25 / 85
第25話 最初で最後の
しおりを挟む
朝食の時間、まだ僕の胸に顔を埋め浴衣を涙で濡らす姉に、優しく声をかけた。
「姉さん。そろそろ朝食の時間だから。食べられる?」
泣き腫らした目の姉が痛ましくも愛おしい。何が何でも守りたくなる。
「ん、行く」
光を失った眼で僕を見つめ返す姉。普段着に着替えて食堂へ向かう。ブッフェ形式の朝食を案の定姉は取り過ぎた。
「食べ放題だからってとりすぎ」
「あ……」
こんなに落ち込んでても食欲はあるんだな。そう思うと僕は少しおかしくなった。
「ふふっ」
「なに」
不満そうな姉の顔。
「前にもこんなことあったよね」
「前?」
「ほら東京のビジネスホテル」
「あ」
「もう十年近く前? 変わらないなあ、って」
「……そうね ……クスッ」
久しぶりに姉が笑った。
「うん。そのほうがいい」
「えっ」
「笑ってる姉さんの方がずっといい。ずっと…… その、きれいだ」
僕が懸命になって絞り出した言葉を聞いた姉は不意打ちを食らったかのようにびっくりした顔になり、次に真っ赤になった。そして何やらぶつぶつ言いながら黙々と食べ始める。
「さ、最初に緑黄色野菜を食べると糖の吸収が…… 冷麺とじゃじゃ麺とわんこそば食べ比べも……」
取り過ぎた料理を少し持て余し気味にしていた姉は、何を思ったのかふと箸を止める。さっきまでのただ寂しいだけの表情じゃなく、どこか異質な、感情をなくした空虚な顔立ちになる。光を失った瞳で僕を見つめた。まるで僕に救いを求めるかのような眼だった。それは初めて見る異様な相貌だった。僕は一瞬たじろいだ。
「あたし…… あたしきれいなんかじゃない…… 醜いの。醜くて醜くて卑しい女なの……」
意表を突かれた僕は少し驚いて聞き返す。
「えっ、どういうこと。姉さんは醜くなんてないしましてや卑しいだなんて」
すると姉は視線を落とし大きくゆっくり頭を振ってまた箸を動かし一口ずつ摘まんでそっと食べはじめた。姉があんな表情を見せたのは後にも先にもこれが最初で最後だった。
朝食を食べ終わった姉はまだ寂しげな様子だったが、それでもまた少し血色を取り戻し元気も出てきていた。それだけで僕は本当に嬉しくなる。
チェックアウト前にもう一度個室露天風呂に一緒に入る。そのあとは荷物をまとめて売店をうろつく。姉も僕も何も買わない。例えば両親や彩寧に買ったとしても、色々根掘り葉掘り聞かれ面倒だからだ。
会計時僕も無理を言って少し出した。どうやら思った通り相当高額なプランだったようだ。姉は朝食後少しばかり元気を取り戻したものの未だしおらしく口数も少ない。声をかけても力なく微笑む。ほとんど見た事のない表情だったが、その面差しですら美しく僕は息を呑む。
駐車場で僕が運転席に座ると、姉がまるで幽霊のようにすうっと助手席に収まる。
「じゃ、どこか行きたいとこある?」
俯いて力なく首を振る姉。力なく呟く。
「んん、いい……」
「えっ、いい? いいって?」
僕は驚いた。と同時に、これだけのふさぎ込みようを見たら当然なのかもしれないとも思う。僕はなだめるように優しく声をかけた。
「姉さん、最後なんだよ。最後くらいは笑って終わらそうよ」
「……ううん、もういい。あたしもう帰りたい……」
「そんな事言わないでさ。僕、ほんの少しでも姉さんといたいんだ。だめかな?」
「あたしと…… いたい?」
「そう、いたいんだ。いい?」
「ん。そういうことならいい。わかった」
「じゃ、科学館に行こうか」
「科学館?」
「プラネタリウム見に行く」
「うん、楽しみ」
姉は全く楽しくなさそうに寂しく笑った。
僕らは科学館にいってプラネタリウムを見る。子供向けのプログラムだった。僕は姉の手をそっと握った。姉の方を見ると天空を眺める事もなく、暗がりの中でじっと切なげに僕を見つめていた。僕が握ってきた手を姉は弱々しい力で握り返してくる。そのあとは子供に混じってサイエンスショーなどを見る。ここでの姉は童心に帰った様子を見せ、化学の実験を子供に混じってにこやかに眺めていた。微かに甦った姉の笑顔を横で見ながら胸をなで下ろす僕だった。
歴史文化会館でチャグチャグ馬っ子や巨大な山車を眺める。盛岡城の城下町の発展についても展示をしげしげと眺めた。
その後は恒例となった「柿の木参り」。また僕が後ろから抱きつく形で長い間じっと眺めていたが不思議と暑くは感じない。姉は僕の腕を力なく掴むばかりだった。
