遺書

永倉圭夏

文字の大きさ
上 下
6 / 13

第6話 諦観と封筒

しおりを挟む
「ずるいの、あの人」

 伏し目がちのままサナエが苦笑する。

「ずるい?」

「あたしが『あたしはマサヤが好きだから』って言おうとしたら、『マサヤも応援してくれたんだ』って言ったの、あの人」

 俺は胸が苦しくなった。俺たち全員が何も知らないばかりに事態は思わぬ方向へ転がっていったのか。

「それを聞いてあたし全部諦めちゃって、あなたのこと」

「そうだったのか」

「まあ、タカキだって悪い奴じゃないし誠実そうだしいいかなって、そう思ったんだ」

 そこでサナエは少し涙ぐむ。

「でも価値観の違いって言うの? そう言うのはどうしても拭えなくって、ケンカはしょっちゅう」

「『俺とつきあえばよかった』って?」

「あー、やっぱ知ってたんだ。恥ずかしい。なんでケンカしたのかなんて覚えてもいないけど、それを言ったことは覚えてる」

「本気だったのか」

「…………ん。少しだけ……」

「そうか。そしたら俺にもワンチャンあったのか」

「あの時手を握ってくれたらね」

「……ああ、いや、俺にはやっぱりタカキから掠め取るような真似はできなかった。寝取るようなことはしたくなかった」

「これだから男は……」

 サナエは苦笑してお茶に口をつける。

「言っとくがお前だって大概だぞ、判ってるのか」

「うん…… ごめん」

 俺も苦笑して冷たい緑茶を呷った。

「どうしてこの店?」

「前に仕事で来た事があって。いいお店でしょ」

「だが高そうだな」

「高いわよ」

「まあたまにはいいか」

「ありがと。それに…… それにどうしても二人だけになりたかったから」

「えっ」

 俺はどきりとした。

「そういう意味じゃないから」

 俺の顔色を見透かされたのかサナエが少し怖い顔になる。

「あ、ああ」

 その少し怖い顔のまま、サナエはバッグをまさぐる。だが口調はわざとらしく軽い。

「さ、それで本題なんだけど」

「本題?」

「これ読んで」

 サナエが腕を伸ばして差し出したのは白い封筒だった。俺はその封筒の文面を読んで驚く。

「『サナエ、マサヤへ』……おいこれって」

「そ、あたしたちあての遺書。多分」

「どうして今頃……」

「病室に置いてあった書類を整理してたら、その中から出てきたの。あの人、病室内にあった書類のどこかに紛れ込ませたのね」

「あの状態で遺書なんて書けたのか……?」

「もっとずっと前に死期を悟っていてその時点で書いたんだと思う」

「ううん」

 俺は呻った。この中にはいった何がしたためられた便せんが入っているのだろう。俺たちへの感謝の気持ちか。それとも若くして死にゆくことへの恨みつらみか。封筒には俺たちの名前が震える字で書かれていた。封筒には俺たちの名前が震える字で書かれていた。俺はそこに何か怨念めいたものを感じてゾッとした。

「二人宛だから一緒に読んだ方がいいと思って」

「……そうだな」

 おそらくサナエも怖いのだ。冷たい緑茶の入ったコップを持つ手が少し震えている。

「でもいいのかここで」

「うちにはまだあの人がいるもの。なんだか怖くて」

 ということはまだ納骨していないと言うことか。確かにそれではいい気がしないだろう。
 俺は覚悟を決めた。どんな内容が書かれていようと俺は決して驚かない。そう決めた。

「わかった。俺が読めばいいんだな」

「うん、お願い」

 俺は夭折した友人の遺書を読み始めた。

▼次回
 2022年6月24日 21:00更新
 「第7話 遺書」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

山縣藍子のくすぐりシリーズ

藍子
大衆娯楽
くすぐり掲示板したらばの【君の考えたくすぐりシーン】スレで連載していた大人気?(笑)シリーズの藍子のくすぐり小説です。

夫の浮気

廣瀬純一
大衆娯楽
浮気癖のある夫と妻の体が入れ替わる話

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...