茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い

永倉圭夏

文字の大きさ
上 下
31 / 85

第31話 突然の幕引き

しおりを挟む
 僕らの遥か前方に人影が見える。開運橋の眩しく輝く照明に浮かび上がったその人影は女性で、いくつもの紙袋を持って歩くにも難儀していた。不審に思ってよく見るとその人影に僕は見覚えがあった。
 彩寧だった。
 僕は血の気が引いた。幸い彩寧は大荷物のせいでこちらには気付いていないようだった。僕は慌てて姉の肩に回していた腕を解く。

「あ」

 姉が小さく寂しげな声を発する。

「彩寧……」

「……」

 姉は最初、彩寧を見ても何も言わなかった。僕らは彩寧に駆け寄る。

「彩寧っ」

「あーちゃんっ」

 ようやく僕らの存在に気付いた彩寧は疲れた顔をして姉と僕を交互に見る。

「あら…… ゆーちゃんにお姉さま。こんなところでどうして……?」

「色々あってね。ほら荷物持つよ。どんだけ買い物したんだ全く」

 僕は彩寧の見るからに高級な白い紙袋をいくつもまとめて手にする。中にはカワトクの紙袋もあるようだ。

「へへっ」

「あたしも持つよ」

 姉も小さい紙袋を持つ。

「あ、そんないいです。大丈夫です」

「大丈夫じゃないよー。そんなくたびれた顔をしちゃってさあ」

「ああ、それはまあ、私の方も色々と……」

 姉が僕の方を向いて言った。

「あんた車であーちゃん送ってきな」

「えっ」

 それじゃあ今夜姉さんの部屋に泊まりに行けないじゃないか。すると僕の表情を読んだのか、姉は少し怒った顔で小さく顔を横に振る。

「いい?」

 これは言い出したら聞かないパターンだ。僕には従うよりほかはない。ため息をつきそうになるのを押さえて、僕は彩寧の他の荷物をあらかた持って、姉と彩寧を引き連れて、姉の部屋の近くの駐車場まで向かうこととした。
 姉は彩寧と和やかに談笑し、時折僕の昔話などをネタに笑いをとる。彩寧も笑いながら聞いていた。だが僕らが旅館に泊まったことや一緒に個室露天風呂に入ったこと、姉弟としてはいささか過剰に過ぎる接触を持ったことは姉も僕も口にすることはなかった。
 駐車場に着いた。

「じゃ、姉ちゃんはここで。二人とも気を付けて帰るんだよー。間違い起こすなよー」

「何言ってんだよ姉さんっ」

「まっまっ、間違い……」

「姉さんも車で送るから」

「何言ってんの。ほら姉ちゃんち目と鼻の先。あそこ。どうやって車で送るっつーの」

「うっ」

「じゃ、あとは二人水入らずでしっぽりどうぞ。間違い起こすなよー」

「しつこいっ」

「じゃ、またね優斗」

 姉はここ数日吹き荒れた感情の乱高下が嘘のように全くいつもと変わらず元気に手を振った。

「ああ、またな」

 僕もいつも通り返事をする。
 こうして僕たち姉弟の最後のデートは終わりを告げた。これからはデートなんてしないありきたりの姉弟を演じて生きなくてはいけない。一生。そんなこと果たして僕たちにできるのだろうか。僕はできないと思った。これは最後のデートになんかなりはしない。そんな予感がしてならなかった。そしてそれは胸が高まる予感だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

病窓の桜

喜島 塔
現代文学
 花曇りの空の下、薄桃色の桜の花が色付く季節になると、私は、千代子(ちよこ)さんと一緒に病室の窓越しに見た桜の花を思い出す。千代子さんは、もう、此岸には存在しない人だ。私が、潰瘍性大腸炎という難病で入退院を繰り返していた頃、ほんの数週間、同じ病室の隣のベッドに入院していた患者同士というだけで、特段、親しい間柄というわけではない。それでも、あの日、千代子さんが病室の窓越しの桜を眺めながら「綺麗ねえ」と紡いだ凡庸な言葉を忘れることができない。  私は、ベッドのカーテン越しに聞き知った情報を元に、退院後、千代子さんが所属している『ウグイス合唱団』の定期演奏会へと足を運んだ。だが、そこに、千代子さんの姿はなかった。  一年ほどの時が過ぎ、私は、アルバイトを始めた。忙しい日々の中、千代子さんと見た病窓の桜の記憶が薄れていった頃、私は、千代子さんの訃報を知ることになる。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...