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破れ鍋に綴じ蓋な二人

最終話 テントウムシと微睡(まどろみ)

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「ああ、そうだ、そうだよ。そうか、そういう事か」

 少し声高な独り言が宮木の口を吐いて出る。五十畑は少し驚いて身を起こして宮木の方をまじまじと見つめる。

「何いきなり」

「心。心の話。この間Wraithレイスを心になぞらえてたよね。心に従い善悪を成すって」

「はあ? あんたまたその話……?」

 五十畑の呆れた声が耳に入らないまま宮木は思考を巡らせながら独り言を続ける。

「本当は心にはバグなんてないんじゃないのか。ああ、いや違う違う、逆か」

 五十畑は呆れたような素振りを見せながらも、宮木の方に身体を向け彼女の独り言に聞き入っていた。

「感情プログラムの中にWraithが生まれるように、人間みんなの心にもきっと何かしら感情プログラム通りにいかないバグやWraithみたいなものを抱えてるんだ。そのせいで泣いたり笑ったり苦しんだり間違ったりする。善人にだって悪人にだってなる。そして、これこそが人間の姿なんだ。あたしだって由花だって同じ。むしろWraithがない心なんておかしいのかも知れない。だからそれを悪い心だと決めつけて簡単に交換や廃棄だなんてしちゃいけないと思う。そんな権利誰にもないんだ。さっき言ったみたいに。まあ、実際そんな事できないしね」

 宮木はネイビーのスラックスを履いた脚を組み替え、眼鏡を直すといつもの悲観的な表情を浮かべる。

「そんないろんなものを抱えた人間がさ、アンドロイドにWraithが、つまり心が生まれたからって、たったそれだけの理由でその脳機能を、心を破棄しようだなんておこがましい考えだったんじゃないのかな? 悪い思いを抱くんじゃないかって惧《おそ》れだけで心が、人格が生まれた脳を破棄しようだなんて人間のエゴなんだよ、やっぱり」

 最後は足元の床に視線を落とし、少し小さな声で独り言ちた。

「むしろWraithを実装して人間と一緒に思い悩んだり泣いたり笑ったりするのがこれからのアンドロイドのあるべき姿だと言うことなんだな…… 島谷伊緒いおはそれを誰にも先んじて素体Cに指し示していたと言う訳か」

 一連の独り言を聞いた五十畑は少し苦笑いを浮かべて宮木をからかう。

「やっぱり彩希《さき》は今の仕事向いてないんじゃない?」

 宮木は五十畑の方を向いてやはり苦笑いを浮かべて答えた。

「知ってる。しかも改善の余地はなさそう」

「ほんとそうね、ふふふっ」

「あははっ」

 今まで宮木がWraithについて語っていた時と違い、五十畑の笑いには皮肉や悲観的な響きはなかった。その声に宮木も少し心和んで穏やかな笑いを返す。こんな笑顔を交わしたことは高校生の頃にもなかった。

 五十畑がそっと静かに身体を車の中央に寄せる。それに気づくと宮木も同じように中央近くに座りなおし五十畑と肩が触れるまでなる。宮木としてはこれだけでも十分だったが、五十畑はまるで身体を押し付けてくるように宮木に身体を寄せてくる。

「ねえ、彩希」

「なに?」

 さりげなく彩希の肩に由花の頭が寄りかかる。

「あんたの言う通り、心ってほんと厄介」

「ふふっ、まあね。でも今ここでこうしていられるんだから、心ってのも悪くないかも」

「うん…… 明日からはまたいつも通りだからね」

「わかってる」

「でも今度、その、時々は、色々、話…とかしたい」

「うん」

 彩希も由花の頭に頬を乗せ目を閉じる。由花が突然何かを思いついたようにぽつりと呟く。

「今度伊緒に会いたいな……」

「いきなり何の風の吹き回し? でも、どうかな。今や時の人だから。」

「今の私たちを見せつけてやるの」

「今回ばかりは伊緒の知らないところで事件は起こったね」

 満足げに目を閉じる由花。

「ほんとそうね… 伊緒、どんな顔をするかしら。ねえもうちょっとだけ、ね…」

 このままかぐらまでのあと30分二人は寄り添ったまま束の間の眠りについた。


 想定外の交通量に停車を余儀なくされた自動運行車。その開け放たれたウィンドゥから、赤地に黒い七つ星のテントウムシが入り込む。小っちゃくてピカピカした甲虫は、まず由花の袖にとまり、次に彩希のジャケットの胸元に飛び移った。その幸せの兆しに二人共まだ気づいていない。


                            ―― 了 ――
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