84 / 102
第五章【ガルドラゴン王国】
第6話―王都と黒真珠薔薇
しおりを挟む本来であれば通用門を通る事すら身分不相応だというのに、今目の前で開いていくのは紛う事なきガルドラゴン王国王城正門である。王家の人間の出入りを覗けば貴賓でも無い限りは開けることがない。
ミノリアが通されているのは決してミノリアが通れるような場所では無いのだ。
半ばべそをかきながら無精髭の兵士の背中に縋るように付いていく。兵士からしても迷惑千万であろう。
王城と城門の間には馬車が十台は並べそうな石畳のしっかりとした道となっている。これはもちろん有事の際、軍隊が整列する場でもあるからだ。だが戦争を知らないミノリアには、威厳のためだけに存在するとしか思えなかった。
このまま進めば王城である。ミノリアの緊張はピークに達していた。
(お腹痛い!)
普段やんちゃな彼女からは想像出来ぬ顔色の悪さと固い表情。それを見れば以下にこの状況が異常な状況なのかを理解出来るだろう。だが残念な事にそれを解決してくれる人物はいなかった。
王城が見上げるほどに近づいて、ミノリアの胃にどでかい穴が空こうとしたときだった、無精髭の兵士が直角に曲がる。見れば進む方向に細い道が見える。
細いと言っても馬車の三台は楽に並べそうではあるが、すでにミノリアの感覚は麻痺していた。
その道は特に両側に花が植えられ一際絢爛な様相であった。
花々に彩られる美しい庭園や花壇にミノリアは少しほっとする。男勝りではあってもやっぱり女性だ。花を見て喜ばない訳は無かった。
「綺麗……」
ガルドラゴン王国は植生も豊かではあるが、この一角は常識を逸する種類の花々で飾られている。世界中の花々が集められているのかも知れない。
歩いているとまた兵士が直角に曲がる。さらに細い道……馬車二台分ほどの幅になる。その道も同じように花が植えられているのだが、曲がり角からずっと薔薇で埋め尽くされていた。
見たことの無い色の薔薇、見たことの無い花弁の薔薇、そして行き止まりの館の周りには黒い薔薇が囲むように植えられていた。
ミノリアは手にした手紙の住所を思い出す。「黒真珠薔薇館」きっとこの薔薇が黒真珠という品種なのだろう。
よく見ると黒薔薇は真っ黒なのでは無く、限りなく黒に近い赤色なのだ。ディープレッドと言い換えても良いかもしれない。
その深い色合いに、ほうとため息をつくミノリアだった。
美しさと貴賓を兼ね備えた、まさにガルドラゴン王家に相応しい薔薇だと思った。
「ここが黒真珠薔薇館になる。おそらくシャルロット様は……お会いになられると思う。くれぐれも粗相の無いようにな」
「え!? 付いてきてくれないんですか!?」
「……この館は男子禁制なんだ。男が行けるのは門の前まで。そこからは中の人間が案内してくれるだろう」
「しっ! してくれなかったらどうするのよ!?」
完全にテンパっているミノリア。無理も無い……。
「い、いや、大丈夫だ必ずしてくれる」
「今『だろう』って言った!」
「それは言葉のあやというやつで……困ったな」
「ダメだったらどうするんですか!」
黒真珠薔薇館の前で無意味な問答を始めた二人の前に、館の中から一人の騎士が出てきた。銀色に映えるその鎧は姫殿下の近衛の物だ。
「何を騒いで……! ん? 貴女は郵便殿ではないか」
「え? ……キシリッシュ様!? え? なんで!?」
「自宅にいない理由であれば、私がシャルロット様の近衛になったからだが……わざわざ私のメールを持ってきてくれたのか?」
「い、いえ! 今日は! シャルロット様に手紙をお持ちしました! こちらです!」
ミノリアは額が地面につくほど頭を下げて、肩が抜けるほど思いっきり手紙をキシリッシュに突き出した。
「待て、もしかしてそれは掲示板の確認用手紙では無いのか?」
さすが現役出会い掲示板メンバーである。キシリッシュは一発でそれが何かを理解した。そして頭を抱えた。
「嫌な予感はしていたが……まさか本当に登録してしまうとは……」
顔全体を覆うように額を押さえて天を仰ぐ残念姫騎士リッシュであった。
「おお! 届いたんじゃの!?」
メイドの制止を振り切って玄関から飛び出して来たのは、フリフリドレスの見た目ロリで成人済みのシャルロット・ガルドラゴン・ウォルポール第三公女14歳であった。
ミノリアは今すぐ全力で逃げ出したかった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
スウィートカース(Ⅱ):魔法少女・伊捨星歌の絶望飛翔
湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
ファンタジー
異世界の邪悪な存在〝星々のもの〟に憑依され、伊捨星歌は〝魔法少女〟と化した。
自分を拉致した闇の組織を脱出し、日常を取り戻そうとするホシカ。
そこに最強の追跡者〝角度の猟犬〟の死神の鎌が迫る。
絶望の向こうに一欠片の光を求めるハードボイルド・ファンタジー。
「マネしちゃダメだよ。あたしのぜんぶ、マネしちゃダメ」
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
前世の忠国の騎士を探す元姫、その前にまずは今世の夫に離縁を申し出る~今世の夫がかつての忠国の騎士? そんな訳ないでしょう~
夜霞
ファンタジー
ソウェル王国の王女であるヘンリエッタは、小国であるクィルズ帝国の王子との結婚式の最中に反乱によって殺害される。
犯人は国を乗っ取ろうとした王子と王子が指揮する騎士団だった。
そんなヘンリエッタを救いに、幼い頃からヘンリエッタと国に仕えていた忠国の騎士であるグラナック卿が式場にやって来るが、グラナック卿はソウェル王国の王立騎士団の中に潜んでいた王子の騎士によって殺されてしまう。
互いに密かに愛し合っていたグラナック卿と共に死に、来世こそはグラナック卿と結ばれると決意するが、転生してエレンとなったヘンリエッタが前世の記憶を取り戻した時、既にエレンは別の騎士の妻となっていた。
エレンの夫となったのは、ヘンリエッタ殺害後に大国となったクィルズ帝国に仕える騎士のヘニングであった。
エレンは前世の無念を晴らす為に、ヘニングと離縁してグラナック卿を探そうとするが、ヘニングはそれを許してくれなかった。
「ようやく貴女を抱ける。これまでは出来なかったから――」
ヘニングとの時間を過ごす内に、次第にヘニングの姿がグラナック卿と重なってくる。
エレンはヘニングと離縁して、今世に転生したグラナック卿と再会出来るのか。そしてヘニングの正体とは――。
※エブリスタ、ベリーズカフェ、カクヨム他にも掲載しています。
グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~
愛山雄町
ファンタジー
エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。
彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
■■■
あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
2053年発売予定 エターナルアーツ待望の新作RPG「AMのトレイター」税込み53G
エターナルアーツ
ファンタジー
~はじめに~
このたびは本作品をお開き頂き誠にありがとうございます。
ご利用前に最初の「読扱説明書」をよくお読みいただき、正しい利用法でご愛用ください。
~注意事項~
・本作品は未完成品です。2053年までに完成させることを目標としていますが開発者のモチベーション次第では開発が大幅に遅れてしまうかもしれません。また予算の都合上、キャラクターの声は当社スタッフがあてさせてもらっています。あらかじめご了承ください。
・この作品は「小説家になろう」さんでも転載しています。
☆うれしいお知らせ☆
本作品は2053年特有の専門用語がふんだんに盛り込まれている神ゲー要素満載のRPGです!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる