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第一章【異世界出会い掲示板始めました】
第17話―はじめての主人公
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ガルドラゴン王国の一角で、変わった商売を始めた人間がいた。
彼の名は水谷才蔵。名前の通り日本人である。
3年前にこの世界に飛ばされてから、どうにかこうにか言葉を覚え、金を貯め、商売を始めたのだ。
そして現在の彼の名はサイゾー・ミズタニ。
サイゾーが始めた商売。それは……。
出会い掲示板【ファインド・ラブ】
異世界出会い掲示板であった。
■
「え? 退会するって?」
74地区最大面積を持つ酒場兼宿屋の海が恋しいアホウドリ亭に1組の男女が訪れていた。
もちろんサイゾーは二人の顔に見覚えがあった。どちらも一週間ほど前に彼が入会受付をしたばかりだったからだ。
この商売、顔を覚えるのはかなり重要なので、サイゾーはより注意深く他人の顔をうかがう癖がついていた。だから二人の表情を見て、舌打ちしそうになった。
「それはもう、退会は自由ですから……もし良かったら理由なんて聞かせてくれねぇか?」
二人は顔を見合わせて、頬を赤らめ、男の方はだらしなく、でへへと笑った。
あー、くそ。爆発しろ。
サイゾーは内心砂糖を吐きながら、二人の言葉を待った。
「あー、実はこの度……」
もう一度顔を見合わせる二人。
「俺たち……」
「私たち……」
「「結婚することになりました!」」
酒場が一瞬で静まりかえる。
数秒続いた沈黙の後、今度はアホウドリ亭がひっくり返るほどの歓声が響き渡った。
祝賀の言葉や怨嗟の叫びが入り交じって酒場中を覆い尽くした。
会員の何割かの顔には「嘘だろ?」と浮かんでいたし、何割かの男たちには「いけるんだ、ここならいけるんだ!」と希望があふれ出していた。
「あー……退会、うん、別にそのまま放置してても大丈夫だから、会員証は記念品として大事に取っといてくれよ」
(離婚した後も使えるんだぜ?)という言葉は辛うじて飲み込んだ。
「ん? ああ、それもいいな……せっかくの想い出だ。それでいいか? エリーゼ」
「はい。あなたがそれでいいのなら……」
サイゾーは頭を抱えた。マッシュはまだ課金まで行ってないし、エリーゼも一回上納してくれただけだ、経費を考えたらひどい赤字である。
「他人の不幸が美味いってのに……」
「……何か言ったか?」
「いやいや何も! ……そうだ! お二人が良かったらなんだが!」
そこでサイゾーは名案を思いついた。
「なんだ?」
「ぜひ掲示板に……いや、新しく結婚報告掲示板を作るから、そこの第一号になってくれないか?!」
「なんだって?」
「ほら、なかなか出会い掲示板って奴が理解されないだろ? あんたたちみたいに幸せになった奴が実際にいるとわかったら、みんな安心して使ってくれる」
「……なるほど、たしかに……」
マッシュは横の新妻と目を合わせた、幼妻は笑顔で頷いた。
爆発しろ。
「……そうだな、ここには世話になったからな、恩返しをさせてもらおう。色々誤解している連中も多いみたいだからな」
そう言ってマッシュが睨んだのは、先日マッシュに絡んだ酔っ払い男である。サイゾーからしたら、ほどよく課金してくれる上客なのだが……。
「その辺は色んな使い方があるって事さ」
「まぁ……そうだな。わかった。載せていいぞ」
「じゃあさっそく用紙を。……コニー! 上質紙を持ってきてくれ」
「え?! わら半紙じゃなくてですか?」
「あほう! めでたい報告にわら半紙使ってどうする! すぐ持ってこい!」
「はあああい! 今すぐ! 親方!」
「……だから親方じゃねぇっつの」
マッシュとエリーゼは渡された真っ白な用紙に、ゆっくりと記載していく。
タイトルはもちろん……
