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球技大会-奇跡の試合
第22話 同志
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その時、凄い勢いで体育館に伊緒が駆け込んできた。恐らく屋外コートでハンドボールの試合を終わらせた直後だったのだろう、汗みどろだ。シリルを見かけた伊緒はありたっけの声で応援しそうになったが、我に返り思い止まった。
二階観戦席にはあずき色のジャージのポケットに両手を突っ込み真剣な眼差しで試合の成り行きを見守る希美代がいた。伊緒はそこまで駆けて行き、希美代から一席空けた隣の席に座る。当然のように自分の隣に座ってくる伊緒に希美代は驚き慌てたが、努めて平静を装いシリルのいるコートに目を向けたまま、いつも通りの少しむすっとした表情を維持した。
「ふう、あっつい。荻嶋さん暑くないの。ジャージなんか着込んで」
「寒がりなのよ。島谷さん試合あとだから暑いんじゃない?」
ポケットに両手を突っ込んで身を縮こまらせる希美代。
「どっちが勝ってるの?」
「一セットずつ取り合ってる」
「どうシリル?」
伊緒がシリルを名前呼びしてるのも意に介さず、黙って真剣な眼差しでコートを見つめている。
「最初は酷かった。でもだんだん良くなってきてる」
「そっかあ」
伊緒は安堵の笑みを浮かべる。
「へえ」
顔はコートに向けたままで、少し皮肉っぽい笑みを浮かべる希美代。
「な、なに?」
「本当に好きなんだ、矢木澤さんの事」
希美代の笑みは、ニヤニヤ顔に変わっている。
「なっ! いやっ! そっそんな事あるわけなっ ないじゃないかっ!」
「矢木澤さんと違って正直」
「あっ、いやっ、これは、そのっ… 何て言えばいいか」
「分かってる。よく分ってるわ。心配しなくていいから」
希美代のちょっと変な笑顔がふっと真顔に変わる。
「えっ?」
「それにしてもあの子凄いわね」
「シリルの事? そんなに巧いの?」
希美代はじっとコートを見つめつつ、どこか気もそぞろに見える。
「ちょっと違うけど。段々と相手と息を合わせる事を覚えるようになってきているの。これは市販の機種では、ノーマルモードでも補助機能が無くては難しい調整がいるわ。会話や表情や仕草の一部だけで心を読むのと似ているから。ましてや今はヒューマンモードだというのに」
伊緒は希美代の言いたい事がなんとなく分かった。抽象的な言い方になるが、要は心が無くては心は読めない、と暗に伊緒に示しているのだろう。が、彼女と初めに会った時に、シリルが彼女に気を許すなと言った事を思い出し、余計な事は口にしないよう適当に答えた。
「そうなんだ」
「あまり驚かないのね」
「難しい事は良く分かんないからさ。それよりも勝てるかどうかの方がずっと大事」
「そっか。島谷さん頭がいいのね」
「へっ?」
「私はもう勝ち負けについてはどうでもいいかな。でも彼女がどこまでプレーの質を上げるかは見てみたいかも」
マルチグラスをかけた希美代はシリルを丹念に観察しながら、いつもとは少し違う、何か申し訳なさそうにも聞こえる口調で話す。
「それとこれはまあ…… ここまで言っていいのかなって思っちゃうんだけど…… 矢木澤さんには内緒ね。その、何て言うかな。私と島谷さんはいわば同志のようなものなのよ」
「同志?」
「うん。これ以上は私も詳しく言えないんだけど。何かあったら何でも訊いて。出来る事なら何でもする」
「う、うん」
希美代の言葉に少し驚いた伊緒。透明のマルチグラスをかけコートをじっと見つめる希美代の横顔にふと何か違和感を覚える。何かいやな感じもする。その感覚と違和感が何なのか判然としないまま、伊緒もシリルのいるコートに目を向けた。
二階観戦席にはあずき色のジャージのポケットに両手を突っ込み真剣な眼差しで試合の成り行きを見守る希美代がいた。伊緒はそこまで駆けて行き、希美代から一席空けた隣の席に座る。当然のように自分の隣に座ってくる伊緒に希美代は驚き慌てたが、努めて平静を装いシリルのいるコートに目を向けたまま、いつも通りの少しむすっとした表情を維持した。
「ふう、あっつい。荻嶋さん暑くないの。ジャージなんか着込んで」
「寒がりなのよ。島谷さん試合あとだから暑いんじゃない?」
ポケットに両手を突っ込んで身を縮こまらせる希美代。
「どっちが勝ってるの?」
「一セットずつ取り合ってる」
「どうシリル?」
伊緒がシリルを名前呼びしてるのも意に介さず、黙って真剣な眼差しでコートを見つめている。
「最初は酷かった。でもだんだん良くなってきてる」
「そっかあ」
伊緒は安堵の笑みを浮かべる。
「へえ」
顔はコートに向けたままで、少し皮肉っぽい笑みを浮かべる希美代。
「な、なに?」
「本当に好きなんだ、矢木澤さんの事」
希美代の笑みは、ニヤニヤ顔に変わっている。
「なっ! いやっ! そっそんな事あるわけなっ ないじゃないかっ!」
「矢木澤さんと違って正直」
「あっ、いやっ、これは、そのっ… 何て言えばいいか」
「分かってる。よく分ってるわ。心配しなくていいから」
希美代のちょっと変な笑顔がふっと真顔に変わる。
「えっ?」
「それにしてもあの子凄いわね」
「シリルの事? そんなに巧いの?」
希美代はじっとコートを見つめつつ、どこか気もそぞろに見える。
「ちょっと違うけど。段々と相手と息を合わせる事を覚えるようになってきているの。これは市販の機種では、ノーマルモードでも補助機能が無くては難しい調整がいるわ。会話や表情や仕草の一部だけで心を読むのと似ているから。ましてや今はヒューマンモードだというのに」
伊緒は希美代の言いたい事がなんとなく分かった。抽象的な言い方になるが、要は心が無くては心は読めない、と暗に伊緒に示しているのだろう。が、彼女と初めに会った時に、シリルが彼女に気を許すなと言った事を思い出し、余計な事は口にしないよう適当に答えた。
「そうなんだ」
「あまり驚かないのね」
「難しい事は良く分かんないからさ。それよりも勝てるかどうかの方がずっと大事」
「そっか。島谷さん頭がいいのね」
「へっ?」
「私はもう勝ち負けについてはどうでもいいかな。でも彼女がどこまでプレーの質を上げるかは見てみたいかも」
マルチグラスをかけた希美代はシリルを丹念に観察しながら、いつもとは少し違う、何か申し訳なさそうにも聞こえる口調で話す。
「それとこれはまあ…… ここまで言っていいのかなって思っちゃうんだけど…… 矢木澤さんには内緒ね。その、何て言うかな。私と島谷さんはいわば同志のようなものなのよ」
「同志?」
「うん。これ以上は私も詳しく言えないんだけど。何かあったら何でも訊いて。出来る事なら何でもする」
「う、うん」
希美代の言葉に少し驚いた伊緒。透明のマルチグラスをかけコートをじっと見つめる希美代の横顔にふと何か違和感を覚える。何かいやな感じもする。その感覚と違和感が何なのか判然としないまま、伊緒もシリルのいるコートに目を向けた。
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