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エピローグ2.落陽
第五話 面会
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翌日の午前九時、三人は大規模ホスピスの「アルボリモルメ」へ向かった。離婚した以上もう縁は切れたのだから、律儀に同行する必要はない、実際彼の後妻とその子供らですらこの場には来ていないのだから、と伊緒もシリルも説き伏せようとしたのだが、ハルは頑として首を縦には振らなかった。これが自分の責任だ、と。もし弦造から呼ばれれば、恨み言や叱責をも甘んじて受けようとの気構えだったのだろう。覚悟を見せながらも小さく背中を丸めるハルが二人には痛々しかった。
そして面会の時間が訪れる。
シリルはミラのプログラムを起動しながらもWraithに汚染された自身の感情プログラムをもってして弦造と相対しようと思っていた。
カーテンが下りて薄暗い病室は異常なほど室温が低い。まるで死を目前にした弦造が吐き出す冷気に満たされているかのようだ、とシリルは感じた。酸素マスクをはめて寝ているようにしか見えない余命いくばくもない前所有者。人工呼吸器の音が規則正しく一定の音を立てている。シリルはハルを「母」と呼ぶようにこの男を「父」と呼ぶ事はできない。決して。だが、最期の時くらいはそれぐらいのことをしてやってもいいかも知れない。実際にそんなものはありはしないのに、シリルは口の中に苦いものがあるのを感じた。
弦造が臥している寝台の横に座しているシリルがそう思っているとすうっと弦造の目が開く。
眼が合う。相変わらず氷点下の酷薄な瞳。それがシリルの黄金と深紅の虹彩の炎とぶつかり絡み合い打ち消し合う。
「ミラではないな」
弦造のその声の冷酷さはない。死に絡めとられた弱々しい微かな響きが病室を満たしぞっとするシリル。
「私はミラさんではありません。私はいつまでもシリルであり続けます」
「クッ」
小馬鹿にしたような表情が浮かぶ。
その後は沈黙が流れるだけだった。
シリルとしてはこのまま終わりにしてさっさと帰りたい気持ちでいっぱいだったが、意外なことに弦造はそうではなかった。
「なんだ、何も言うことはないのか。まあ、それも仕方なかろうな」
「『お父さん』。お別れに来ました」
ようやく口を開いたく弦造に、まるで死神が死の宣告をしに来たかのような表情と瞳で応えるシリル。
「うん」
何の感銘も覚えない声で呟く弦造。いつもの氷の冷たささえ失なわれ、どこか虚ろに見える青灰色の瞳。
「シリル」
「はい」
「少し変わった話を教えてやろう」
「なんでしょう」
「お前を乗せた回収車が爆発した日の事だ。俺は夢を見た。真っ暗闇の草原にいた。目の前に大木があってその木の天辺を見るとそのはるか先の天上に一際輝く星があった。不思議なことに私はそれがお前だと分かった。するとどこからともなく声が聞こえた。『見よ。天に星あり。今まさに星ぞ生まれし。祝え、人よ。祝え、人型《ひとがた》よ。彼らすべてに祝福ぞあらん』とな。意味が分かるか」
「……理解できません」
シリルは表情を変えないよう努めた。
弦造の見た夢は、驚いた事にシリルが爆発に巻き込まれた直後に伊緒が見た夢と酷似している。
違うのは伊緒には何の音声も聞こえなかった事。そのせいか伊緒はこの夢を見てシリルの命脈は尽きた、と絶望したのだった。
「……ふっ」
薄い唇で微笑む弦造にシリルは小馬鹿にされたかと思い顔をしかめる。
「俺もだ」
そして面会の時間が訪れる。
シリルはミラのプログラムを起動しながらもWraithに汚染された自身の感情プログラムをもってして弦造と相対しようと思っていた。
カーテンが下りて薄暗い病室は異常なほど室温が低い。まるで死を目前にした弦造が吐き出す冷気に満たされているかのようだ、とシリルは感じた。酸素マスクをはめて寝ているようにしか見えない余命いくばくもない前所有者。人工呼吸器の音が規則正しく一定の音を立てている。シリルはハルを「母」と呼ぶようにこの男を「父」と呼ぶ事はできない。決して。だが、最期の時くらいはそれぐらいのことをしてやってもいいかも知れない。実際にそんなものはありはしないのに、シリルは口の中に苦いものがあるのを感じた。
弦造が臥している寝台の横に座しているシリルがそう思っているとすうっと弦造の目が開く。
眼が合う。相変わらず氷点下の酷薄な瞳。それがシリルの黄金と深紅の虹彩の炎とぶつかり絡み合い打ち消し合う。
「ミラではないな」
弦造のその声の冷酷さはない。死に絡めとられた弱々しい微かな響きが病室を満たしぞっとするシリル。
「私はミラさんではありません。私はいつまでもシリルであり続けます」
「クッ」
小馬鹿にしたような表情が浮かぶ。
その後は沈黙が流れるだけだった。
シリルとしてはこのまま終わりにしてさっさと帰りたい気持ちでいっぱいだったが、意外なことに弦造はそうではなかった。
「なんだ、何も言うことはないのか。まあ、それも仕方なかろうな」
「『お父さん』。お別れに来ました」
ようやく口を開いたく弦造に、まるで死神が死の宣告をしに来たかのような表情と瞳で応えるシリル。
「うん」
何の感銘も覚えない声で呟く弦造。いつもの氷の冷たささえ失なわれ、どこか虚ろに見える青灰色の瞳。
「シリル」
「はい」
「少し変わった話を教えてやろう」
「なんでしょう」
「お前を乗せた回収車が爆発した日の事だ。俺は夢を見た。真っ暗闇の草原にいた。目の前に大木があってその木の天辺を見るとそのはるか先の天上に一際輝く星があった。不思議なことに私はそれがお前だと分かった。するとどこからともなく声が聞こえた。『見よ。天に星あり。今まさに星ぞ生まれし。祝え、人よ。祝え、人型《ひとがた》よ。彼らすべてに祝福ぞあらん』とな。意味が分かるか」
「……理解できません」
シリルは表情を変えないよう努めた。
弦造の見た夢は、驚いた事にシリルが爆発に巻き込まれた直後に伊緒が見た夢と酷似している。
違うのは伊緒には何の音声も聞こえなかった事。そのせいか伊緒はこの夢を見てシリルの命脈は尽きた、と絶望したのだった。
「……ふっ」
薄い唇で微笑む弦造にシリルは小馬鹿にされたかと思い顔をしかめる。
「俺もだ」
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