「姉さん。そろそろ朝食の時間だから。食べられる?」
泣き腫らした目の姉が痛ましくも愛おしい。何が何でも守りたくなる。
「ん、行く」
光を失った眼で僕を見つめ返す姉。普段着に着替えて食堂へ向かう。ブッフェ形式の朝食を案の定姉は取り過ぎた。
「食べ放題だからってとりすぎ」
「あ……」
こんなに落ち込んでても食欲はあるんだな。そう思うと僕は少しおかしくなった。
「ふふっ」
「なに」
不満そうな姉の顔。
「前にもこんなことあったよね」
「前?」
「ほら東京のビジネスホテル」
「あ」
「もう十年近く前? 変わらないなあ、って」
「……そうね ……クスッ」
久しぶりに姉が笑った。
「うん。そのほうがいい」
「えっ」
「笑ってる姉さんの方がずっといい。ずっと…… その、きれいだ」
僕が懸命になって絞り出した言葉を聞いた姉は不意打ちを食らったかのようにびっくりした顔になり、次に真っ赤になった。そして何やらぶつぶつ言いながら黙々と食べ始める。
「さ、最初に緑黄色野菜を食べると糖の吸収が…… 冷麺とじゃじゃ麺とわんこそば食べ比べも……」
取り過ぎた料理を少し持て余し気味にしていた姉は、何を思ったのかふと箸を止める。さっきまでのただ寂しいだけの表情じゃなく、どこか異質な、感情をなくした空虚な顔立ちになる。光を失った瞳で僕を見つめた。まるで僕に救いを求めるかのような眼だった。それは初めて見る異様な相貌だった。僕は一瞬たじろいだ。
「あたし…… あたしきれいなんかじゃない…… 醜いの。醜くて醜くて卑しい女なの……」
意表を突かれた僕は少し驚いて聞き返す。
「えっ、どういうこと。姉さんは醜くなんてないしましてや卑しいだなんて」
すると姉は視線を落とし大きくゆっくり頭を振ってまた箸を動かし一口ずつ摘まんでそっと食べはじめた。姉があんな表情を見せたのは後にも先にもこれが最初で最後だった。
朝食を食べ終わった姉はまだ寂しげな様子だったが、それでもまた少し血色を取り戻し元気も出てきていた。それだけで僕は本当に嬉しくなる。
チェックアウト前にもう一度個室露天風呂に一緒に入る。そのあとは荷物をまとめて売店をうろつく。姉も僕も何も買わない。例えば両親や彩寧に買ったとしても、色々根掘り葉掘り聞かれ面倒だからだ。
会計時僕も無理を言って少し出した。どうやら思った通り相当高額なプランだったようだ。姉は朝食後少しばかり元気を取り戻したものの未だしおらしく口数も少ない。声をかけても力なく微笑む。ほとんど見た事のない表情だったが、その面差しですら美しく僕は息を呑む。
駐車場で僕が運転席に座ると、姉がまるで幽霊のようにすうっと助手席に収まる。
「じゃ、どこか行きたいとこある?」
俯いて力なく首を振る姉。力なく呟く。
「んん、いい……」
「えっ、いい? いいって?」
僕は驚いた。と同時に、これだけのふさぎ込みようを見たら当然なのかもしれないとも思う。僕はなだめるように優しく声をかけた。
「姉さん、最後なんだよ。最後くらいは笑って終わらそうよ」
「……ううん、もういい。あたしもう帰りたい……」
「そんな事言わないでさ。僕、ほんの少しでも姉さんといたいんだ。だめかな?」
「あたしと…… いたい?」
「そう、いたいんだ。いい?」
「ん。そういうことならいい。わかった」
「じゃ、科学館に行こうか」
「科学館?」
「プラネタリウム見に行く」
「うん、楽しみ」
姉は全く楽しくなさそうに寂しく笑った。
僕らは科学館にいってプラネタリウムを見る。子供向けのプログラムだった。僕は姉の手をそっと握った。姉の方を見ると天空を眺める事もなく、暗がりの中でじっと切なげに僕を見つめていた。僕が握ってきた手を姉は弱々しい力で握り返してくる。そのあとは子供に混じってサイエンスショーなどを見る。ここでの姉は童心に帰った様子を見せ、化学の実験を子供に混じってにこやかに眺めていた。微かに甦った姉の笑顔を横で見ながら胸をなで下ろす僕だった。
歴史文化会館でチャグチャグ馬っ子や巨大な山車を眺める。盛岡城の城下町の発展についても展示をしげしげと眺めた。
その後は恒例となった「柿の木参り」。また僕が後ろから抱きつく形で長い間じっと眺めていたが不思議と暑くは感じない。姉は僕の腕を力なく掴むばかりだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる