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第三章【イケメン掲示板放浪記】

第20話―親友

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 今日も酒場兼宿屋の海が恋しいアホウドリ亭は賑わいを見せていた。この店が少し前まで昼時は閑散としていたなどと誰が想像出来るだろう。

「今日も儲かってるな?」

 アホウドリ亭の店主、モリアーノがひと休憩していた黒髪黒目の青年に声を掛ける。青年はモリアーノが差し入れてくれた果実水を一口飲んでから苦笑した。

「そうでもねぇよ。客は増えたが人件費なんかの経費が跳ね上がっててな」

「俺には大繁盛しているようにしか見えないけどねぇ」

「ま、ようやく軌道には乗ってきたかな」

 黒髪の青年。つまり日本からこの異世界に飛ばされてきたサイゾーは小首をかしげて口をへの字に曲げた。いまいち納得いってない様子である。

「何か悩み事か?」

「いや、たいしたことじゃねぇんだよ。規模が広がるにつれてトラブルも増えたからなぁ……」

 すると、サイゾーの正面に座っていたエルフの女性・・・・・・が口を尖らせた。

「ちょっと。そのトラブルを解決するのは私たちじゃない。サイゾーが何かしてるの?」

「うへ……もちろん感謝していますとも。単純に変なトラブルが増えたなーっていう世間話さ」

「そうですかー。世間話ですかー。ふーん?」

 女のエルフは両肘をテーブルに置き、指を組んだ上にあごを乗せた状態で、サイゾーのことを半目で見やった。

 サイゾーはいたたまれなくなったのか、彼女から視線を逸らすように店主にコップを掲げた。

「おやっさん、これと同じ物を彼女に」

「へいへい」

「私はそんな安いもので買収されるような安い女じゃ無いわよ?」

「わかってるって。B級冒険者さまにそんな失礼なことはしねぇよ……うん、そう。これは日頃の感謝ってやつだ」

「……やっぱり安く見られてるじゃないの」

「あー……どうやったら機嫌が直りますでしょうかお嬢さま」

「そうね……」

 エルフは首をかしげて考えるフリをする。

「じゃあ今日の夕飯を奢るってのはどう? たまには二人で――」

「ああわかった。俺は忙しいから何か美味いものでも食べてくるといい。銀貨3枚もあれば……」

 だん!

 女エルフがテーブルを叩きつけて立ち上がった。先ほどまでの穏やかな表情とは一転していた。目をつり上げ、サイゾーを強烈に睨み付ける。

「ほんっっっっっとに! サイゾーは! 大馬鹿よね!!」

「ええ……?」

 サイゾーは彼女の突然の豹変に、目を丸くして動けないでいた。銀貨3枚を握りしめた状態で。

 するとそこに小柄な眼鏡の女の子が現れた。

「無駄ですよディーナさん。この唐変木は仕事の事しか考えられないんですから。いっそ直接言ってみたらどうです?」

 ディーナと呼ばれた女エルフは眼鏡の女の子……マルティナにつまらなそうな視線を向けた。

「別に何とも思っていないから」

「そうですか。それなら素直に奢ってもらえばいいんじゃありませんか?」

 めがねっ娘とエルフ娘が火花をばちばちと飛ばして睨み合った。

「えっと……俺仕事に戻るから……ごゆっくり!」

 そうしてサイゾーは出会い掲示板のカウンターに逃げるように……いや、正真正銘逃げ込んだ。

「本当に会長はヘタレですね」

「あれはヘタレなんじゃなくてにぶちんなのよ」

「そうとも言います」

 今まで睨み合っていたはずの二人が、同時にクスリと笑う。少し離れたところから、常連のモイミールが全身を震えさえてその様子を見ていた。

「女は怖え……そしてあの野郎には絶対教えてやらねぇ……」

 くわばらくわばらとモイミールは視線を逸らして安酒を煽ろうとした時、見覚えのある……というかサイゾーなんかよりよっぽど業腹なイケメン野郎がアホウドリ亭に姿を現した。

