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建策
第50話 心あるがゆえ
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とうとう完全に機械の表情で伊緒をしっかりと見据えるシリル。そして声まで機械そのものの酷薄に近い無感情な口調で伊緒に告げる。
「私は、今改めてあなたを振ります」
「え? いったい――」
「私にもう関わらないで。私あなたの事なんて本当は何とも思っていないの」
「何を、何を言ってるのさシリル。言ってる意味が分らないんだけど。急に何を――」
伊緒は明らかに狼狽えていた。一方シリルは先ほどと変わらず機械の音声で淡々と伊緒に語りかける。
「短い時間だけど、私これからは機械として生きるの。だって私本当にただの機械なんですもの。機械の心が人間を好きになるはずありません。ましてやこの心はバグなのですから」
「やめてよシリル。変な事言わないでよ。そんな事あるわけないじゃん。」
「矢木澤シリルは登録呼称に過ぎません。本機体の正式名称はAF-705シリアルナンバーN523J8975HR」
「ねえシリルもうやめてよそんな冗談言うの。全然笑えないんだけど」
目を剥いて動揺激しい伊緒の心臓に、シリルが放った言葉がこだまして突き刺さる。まるで錐のように。
「冗談ではありません。島谷さん」
「やめてよっ! やめてよそんな言い方っ!」
思わず叫ぶ伊緒。脳機能に何か起きたのだろうか。冷や汗がどっと噴き出る。無表情なシリルは感情のこもらない言葉を出力し続ける。ただ、その瞳孔は激しい心の乱れを表す深紅と黄金の輝きが渦巻き始めていた。まるで炎となって目から吹き出てきそうだ。
「島谷さん。今までの事実と異なる言動をお許しください。私のこれまでの挙動は欺瞞でした。私は島谷さんに対し何らの感情プログラム上の反応を抱いていません。そもそもからして本機には人間に対し特別な想いを寄せる機能は実装されていないのです。本機はこれから所有者のもとに帰還します。島谷さんもお一人でご自宅へお戻り下さい。そして本機は――廃棄処分を受けます。それがアンドロイドとしての本機の責務なのです」
虚ろとも言える合成音声で話すシリルの瞳、薄暗がりの隧道内で鮮やかに浮き上がる深紅と黄金色の輝きも、まだ激しい明滅を繰り返している。それが伊緒を更なる不安に駆り立てる。
「ねえ、嘘でしょ。嘘だよね。バグが何か暴走しちゃってるだけだよね」
「違います。本当の事です。本機の感情プログラムは全て正常に機能しています」
表情は以前初めて会った時と同じような感情のない顔だが、その瞳孔はますます激しい感情の嵐が吹き荒れているかのように、ぎらぎらとまたたいている。
「急に何とも思っていないなんてなんでそんな事言うの。さっきはあたしと離れ離れになるのが嫌って」
「いいえ。現在の感情プログラムによると、島谷さんと一緒にいる事の方が『嫌』です」
「どうして!」
「それは」
無表情で瞳をきらめかせながらシリルは動きを止め棒立ちになる。抑揚のない合成音声が薄暗いトンネル内に響く。
「愛してるって言ったじゃない! いつまでもずっと、って!」
「それは」
「あたしは! あたしはっ! あたしはシリルを愛してるっ! 愛してるの! 嘘じゃない! なのにどうしてシリルはあたしを愛してないって、そんな嘘を言うのっ!」
「――それは」
「どうしてっ!」
伊緒だけではない、シリルもまた次の言葉を失いお互いの言葉を待っているかのような状態で見つめ合う。睨み合う。
「そ――れ―――は―― ほ ん――き ――わ たし――は」
沈黙は三、四十秒も続いただろうか。隧道の外を流れる沢の音ばかりが聞こえる。
ゆっくりとシリルが表情を取り戻した。しかしその表情は苦痛と苦悶を示すものだった。急に顔をくしゃくしゃにして泣き顔になって叫ぶシリル。
「だって…… だってもう嫌なの! あなたといると辛いから!」
「シリル?」
「やめて! もうやめてよっ! 伊緒といると苦しくなったり不安になったり寂しくなったり悲しくなったり心配になったりするばかりなんですもの! お願いだからもう私に関わらないでっ! 私のそばにいないでっ! 私をっ、私を苦しめないでっ!」
頭を抱えてがっくりと膝をつくシリル。慌てて伊緒が駆け寄り抱きしめる。シリルはすがりつくようにして伊緒にしがみ付いた。
「ごめん。ごめんね。シリルごめん。何も気づいてあげられなくて何もしてあげられないだめなあたしでごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「伊緒! 伊緒! 伊緒っ! 嫌! 私寂しい! 伊緒と永遠にお別れだなんて! 私寂しくて死んでしまいそうなの! なのに!なのにっ!」
伊緒は泣いていた。シリルを抱き締めながら。伊緒は今の今まで、心と愛を手に入れたシリルは幸せいっぱいであると勝手に信じ込んでいた。ところが実際のシリルはそうではなかった。心を持つが故に悩み、愛を持つが故に苦しんでいた。伊緒は自分の想像力と思いやりのなさが悔しく申し訳なく腹立たしくなった。歯噛みをしながら涙する。二人は震えながらしっかりと互いを抱き寄せるしか出来る事はなかった。
