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球技大会-奇跡の試合

第28話 奇跡の試合

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 翌日、大会三日目の午前中、EF組の生徒のみならず両組の担任教諭からの強い申し立てを受け、球技大会組織運営実行委員会は正式にGH組の定数割れによる失格を決定した。よって優勝はEF組となる。
 また、これとは別に球技大会実行委員会臨時委員会を開催し、試合に参加できる者について大会参加規程が改正された。それによれば試合参加資格を有する者は、人間の同校生徒のみであると明文化された。つまりシリルや和多田先生は試合参加資格を失ってしまったのだ。
 その結果、シリルが参加した試合は没収試合となった。
 だが六人の闘士たちは決して俯かず、誇りを持って胸を張っていた。体育館に掲示されるあの栄光に満ちたプレート以上に輝きを放つ何かを、彼女たちはその胸に確かに刻み込んだのだ。
 のちにこの試合は長きにわたり後輩たちへ受け継がれていく。その呼び名も様々で、不遇の封印試合、幻の名勝負、奇跡の不成立試合などと物々しいものばかりだった。
 としてそしてその伝承には、熱闘に身を投じた選手たち、エースの坂田、吉井、太賀たが三城みき栄原えはら、そして美しく気高く優しくそして勇猛果敢なアンドロイドの矢木澤やぎさわシリルの名が必ず付されていた。



「あの、荻嶋おぎしまさん」
 気まずい沈黙が流れる中、シリルはおずおずと希美代に声をかけた。
 希美代に声をかけられた伊緒いおとシリルは校庭の第二美術室前でお弁当を広げていた。が、伊緒たち二人の表情は冴えない。取引の前提条件である優勝そのものがなくなってしまったのだから。
 食いしん坊の伊緒はまだお弁当に手をつけてもいない。もっとも伊緒の場合は朝から激しい胸やけが止まらないという理由もあるのだが。

「なによ」

 冴えない表情の二人を見てうんざりした希美代は、面倒臭そうに一言口にするとフォアグラのサンドイッチを頬張る。

「あの、荻嶋さん。優勝できなくてごめんなさい」

「ごめんなさい」

 うな垂れるシリルと伊緒。

「二人とも辛気臭い顔しないの。しっかり勝てたんだからそれでいいじゃない。悪いのは矢木澤さんじゃなくてばかみたいな規定を作った委員会」

 ふっと微笑んだ希美代が二人には意外だった。

「え」

「と言う事は…」

「矢木澤さんは本当によくやったと思う。結果としては準優勝だけど、試合にだってちゃんと立派に勝ったじゃない。私にとっては優勝と同じ」

 希美代の微笑みは一瞬で消えたが、いつものどこか不機嫌な様子はない。遠く野球部のライト方向を眺め、籐製のバスケットからスープジャーを取り出すと、白トリュフ入りのスープを口にする。

「それじゃあ!」

 伊緒があからさまに喜びの声を上げる。それでは私に心があると言っているのと同じじゃない、とシリルは心の中で頭を抱えた。

「うん。それに観てて楽しかったの。とても熱い試合だった。十二連続得点なんて私見た事ない。そんな試合に出られた矢木澤さんが羨ましい。でも、その流れを引き寄せたのは誰あろうその矢木澤さんなんだからね」

「いえ、他の生徒の皆さんの頑張りのおかげです」

 平然と機械的に返すシリルだったが、そう言われると悪い気はしない、それどころか少し鼻が高い。それに加えあの時の昂揚感までが蘇り、シリルは心ならずもわくわくした気持ちになる。
 希美代もいつもの少しむすっとした顔に戻りぽつりと呟くいてスープを啜る。

「私、ちゃんと約束守るわ。矢木澤さんにも言った通り」

 しかしシリルはまだ希美代を全面的に信用したのではない。

「アンドロイドに心があるなどという話は都市伝説です。オカルト雑誌の記事にしかないような話を私は信じていません」

「うん、まあ、そうね、それでいいんじゃない。それぐらい警戒心がないといけないかもね」

 希美代はシリルの言葉もどこ吹く風で、シリルに目も合わせずサンドイッチの二切れ目を手にする。

「荻嶋さん、あの――」

「希美代でいい」

「ええと、では希美代さん」

「ええ、何? シリル」

「むかっ!」

 馴れ馴れしい希美代の呼び方が伊緒には気に入らなかったようだ。

「あははははっ、ごめん、ごめんなさい。じゃあシリルさん、でいい? それで何?」

「はい。ええ。事実ではないにしろなぜ私に心があると思ったのですか」

 シリルはずっと気になっていたことを思い切って希美代にぶつけてみた。機嫌のいい今なら本音が聞けそうな気がした。

「簡単。二人がお昼休みに手を繋いでいるの見ちゃったから。あれは迂闊だったわね」

 これと言ってなんでもない風に喋る希美代。

「……」

 なぜこんな事に気がつかなかったのかと心の内でほぞむシリル。初めて伊緒と学校で手を繋いだ時はうっかりしていたが、それ以降は充分気をつけていたつもりだった。それでもシリルの行動記録には八回伊緒と手を繋いだデータがある。その時を見られていたのか。