「今度は釘様かよ……」

 モイミールは「けっ」と口端をひねらせて肘を立てた。だがやはり気になるのか視線だけは釘様ことスパイクを追っていた。

 スパイクは真っ直ぐに受付に行くと、いつも通りメールを受け取り、適当なテーブルに座る。

 いつもならその一通一通に時間を掛けて返信メールを書くのが日課なのだが、今日は少し様子が違った。スパイクは手にしていたカバンから、上質紙の束を取り出すと、返信用封筒にしまって、すぐに受付に戻ったのだ。

 モイミールはなんだと、カウンターに近いテーブルにそれとなく移って耳を立てた。

「サイゾーさん、これが今日の返信です」

「なんだえらい速いな。あらかじめ書いてきたのか」

「はい。全てお断りのメールです」

「へえ……?」

 サイゾーは探るようにスパイクを下から見上げた。

「それで、これを最後にこちらの掲示板をやめようと思いまして」

「ほう……いい人は見つからなかったか……」

 サイゾーの何とも言えない表情とは別に、スパイクは驚きの表情を見せた。

「いえ! とんでもない! 逆ですよ! 最高の女性が見つかったからやめるのですよ!」

「え?」

 サイゾーは目を丸くしてスパイクを見上げた。

 サイゾーが驚いたのには訳がある。スパイクと麗しき女神亭の女将であるヘルディナと定期的に会っていたという情報は、彼の人脈からすぐに知れた。そしてその話では常にヘルディナがスパイクを叱りつけていたと聞いていた。

 それをサイゾーはヘルディナがスパイクが営業妨害しないように怒りをぶつけているか、はたまた掲示板の使い方について物申しているのかと思っていたからだ。

 だからスパイクが次に起こす行動は、ヘルディナに対して文句を言ってくるか、掲示板の使い方を根本的に変えるかのどちらかだろうと想定してた。

 それがいつの間に誰かとつきあい始めたのか……。

 いや、メールは大量にもらっているのだ。誰かと会って一発で気に入ったとかがあるのかも知れない。

「そ、そうか……もし差し支えなければ、お相手とか教えてくれるか?」

 最近のスパイクは義理の返信しかしていないように見えたので、非常に気になるところだ。

「それは麗しき女神亭のヘルディナさんですよ! ボクは今までにあんなに素晴らしい女性を知りません!」

 スパイクの熱の籠もった宣言に、今度こそサイゾーは開いた口がふさがらなかった。

「……え? どういうこと?」

 その後たっぷり三時間ほどヘルディナとのなれ初めを聞かされたサイゾーは、最後にようやくこう言ってスパイクから脱出した。

「あ……姉さん女房は、金のわらじを履いてでも捜せって言うからな……うん。よかったな。おめでとう」

 スパイクはサイゾーに何度も感謝の言葉を述べた後、退会手続きを済ませて帰って行った。

 大量に残ったポイントを軽くドブに捨てて。

「……えっと……え?」

 こうして筆頭問題児の一人が掲示板から退会したのだ。

 ■

 それからしばらく経ってから、アホウドリ亭に定期的に姿を現す人間が増えていた。

「サイゾー。話を聞いてくれ」

 どういうわけか某貴族の長男がサイゾーと軽い雑談をしていくだ。

 金髪の碧眼の青年は10分ほどサイゾーと雑談をするとこう言って姿を消すのだ。

「それでは今日は失礼するよ親友! また来る!」

 親友と呼ばれた黒髪黒目の青年は引きつった笑顔で軽く手を振った。

 サイゾーは言った。

「俺はイケメンとの出会いなんて求めてねぇよ」

 彼は頭を抱えたが、貴族にパイプの出来た事の意味をまったく理解していなかった。

―第三章・完―
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