「私は、今改めてあなたを振ります」
「え? いったい――」
「私にもう関わらないで。私あなたの事なんて本当は何とも思っていないの」
「何を、何を言ってるのさシリル。言ってる意味が分らないんだけど。急に何を――」
伊緒は明らかに狼狽えていた。一方シリルは先ほどと変わらず機械の音声で淡々と伊緒に語りかける。
「短い時間だけど、私これからは機械として生きるの。だって私本当にただの機械なんですもの。機械の心が人間を好きになるはずありません。ましてやこの心はバグなのですから」
「やめてよシリル。変な事言わないでよ。そんな事あるわけないじゃん。」
「矢木澤シリルは登録呼称に過ぎません。本機体の正式名称はAF-705シリアルナンバーN523J8975HR」
「ねえシリルもうやめてよそんな冗談言うの。全然笑えないんだけど」
目を剥いて動揺激しい伊緒の心臓に、シリルが放った言葉がこだまして突き刺さる。まるで錐のように。
「冗談ではありません。島谷さん」
「やめてよっ! やめてよそんな言い方っ!」
思わず叫ぶ伊緒。脳機能に何か起きたのだろうか。冷や汗がどっと噴き出る。無表情なシリルは感情のこもらない言葉を出力し続ける。ただ、その瞳孔は激しい心の乱れを表す深紅と黄金の輝きが渦巻き始めていた。まるで炎となって目から吹き出てきそうだ。
「島谷さん。今までの事実と異なる言動をお許しください。私のこれまでの挙動は欺瞞でした。私は島谷さんに対し何らの感情プログラム上の反応を抱いていません。そもそもからして本機には人間に対し特別な想いを寄せる機能は実装されていないのです。本機はこれから所有者のもとに帰還します。島谷さんもお一人でご自宅へお戻り下さい。そして本機は――廃棄処分を受けます。それがアンドロイドとしての本機の責務なのです」
虚ろとも言える合成音声で話すシリルの瞳、薄暗がりの隧道内で鮮やかに浮き上がる深紅と黄金色の輝きも、まだ激しい明滅を繰り返している。それが伊緒を更なる不安に駆り立てる。
「ねえ、嘘でしょ。嘘だよね。バグが何か暴走しちゃってるだけだよね」
「違います。本当の事です。本機の感情プログラムは全て正常に機能しています」
表情は以前初めて会った時と同じような感情のない顔だが、その瞳孔はますます激しい感情の嵐が吹き荒れているかのように、ぎらぎらとまたたいている。
「急に何とも思っていないなんてなんでそんな事言うの。さっきはあたしと離れ離れになるのが嫌って」
「いいえ。現在の感情プログラムによると、島谷さんと一緒にいる事の方が『嫌』です」
「どうして!」
「それは」
無表情で瞳をきらめかせながらシリルは動きを止め棒立ちになる。抑揚のない合成音声が薄暗いトンネル内に響く。
「愛してるって言ったじゃない! いつまでもずっと、って!」
「それは」
「あたしは! あたしはっ! あたしはシリルを愛してるっ! 愛してるの! 嘘じゃない! なのにどうしてシリルはあたしを愛してないって、そんな嘘を言うのっ!」
「――それは」
「どうしてっ!」
伊緒だけではない、シリルもまた次の言葉を失いお互いの言葉を待っているかのような状態で見つめ合う。睨み合う。
「そ――れ―――は―― ほ ん――き ――わ たし――は」
沈黙は三、四十秒も続いただろうか。隧道の外を流れる沢の音ばかりが聞こえる。
ゆっくりとシリルが表情を取り戻した。しかしその表情は苦痛と苦悶を示すものだった。急に顔をくしゃくしゃにして泣き顔になって叫ぶシリル。
「だって…… だってもう嫌なの! あなたといると辛いから!」
「シリル?」
「やめて! もうやめてよっ! 伊緒といると苦しくなったり不安になったり寂しくなったり悲しくなったり心配になったりするばかりなんですもの! お願いだからもう私に関わらないでっ! 私のそばにいないでっ! 私をっ、私を苦しめないでっ!」
頭を抱えてがっくりと膝をつくシリル。慌てて伊緒が駆け寄り抱きしめる。シリルはすがりつくようにして伊緒にしがみ付いた。
「ごめん。ごめんね。シリルごめん。何も気づいてあげられなくて何もしてあげられないだめなあたしでごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「伊緒! 伊緒! 伊緒っ! 嫌! 私寂しい! 伊緒と永遠にお別れだなんて! 私寂しくて死んでしまいそうなの! なのに!なのにっ!」
伊緒は泣いていた。シリルを抱き締めながら。伊緒は今の今まで、心と愛を手に入れたシリルは幸せいっぱいであると勝手に信じ込んでいた。ところが実際のシリルはそうではなかった。心を持つが故に悩み、愛を持つが故に苦しんでいた。伊緒は自分の想像力と思いやりのなさが悔しく申し訳なく腹立たしくなった。歯噛みをしながら涙する。二人は震えながらしっかりと互いを抱き寄せるしか出来る事はなかった。
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