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第9話 身を寄せ合い添い寝する姉弟

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「ゆーくん」

 姉の何度目かの囁き声に目を覚ます。眼を開けると窓からこっそりと射し込む月明かりに照らされ、ベッドから身を乗り出して心細そうにこちらをのぞき込んでいる姉の顔が見えた。

「どうしたの?」

「ね、こっち来て」

 僕は十秒近く迷った。姉の瞳が月明かりを映してきらりと輝いた。その美しさに、胸に鋭い何かが突き刺さるような感じがした僕は、嘘くさい溜息を吐いて身体を起こした。

「今日だけのスペシャルサービスだからな」

「やった」

 小さく嬉しそうな囁き声をあげる姉さんが無性に可愛い。僕は姉の、と言うか本来なら僕のものになるはずだった狭いシングルベッドに潜り込んだ。身体を横にし膝や爪先をくっ付け月明かりを頼りに目を合わせる。

「ごめんね。あたしに男を見る目がなかったばっかりに」

 姉はまた真剣な顔で僕に詫びる。あれ? そう言えば姉さんが僕に謝るなんて今まであったかな?

「いや、もういいんだ。それより姉さん辛かっただろ」

「辛い…… でももう忘れた。忘れる」

 姉は寂しそうな眼で少し笑う。

「……やっぱりさ」

 姉の眼が正面から僕を見据えた。それにどきりとする僕。

「姉ちゃんにはゆーくんしかいないんだなって思った」

「いやいやいやいや」

 そう言われて悪い気がしないどころか大いに胸が高鳴る僕だったが、やはりよくない。こういうのはよくない。だめだ。
 その時不意打ちのようにさっと姉の唇が僕の額に触れた。柔らかい姉の唇の感触を額に感じた時、また僕の胸は苦しくなった。

「ありがとのちゅ。これくらいならいいよね」

「よくないって。こんなことする姉弟なんていないぞ」

 僕の顔に困ったような笑みが浮かぶが、このときの僕はまんざらでもなかった。

「ふふっ、ゆーくんだって人のこと言えないくせに」

「うっ」

 僕は中学生の頃、あの夏の嵐の夕べ、姉の額にキスをしたのを思い出した。それと晩秋の午後、発熱した姉の額にキスしたことも。ぎょっとした表情の僕を見てそれ見た事かと言わんばかりに微笑む姉。

「あ、それとお金は姉ちゃんがちゃんと働いて返すから、心配しないでね」

「だからもう気にしないで。僕もバイトして一緒に返していくからさ」

「ありがと。でもこれはちゃんと姉ちゃん自身の手でけじめをつけたいんだ」

「わかった。でもヤバかったら遠慮しないで言ってよ。僕も手助けがしたい」

「ありがと、やっぱゆーくん最高に優しい」

 姉は僕にそっとしがみついた。僕はどぎまぎする。耳が熱くなる。

「こらこら、だからこんなことする姉弟なんていないんだって」

 そう言いながら僕は心臓の鼓動を高まらせつつ姉の肩に手をやる。

「ん、判ってる。判ってるけど今夜だけ、ね」

 その夜僕らは身を寄り添わせ手を握り合って寝た。僕たちは春の日差しを浴びて一緒に昼寝した幼い日の夢を同時に見た。
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