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第十二章

発熱・二(三)

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 ルシアナの周りにいた者たちは、皆、過剰なほどにルシアナを気遣い、その身を案じた。
 小さなくしゃみを一つすれば大勢が駆け付け、ちょっとした擦り傷を作れば安静を言い渡される。傍には常に医者が付き、ルシアナから目を離さないよう、ただ見守るだけの使用人が昼夜問わず最低二人は傍に控えていた。
 ルシアナにとってはそれが当たり前で、それが異常であると気付いたのは、医者の許可を得て塔入りを果たした後だった。

 初めて会う姉たちはルシアナを歓迎し、ルシアナは気さくで優しい姉たちのことがすぐに大好きになった。
 だから、姉が盛大なくしゃみをしても、鍛錬で怪我を負っても、周りの者たちがたいして気にかけないことに大きな衝撃を受けた。あの優しい姉たちでさえ、互いをさほど気にかけないのだ。
 何故そんなに無関心なのだと怒りと悲しみが湧いてきて、ルシアナはただ一人、過剰なほど姉たちを心配した。
 彼女たちは決して仲が悪いわけではない。むしろ、ルシアナがたまに疎外感を感じるほどには、仲が良く、強い絆を持っていた。
 だからこそ余計に、姉たちが互いに無関心であることに強いショックを受けた。

「――けれど、あとになって気付いたのです。あれは決して無関心だったのではなく、ただ心配などのだと」

 自分だけが例外なのだと気付いたのは、塔に入って初めて倒れたときだった。
 塔は男子禁制で、女性でも入れる人間は限られている。だというのに、あのときルシアナの周りには多くの者が集まり、普段は姉たちに付いていたはずの使用人もルシアナに付けられた。
 限られた使用人をルシアナに取られる形となったが、それに姉たちが不満を漏らすことは決してなかった。むしろ、見舞いに訪れた姉たちは心底不安そうにルシアナを見つめ、夜はルシアナと共に寝ることを望んだ。
 時間を見つけては会いに来てくれて、ルシアナがゆっくり休めないからと追い出されるほどだった。

「お姉様方は、以前からわたくしの話を聞いていて、実際に倒れた姿を見てとても不安になったのだそうです。もしかしたら、このまま死んでしまうのではないか、と」

 意識が朦朧とするなか、姉の一人が『このまま死んじゃったりしないよね!?』と叫んでいたことを今でも覚えている。
 その後、無事体調は快復したが、姉たちはそれから長い間、心配そうな、気遣わしげな表情をルシアナに向け続けた。
 当時ルシアナはまだ幼かったが、自分の待遇や環境に疑問や違和感を持つには十分な出来事だった。

「わたくしが、わたくしだけが、異質だったのです。トゥルエノの王族としては、本当に……出来損ないで。トゥルエノの王族は元来体が丈夫だから、日常生活を問題なく送れるようになったのなら大丈夫だろう、とお医者様は塔入りを許可されたのに……わたくしの体は、鍛錬に耐えられるほどの丈夫さを持ち合わせていなかったのです」

 歴代の王女や姉たちがこなしてきたことを、ルシアナだけはできなかった。
 当時のルシアナは、トゥルエノ王国の王族として足りないだけでなく、もはや普通以下だった。
 塔で長い時間を過ごすうちに、次第に倒れる回数も熱を出す回数も減っていった。ここ数年は、熱を出し寝込むこともなかった。しかしそれは、ルシアナが自分の体と能力の限界を理解し、うまく付き合ってきた結果だった。
 もちろん、幼少期に比べれば体は丈夫になっただろう。数日動き回ったとしても、倒れない自信がある。けれど、それは “普通以下”から“普通”になれただけで、トゥルエノ王国の王族として欠陥があることに変わりはない。

「……だから、わたくしが悪いのです。みなさまに気を遣わせてしまう、出来損ないのわたくしが……」

 両目から溢れるものを止めるように、ルシアナは両手で顔を覆った。
 ルシアナの手は、剣を握る手とは思えないほど華奢だ。

(本当に、情けない……)

 体だけでなく、心まで弱いなんて、とルシアナは、ただ静かに嗚咽を漏らす。

「……ルシアナ」

 それまで大人しく話を聞いていたレオンハルトが、静かにルシアナの名を呼んだ。彼は優しくルシアナの体を抱き締め、手の甲にそっと口付ける。

「ルシアナ。貴女は確かに……トゥルエノの王族としては小柄かもしれない。体も……あまり丈夫ではなかったのだろう。だが、それは貴女のせいではない。貴女が罪悪感を抱くようなことではないんだ。それに、貴女はトゥルエノの王族らしく、精霊剣の使い手となっただろう? そんな貴女が、出来損ないなわけがない」

 宥めるようなレオンハルトの言葉に、ルシアナは首を大きく横に振る。

「わたくしが精霊剣の使い手になれたのは……先にベルに出会っていたからです。本来であれば……鍛錬を進めていくなかで精霊に呼びかけ、それに応えてもらうという流れなのに……わたくしは十分な鍛錬を行う前にベルに出会って――」
「だが、貴女はきちんと己の剣の腕を磨いてきたんだろう? 鍛錬は怠らなかったんだろう? 大勢の騎士がいるなか、狩猟大会で人工魔獣を討伐したのは貴女じゃないか」
「あの場にいたのがお姉様やレオンハルト様だったら、かすり傷一つ負うことなく、あの人工魔獣の首を落とせていたはずです」

 仮定の話をしだせばキリがないということは、十分理解している。自分でも、ひどく面倒くさいこと言っている自覚はあった。けれど、長い間心の奥底にしまい込んで来た「自分は出来損ないで、出来損ないの自分が悪い」という思いは、そう簡単に消えはしない。

(こんなことを言えば、気を遣わせてしまうことも、お優しいレオンハルト様が慰めてくださることもわかっていたはずなのに……)

「――では、弓は?」

 ごめんなさい、と謝ろうとした言葉は、レオンハルトの問いかけで喉奥へと引っ込んだ。

「立派な牡鹿を射貫いた貴女の矢は、本当に美しかった。放つ瞬間を見ていなくても、あの矢の軌道を見ただけで、貴女の腕が相当素晴らしいことはわかる。それに……思い出したくはないが、ジャネット・ダンヴィルの右目も貴女が射貫いたんだろう? 周りに多くの逃げ惑う人々がいたというのに、振り返った一瞬を見逃さず、狙いも外さず、見事な一矢を放ったと聞いた。貴女ほどの射手は、そうそういないだろう」
「……っ」

 レオンハルトの言葉に、止まりかけていた涙が再び溢れ出した。
 顔から両手を外したルシアナは、目を開けると真っ直ぐ自分を見つめるレオンハルトの双眸を見返した。

「弓はっ……自分の意志で始めたわけではないのです……!」

 驚きに目を見開くレオンハルトを見つめながら、「自分が悪い」という感情を抱くに至った日の出来事を、ルシアナは思い出していた。
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