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第31話 突然の幕引き
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僕らの遥か前方に人影が見える。開運橋の眩しく輝く照明に浮かび上がったその人影は女性で、いくつもの紙袋を持って歩くにも難儀していた。不審に思ってよく見るとその人影に僕は見覚えがあった。
彩寧だった。
僕は血の気が引いた。幸い彩寧は大荷物のせいでこちらには気付いていないようだった。僕は慌てて姉の肩に回していた腕を解く。
「あ」
姉が小さく寂しげな声を発する。
「彩寧……」
「……」
姉は最初、彩寧を見ても何も言わなかった。僕らは彩寧に駆け寄る。
「彩寧っ」
「あーちゃんっ」
ようやく僕らの存在に気付いた彩寧は疲れた顔をして姉と僕を交互に見る。
「あら…… ゆーちゃんにお姉さま。こんなところでどうして……?」
「色々あってね。ほら荷物持つよ。どんだけ買い物したんだ全く」
僕は彩寧の見るからに高級な白い紙袋をいくつもまとめて手にする。中にはカワトクの紙袋もあるようだ。
「へへっ」
「あたしも持つよ」
姉も小さい紙袋を持つ。
「あ、そんないいです。大丈夫です」
「大丈夫じゃないよー。そんなくたびれた顔をしちゃってさあ」
「ああ、それはまあ、私の方も色々と……」
姉が僕の方を向いて言った。
「あんた車であーちゃん送ってきな」
「えっ」
それじゃあ今夜姉さんの部屋に泊まりに行けないじゃないか。すると僕の表情を読んだのか、姉は少し怒った顔で小さく顔を横に振る。
「いい?」
これは言い出したら聞かないパターンだ。僕には従うよりほかはない。ため息をつきそうになるのを押さえて、僕は彩寧の他の荷物をあらかた持って、姉と彩寧を引き連れて、姉の部屋の近くの駐車場まで向かうこととした。
姉は彩寧と和やかに談笑し、時折僕の昔話などをネタに笑いをとる。彩寧も笑いながら聞いていた。だが僕らが旅館に泊まったことや一緒に個室露天風呂に入ったこと、姉弟としてはいささか過剰に過ぎる接触を持ったことは姉も僕も口にすることはなかった。
駐車場に着いた。
「じゃ、姉ちゃんはここで。二人とも気を付けて帰るんだよー。間違い起こすなよー」
「何言ってんだよ姉さんっ」
「まっまっ、間違い……」
「姉さんも車で送るから」
「何言ってんの。ほら姉ちゃんち目と鼻の先。あそこ。どうやって車で送るっつーの」
「うっ」
「じゃ、あとは二人水入らずでしっぽりどうぞ。間違い起こすなよー」
「しつこいっ」
「じゃ、またね優斗」
姉はここ数日吹き荒れた感情の乱高下が嘘のように全くいつもと変わらず元気に手を振った。
「ああ、またな」
僕もいつも通り返事をする。
こうして僕たち姉弟の最後のデートは終わりを告げた。これからはデートなんてしないありきたりの姉弟を演じて生きなくてはいけない。一生。そんなこと果たして僕たちにできるのだろうか。僕はできないと思った。これは最後のデートになんかなりはしない。そんな予感がしてならなかった。そしてそれは胸が高まる予感だった。
彩寧だった。
僕は血の気が引いた。幸い彩寧は大荷物のせいでこちらには気付いていないようだった。僕は慌てて姉の肩に回していた腕を解く。
「あ」
姉が小さく寂しげな声を発する。
「彩寧……」
「……」
姉は最初、彩寧を見ても何も言わなかった。僕らは彩寧に駆け寄る。
「彩寧っ」
「あーちゃんっ」
ようやく僕らの存在に気付いた彩寧は疲れた顔をして姉と僕を交互に見る。
「あら…… ゆーちゃんにお姉さま。こんなところでどうして……?」
「色々あってね。ほら荷物持つよ。どんだけ買い物したんだ全く」
僕は彩寧の見るからに高級な白い紙袋をいくつもまとめて手にする。中にはカワトクの紙袋もあるようだ。
「へへっ」
「あたしも持つよ」
姉も小さい紙袋を持つ。
「あ、そんないいです。大丈夫です」
「大丈夫じゃないよー。そんなくたびれた顔をしちゃってさあ」
「ああ、それはまあ、私の方も色々と……」
姉が僕の方を向いて言った。
「あんた車であーちゃん送ってきな」
「えっ」
それじゃあ今夜姉さんの部屋に泊まりに行けないじゃないか。すると僕の表情を読んだのか、姉は少し怒った顔で小さく顔を横に振る。
「いい?」
これは言い出したら聞かないパターンだ。僕には従うよりほかはない。ため息をつきそうになるのを押さえて、僕は彩寧の他の荷物をあらかた持って、姉と彩寧を引き連れて、姉の部屋の近くの駐車場まで向かうこととした。
姉は彩寧と和やかに談笑し、時折僕の昔話などをネタに笑いをとる。彩寧も笑いながら聞いていた。だが僕らが旅館に泊まったことや一緒に個室露天風呂に入ったこと、姉弟としてはいささか過剰に過ぎる接触を持ったことは姉も僕も口にすることはなかった。
駐車場に着いた。
「じゃ、姉ちゃんはここで。二人とも気を付けて帰るんだよー。間違い起こすなよー」
「何言ってんだよ姉さんっ」
「まっまっ、間違い……」
「姉さんも車で送るから」
「何言ってんの。ほら姉ちゃんち目と鼻の先。あそこ。どうやって車で送るっつーの」
「うっ」
「じゃ、あとは二人水入らずでしっぽりどうぞ。間違い起こすなよー」
「しつこいっ」
「じゃ、またね優斗」
姉はここ数日吹き荒れた感情の乱高下が嘘のように全くいつもと変わらず元気に手を振った。
「ああ、またな」
僕もいつも通り返事をする。
こうして僕たち姉弟の最後のデートは終わりを告げた。これからはデートなんてしないありきたりの姉弟を演じて生きなくてはいけない。一生。そんなこと果たして僕たちにできるのだろうか。僕はできないと思った。これは最後のデートになんかなりはしない。そんな予感がしてならなかった。そしてそれは胸が高まる予感だった。
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