「ダメなの?」

 アンドロイドの知識に疎い伊緒は無邪気に聞く。この言葉も聞きようによっては、当たり前のように手を繋いでいる証拠ととられかねない。シリルは伊緒の口を塞ぎたくなった。

「ダメなの絶対。そういう事は出来ないようになっているのよアンドロイドは。手なんか繋いだらバグってますって大きな声で触れ回っているようなもんじゃない」

 希美代の声は、伊緒に呆れているようにも、伊緒を少し見下しているようにも、あるいは親切に諭しているようにも聞こえる。

「……」

 否定も反論も出来ないシリル。それにさっき希美代が言った、二人が手を繋いでいるところを見たと言う話が本当なら、どんな反論をしても意味はない。

「ああ、それとね。あなた坂田から背中叩かれた時に回避行動取らなかったわよね。ハイタッチまでしちゃうし。うっかりし過ぎ」

 希美代は苦笑いをしながら続ける。

 シリルは絶句する。これはもういかなる抗弁も無意味だろう。

「それなりに注意深く行動しようとしてるみたいだけれど、よくよく見たらすぐ分るって。あなた達、普通にお似合いカップルよ」

「へへへっ、そうかなぁ、照れちゃうなぁ」

 全く何の緊張感もなく伊緒は照れる。そんな伊緒の姿にシリルははらはらする。

「伊緒、そこは喜ぶところじゃないの」

 もっとも伊緒としては、既に希美代がシリルのバグや二人の交際について看破していることを充分に理解しているので、ことさら隠し立てするつもりはなかった。だがシリルはここまできてもまだ二人の関係についてだけは知らぬ存ぜぬを決め込みたかった。伊緒を守るためにもそれが必要だと思った。アンドロイドと愛を交し合うことは人間の伊緒にとって非常に不名誉な恥辱であるとシリルは感じていた。
 だから能天気で警戒心のまるでない伊緒の受け答えには本当に脳機能に痛覚が生まれそうだった。

「くすくすくす、いいのよ別に。シリルさんも無理しなくていいわ、私の前ではね。でも外では身体的接触は勿論せず、会話にも細心の注意を払って、目配せさえしない事ね。私はそうしてる」

 どこか少し得意げに語る希美代。


 その言葉にシリルが怪訝そうな表情を見せる。

「私は?」


 伊緒も少し驚いたような顔になった。

「そうしてる?」

「はっ!」

 希美代は口を抑えうっかり不用意な発言をした事を後悔した。一瞬でシリルと伊緒はある結論に至る。


「希美代さん、もしかして」

 シリルは驚きの表情で希美代を凝視する。彼女がアンドロイドの心にこだわる理由が判ったような気がしたからだ。そしてシリルの推理が正しければ、シリル自身にとっても非常に大きな事実である。同じ境遇のアンドロイドは、この広い世界の中で自分だけではないかも知れないのだから。

 少し身を乗り出したシリルに遅れて大きく身を乗り出す伊緒。伊緒もまた驚愕に目を大きく見開く。

「アンドロイドなのっ?」

 伊緒の超推理にシリルの脳機能ユニットはダメージを受けた。本当に脳機能にビリビリと痛覚が生まれる。

「違うの伊緒。違うのそういう話じゃないの」

 痛みを抑えようと、こめかみに片手の指を当てる仕草は人間とそっくりだ。

「くっ、口が滑っただけよっ!」

 一方、希美代はいつも以上に怒った顔を真っ赤にして大声で怒鳴る。

「ふふっ、では希美代さんはつい『口が滑って』真実を口にしてしまった、とそう言う訳ですね」

 口をぱくぱくさせて言葉の出ない希美代に対してシリルは初めて優位に立った。こめかみに指を当てたままのシリルに余裕の微笑みが浮かぶ。が、伊緒はまだ呑み込めていない。

「え? 何? どういう真実? アンドロイドじゃないの?」

「じゃないの」

 シリルは一瞬目を閉じため息を吐く。

「その…… もう何も言わないで。何も訊かないで、お願い……」

 頭を抱えうな垂れる希美代。希美代が懇願こんがんする姿を見て大いに満足したシリルは慈悲にあふれた声で答えた。

「はい。重要な抑止力が出来て私も嬉しいです」

 優しい声で今の状況をはっきり確認させるシリル。

「くっ」

 今は希美代が臍を噛む番だった。




「え? え? ねえ、じゃあ誰がアンドロイドなの?」
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