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エピローグ1.テロル

第四話 疑念と願望

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「五十畑はどっちがいい?」

「は?」

「五十畑はあたしがどっちなのがいいのかなあ、って事」

「ちょっとあんた馬鹿にしてっ」

「おっと、あははっ、こう言うのは気持ちの問題だもん」

「やっぱり内偵してたんでしょ」

「内偵?」

XイクスWraithレイスのこと」

「いや全然」

「ねえ、あんたが三沢から「耳寄り情報」を得ていたって言うなら、素体Cと幹線道路の事故の件について聞いてないのはどういう事? 聞いていないはずがないわ。だって素体Cには白兵戦用の内蔵武器が装備されていて機動格戦術も組み込まれていたのよ。こんな面白い話あんたに披瀝しないはずないじゃない。だけど、あんたはそれを知らなかった。三沢たちが関わったあの同人誌を読んだ時のあんたの顔ったらなかったもの」

 宮木は沈黙を続けていた。その表情は笑っているのか泣いているのか怒っているのかもわからない、無表情とも違う不思議な面持ちだった。

「だから、三沢はダミーの情報源としてコンプライアンスに差し出された、と考えるのが妥当よ。まあ、熱いお灸をすえる程度で済んだからよかったのかも知れないけど?」

「でもさあ……」

「なによ」

「それって順番が違うと思うのよねえ」

 カウンターに片肘をついて改めて五十畑の方に向き直る宮木は、何か面白い会話をしているような顔をしていた。Wraithについて語っている時のように。

「順番? って何よ?」

「三沢が本当にあたしの情報源じゃなくて、かつあたしが本当に素体Cの話を聞いてなかった可能性がどれくらいあるのか、については検証してないよね。単に『それっぽくない』、って言うだけでさ」

「えっ?」

「それって、あたしが社内で情報を集めているに違いない、という大前提が由花の中にあるからなんじゃない?」

「現にやってるんじゃないの?」

「それそれ、やってるに違いない違いない、って考えてるから、何を見てもその証拠に見えちゃってる、ってこと。わかる?」

「うっ……」

「三沢自身が情報源であるかどうか、素体Cと事故についてあたしに話していたかどうか、直接三沢から何らかの言質を得たとしても、それが本当であることを確認するのは確かに難しいよ。でもまずそこがどうなのか自分なりに押さえてから、さっきの話に踏み込むべきなんだよなあ。詰めが甘い。六十八点」

「ずっ、随分点数が低いじゃない! そんなに詰めが甘いって言うの? 」

「ふふふ、あの本を読んだ時あたしは、わざと、びっくり、してみせた、のかもしれないじゃない?」

「なんでそんなこと……」

「かく乱のため。本当の統合安全保障局実動保安隊(Integrated Security Bureau Operating Guard Corps)ならそうすると思うね。実際由花は本当にあたしがびっくりしたと思ってたでしょ。でもあたしが実動保安隊員ならあたしの何が本当なのかを分からなくするため色々な仮面をかぶるね」

「大体自分に不利になる様なかく乱なんてする? ……それと、今のこの話自体がかく乱だったら?」

「おっ鋭い! 八十点」

「またすぐそうやって馬鹿にしてっ!」

「それで由花が最初に言った話に戻るわけ。あたしはどっちなのかってね」

「え、ええ」

「何が本当なのか分からない時には自分を信じるしかないのでしょ。あたしがISBのOGCだと疑いたいのか、それともRevelationレヴェレイション社のLdvだと信じたいのか。由花は自分とあたしのどこをどう信じる? 」

「それは……」

「ああ、そうだ。それにもし、万が一だよ。あたしがISBの人間だったとしてさ、そんなの由花が簡単に見破れると思う? そしてあたしが白状すると思う?」

「ううう……」

「それに…… あたしがほんとに統合安全保障局の実動保安隊員だとしたら――」

「うん?」

「――その事実を知った由花は消されちゃうよ?」

 五十畑は言葉にならなかった。首筋を冷たい汗が伝う。宮木の言っている事は嘘ではない、と思う。統合安全保障局については五十畑だけでなく殆どの人が何から何まで噂話でしか知らない、はずだ。だがこの世界のどんな噂話を信じたとしても統合安全保障局なら五十畑一人を消すなど造作もないだろう。返事をしようにも言葉が出ない。唾を飲み込む五十畑。

「そんなおっかない人間じゃなくて、少し出来の悪いRevelation社のいちLdvとして見て欲しいな。そっちの方が良くない?」


 カウンターの上の水割り焼酎のグラスをじっと眺めて考え込む五十畑。
 確かに以前までだったらそれほどこだわる事ではなかったかもしれない。だが、今の五十畑は、宮木に統合安全保障局員といった危険な汚れ仕事を担う、人々から嫌悪と恐怖の的となる組織の手の者でいて欲しくはなかった。

「そうね…… そうであって欲しいけど……」

「じゃ、もうそれでいいじゃん、決まり決まりっと、はいっかんぱーい」

 見ると宮木が冷やのお猪口を突き出している。五十畑は苦笑いしてグラスを差し出す。カチンとガラスの冷たい音がした。

「でもね」

「んー?」

「不安なのよ。心配なの。判る?」

「あー」

「あんたいっつも人を煙《けむ》に巻くような事ばっかり言って、見えないのよ。見えないの、あんたの本当の顔が」

「それってやっぱり…… 由花はあたしのいってえぇっ!」

「ばっかじゃないの! ばかでしょ!」

「……今までで一番ダメージ大きかったかも、もう起き上がれない」

 大げさにカウンターにゆっくり倒れ伏す宮木。

「ねえ……」

 いつもより顔を赤くした五十畑がどこか遠くを眺めながら呟いた。

「ん?」

「スポーツセンター行こう」

「は?」

「スコアアタックしに行こ」

 意外そうな顔でとぼけた声を発した宮木を差し置いて、五十畑はいたずらっぽい眼をして宮木を見る。

「万年運動音痴の由花がどうしあっあっあっごめんごめんぶたないでぶたないで」

「あの頃はでしょ、今だったらわかんないんだからね!」

「あ、ああ、はいはい。でも一体どうした風の吹き回しさ」

「あの頃はさ」

「うん」

「あの頃はよかったじゃない。彩希は彩希だったし…… そ、そのい」

「伊緒は伊緒?」

「う、うん」

「そうだね」

「あんたはLdvでもISBでもない二年D組の宮木彩希だった……」

「由花はバレーで栄光ある優勝をした二年F組だった」

「その話は絶対にやめて」

「は、はい」

「だから、今だけでいいからその時に戻ろ。肩書も所属もしがらみも忘れて。私、もうめんどくさくなって来ちゃった」

「そだね、行こか」

「どうせもうこことはおさらばなんだし、その前にちょっと楽しい思い出をね」

「賛成。でも由花また泣くだけだぜ。あたしの華麗なスピンスロー見せてやるから」

「もう十年以上も経ってるんですからね。あんた不摂生のし過ぎで相当身体が老化してると思うわよ、ふふふ……」

「なにっ、よーし賭けようじゃない」

「なに賭けるの?」

「宮木が何でもしてくれる券」

「ちょっとそれホントに有効なんでしょうね」

「代わりに由花も、五十畑が何でもしてくれる券を賭けるんだよ」

「あー、はいはい。いいですよー。私が彩希の券貰うのはもう確定ですから」

「そんな油断してていいのかなあ」

 楽し気に言い合いをしながら残った酒と肴を平らげた二人は早々に会計を済ませ、今は懐かしいスポーツセンターに向かった。
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