら答える。
「そうか、なんかあったら言ってくれ。僕にできることは何でもする」
「さすが村上助教頼りになるう」
「助教って役が付いたって一番下っ端の雑役夫さ。当てにはならないよ」
「じゃ、教授になるまで待ってる」
「えっ」
「教授になって姉ちゃんの主治医になるまで待ってる」
僕の眼に力が入るのがわかる。
「ああ、ああ! 必ずなってやる! だから姉さんも必ずそれまで生きるんだぞ!」
「ん」
姉が拳を差し出す。僕も拳を差し出し姉の強く拳と重ねた。眼と眼が合う。不敵な笑みを浮かべる姉。僕も力強い目で姉を見つめ返す。
「約束だぞ」
「約束する。優斗の方こそ教授の約束、忘れるなよ」
「もちろんだ」
笑って拳を離す。緑茶の入った湯呑で乾杯した。
「さって、姉ちゃんもう帰るか」
「えっ、もう?」
意外だった。あの姉さんのことだ、延々居座り続けてまた添い寝するとか言い出すんじゃないかと思っていた。
「明日朝一で結構面倒な作業があんだよお。それに、酒のないところに用はないしね」
「こいつっ」
僕は真ん中分けした髪から覗く広いおでこをつついた。僕の大好きな場所だ。
「あいて」
姉は片目をつむって舌を出しておどけた。
狭い玄関で姉は靴を履いて僕の方を向く。
「じゃ――」
その瞬間、僕も姉も自分でも制御できない突発的な衝動に突き動かされお互いを抱きしめた。
「あっ」
微かな声をあげた姉には構わず僕は姉の背に腕を回す。姉のマウンテンパーカーとカットソーの間に手を滑り込ませる。姉も僕の腰にそっと腕を回してきた。首筋に顔を埋めると懐かしい姉のむせるような甘い香りがした。
姉はうっとりと甘く熱い吐息を吐いて僕の胸に頬ずりをする。そしてほんの少し潤んだ瞳で僕を見上げた。
「もう、いきなりだからびっくりしちゃうよ」
「姉さんだって人の事言えない」
「普通の姉弟はこんなことしないんだよね」
「あ、ああそうだな」
僕が身体を離そうとしても今度は姉ががっちりと僕の腰に腕を回して締め付けてきている。僕も腹を括って肩を抱き艶やかな髪の頭を撫でる。少し力を入れて抱き締めると姉の拍動を確かに感じる。姉の生を感じる。生きている。生きているんだ。姉は病になんか負けてはいない。この生命を僕は必ず生き長らえさせて見せる。
「こうしているとさ、姉さんの命を感じる。姉さんが生きているのをひしひしと感じる。病気になんか負けてないぞって叫ぶ心臓の音が聞こえる」
「ん、そうあたし生きてるよ。生きてこうしてあなたを身体で感じてるよ。あたし、死なないからね。病気なんかに負けないんだから。よく覚えといてよ」
僕たちは随分長いことお互いの体温を感じ合っていた。
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