『私たち結婚することになりました!』
だった。
「はぁアホらし」
その夜サイゾーは、徹夜で結婚報告掲示板を作るのであった。
——第一章・完——
彼の名は水谷才蔵。名前の通り日本人である。
3年前にこの世界に飛ばされてから、どうにかこうにか言葉を覚え、金を貯め、商売を始めたのだ。
そして現在の彼の名はサイゾー・ミズタニ。
サイゾーが始めた商売。それは……。
出会い掲示板【ファインド・ラブ】
異世界出会い掲示板であった。
■
「え? 退会するって?」
74地区最大面積を持つ酒場兼宿屋の海が恋しいアホウドリ亭に1組の男女が訪れていた。
もちろんサイゾーは二人の顔に見覚えがあった。どちらも一週間ほど前に彼が入会受付をしたばかりだったからだ。
この商売、顔を覚えるのはかなり重要なので、サイゾーはより注意深く他人の顔をうかがう癖がついていた。だから二人の表情を見て、舌打ちしそうになった。
「それはもう、退会は自由ですから……もし良かったら理由なんて聞かせてくれねぇか?」
二人は顔を見合わせて、頬を赤らめ、男の方はだらしなく、でへへと笑った。
あー、くそ。爆発しろ。
サイゾーは内心砂糖を吐きながら、二人の言葉を待った。
「あー、実はこの度……」
もう一度顔を見合わせる二人。
「俺たち……」
「私たち……」
「「結婚することになりました!」」
酒場が一瞬で静まりかえる。
数秒続いた沈黙の後、今度はアホウドリ亭がひっくり返るほどの歓声が響き渡った。
祝賀の言葉や怨嗟の叫びが入り交じって酒場中を覆い尽くした。
会員の何割かの顔には「嘘だろ?」と浮かんでいたし、何割かの男たちには「いけるんだ、ここならいけるんだ!」と希望があふれ出していた。
「あー……退会、うん、別にそのまま放置してても大丈夫だから、会員証は記念品として大事に取っといてくれよ」
(離婚した後も使えるんだぜ?)という言葉は辛うじて飲み込んだ。
「ん? ああ、それもいいな……せっかくの想い出だ。それでいいか? エリーゼ」
「はい。あなたがそれでいいのなら……」
サイゾーは頭を抱えた。マッシュはまだ課金まで行ってないし、エリーゼも一回上納してくれただけだ、経費を考えたらひどい赤字である。
「他人の不幸が美味いってのに……」
「……何か言ったか?」
「いやいや何も! ……そうだ! お二人が良かったらなんだが!」
そこでサイゾーは名案を思いついた。
「なんだ?」
「ぜひ掲示板に……いや、新しく結婚報告掲示板を作るから、そこの第一号になってくれないか?!」
「なんだって?」
「ほら、なかなか出会い掲示板って奴が理解されないだろ? あんたたちみたいに幸せになった奴が実際にいるとわかったら、みんな安心して使ってくれる」
「……なるほど、たしかに……」
マッシュは横の新妻と目を合わせた、幼妻は笑顔で頷いた。
爆発しろ。
「……そうだな、ここには世話になったからな、恩返しをさせてもらおう。色々誤解している連中も多いみたいだからな」
そう言ってマッシュが睨んだのは、先日マッシュに絡んだ酔っ払い男である。サイゾーからしたら、ほどよく課金してくれる上客なのだが……。
「その辺は色んな使い方があるって事さ」
「まぁ……そうだな。わかった。載せていいぞ」
「じゃあさっそく用紙を。……コニー! 上質紙を持ってきてくれ」
「え?! わら半紙じゃなくてですか?」
「あほう! めでたい報告にわら半紙使ってどうする! すぐ持ってこい!」
「はあああい! 今すぐ! 親方!」
「……だから親方じゃねぇっつの」
マッシュとエリーゼは渡された真っ白な用紙に、ゆっくりと記載していく。
タイトルはもちろん……
『私たち結婚することになりました!』
だった。
「はぁアホらし」
その夜サイゾーは、徹夜で結婚報告掲示板を作るのであった。
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