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第十二章
発熱・二(二)
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ルシアナがベッドに戻り、皆が出て行くと、レオンハルトは掛け布団の上から横になり、ルシアナに並んだ。ルシアナに身を寄せ、手の甲で頬を撫でながら、彼はおずおずと口を開く。
「……俺は、過保護なのか?」
(やっぱり無自覚だったのね)
言わないほうがよかっただろうか、と思いつつ頷くと、レオンハルトは小さく息を吐いた。
「……もしかして、鬱陶しかったりしたか?」
「そのように思ったことはありませんわ」
緩く首を横に振りながら答えれば、レオンハルトの瞳に安堵が浮かんだ。しかし、それも一瞬で、彼のシアンの瞳はすぐに不安に揺れた。
「過干渉だと思ったことは? それ以外にも、不満に思ったことは何かないか?」
「過干渉だと思ったことはありません。不満も……不満は、その、今は一つだけ……」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
少々食い気味に聞いてきたレオンハルトに、ルシアナは布団に潜りながら「その」とこぼした。
「できれば……抱き締めてほしいです。……直接」
うつるようなものではないとは言え、体調を崩している自分がこんなことを願っていいのかわからない。そもそも、忙しいであろうレオンハルトがつきっきりで看病してくれていることが、十分すぎるほどありがたいことなのだ。それ以上のことを求めるのは厚かましい気がするが、今はレオンハルトの温もりが恋しかった。
(や、やっぱりこれはわがまますぎたかしら……)
反応を示さないレオンハルトに、後悔や羞恥、どうして、という思いが募っていき、顔が熱くなる。
やっぱり大丈夫、とこれ以上気持ちが昂る前に引こうとしたルシアナだったが、それより一瞬早く、レオンハルトが布団の中に入ってきた。
布団をめくり、潜っていたルシアナの顔を見たレオンハルトは、わずかに眉尻を下げる。頬を撫で、涙の滲む目尻に口付けると、優しくルシアナを抱き締めた。
「遅くなってすまない。貴女は入浴を済ませたのに、俺はまだだったから、このまま入っていいか迷った」
「お風呂は……わたくしのわがままなので。まだ夕方とも言えない時間ではありませんか」
「俺の生活の中心は貴女だ。貴女が眠るというのなら、昼間だってともに寝るし、起きていたいというのなら、深夜でも起きよう。貴女の行動に合わせるのは当然だ。……こういうのが、過保護になるのか……?」
そう問いつつ、優しく背中をさすってくれるレオンハルトに、ルシアナは目を閉じる。
レオンハルトの胸元に顔をすり寄せながら、緩く首を横に振った。
「どうでしょう……それはただ甘やかされているだけのような気もしますが……ですが、レオンハルト様。過保護かどうかというのは、どうかあまりお気になさらないでください。わたくしの周りにいる方々は……みなさま、過保護でいらっしゃいますから。それよりも……甘やかされることに慣れて、わがままで傲慢な人間になってしまうかも知れないことを危惧されたほうがよろしいですわ」
(もうすでに、レオンハルト様に甘やかされることに慣れてきてしまっているし……)
このままではいけないと叱責する理性はある。しかしそれ以上に、レオンハルトになら少しくらいいいではないかという思いのほうが強く、ルシアナはきつくレオンハルトのシャツを掴む。
(今だけ……今だけだから……。体が弱っているせいで、心まで弱くなってしまっているだけから……)
今だけは許して、と額を押し付けると、抱き締めるレオンハルトの腕に力が込められた。
「……もしかして、貴女がそうなったのは、周りに心配されすぎたせいか?」
「……どういう、ことですか……?」
顔を伏せたまま、ルシアナは小さく問う。
レオンハルトはルシアナの頭に口付けながら、静かに続けた。
「ずっと思っていた。貴女は高貴な生まれで、多くの人々に愛されている。身分を取っても、気質を取っても、人々に敬われ、傅かれる存在なのに、そうされてきたはずなのに、何故それを当たり前だと思わないのだろう、と。もっと傲慢に、無遠慮に我を通しても許される存在なのに、何故そんなにも周りを窺い、甘えることを当たり前だと思わないのだろうと思っていた」
「それ、は……」
指先が小さく震えた。
正直、そこは一番突いてほしくないところでもあった。
ルシアナの心臓は激しく脈打っていたが、それとは対照的に、紡がれるレオンハルトの声はとても落ち着いていた。
「最初は、ただそういう性格なのかもしれないと思ったが……周りに気遣われすぎて、心配されすぎて、逆に委縮してしまったのか? もし俺の言動が負担になっているなら言ってほしい。どれほど改められるかはわからないが、なるべく気を付けるようにするから」
その温かな声に、鼓動は次第に落ち着いていった。代わりに、レオンハルトの深い愛情に包み込まれているような心地になり、目頭が熱を持っていく。
心の奥底にしまい込んでいたものが、じわじわと滲んで出てくるのを感じながら、ルシアナは首を横に振る。
「負担だなんて、思ったことはありません……これまでも、周りのみなさまはただお優しくて、何も、どなたも悪くなんて……」
わずかに、声が震えた。
これ以上話しては、長年隠していた自分の一番弱い部分を晒してしまいそうだった。
ただ一人、ベルにしか伝えたことのない弱音。
自らが抱える劣等感の、根源ともなる思い。
情けなくて、他の誰にも言いたくはなかった気持ち。
(言いたく、ないのに……)
言ってしまったら、さらに気を遣わせることはわかりきっている。この弱音を吐露することは、ただの甘えであると重々承知している。
けれど、それでも、何度も甘えていいと伝えてくれたレオンハルトになら、と気付けば口を開いていた。
「どなたも……周りの方はどなたも悪くなくて……悪いのは、わたくしなのです。わたくしが、出来損ないだから……みなさまに気を遣わせて、心配をかけてしまっている、わたくしが悪いのです」
閉じた目から流れるものをそのままに、ルシアナはただ小さく背中を丸めた。
「……俺は、過保護なのか?」
(やっぱり無自覚だったのね)
言わないほうがよかっただろうか、と思いつつ頷くと、レオンハルトは小さく息を吐いた。
「……もしかして、鬱陶しかったりしたか?」
「そのように思ったことはありませんわ」
緩く首を横に振りながら答えれば、レオンハルトの瞳に安堵が浮かんだ。しかし、それも一瞬で、彼のシアンの瞳はすぐに不安に揺れた。
「過干渉だと思ったことは? それ以外にも、不満に思ったことは何かないか?」
「過干渉だと思ったことはありません。不満も……不満は、その、今は一つだけ……」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
少々食い気味に聞いてきたレオンハルトに、ルシアナは布団に潜りながら「その」とこぼした。
「できれば……抱き締めてほしいです。……直接」
うつるようなものではないとは言え、体調を崩している自分がこんなことを願っていいのかわからない。そもそも、忙しいであろうレオンハルトがつきっきりで看病してくれていることが、十分すぎるほどありがたいことなのだ。それ以上のことを求めるのは厚かましい気がするが、今はレオンハルトの温もりが恋しかった。
(や、やっぱりこれはわがまますぎたかしら……)
反応を示さないレオンハルトに、後悔や羞恥、どうして、という思いが募っていき、顔が熱くなる。
やっぱり大丈夫、とこれ以上気持ちが昂る前に引こうとしたルシアナだったが、それより一瞬早く、レオンハルトが布団の中に入ってきた。
布団をめくり、潜っていたルシアナの顔を見たレオンハルトは、わずかに眉尻を下げる。頬を撫で、涙の滲む目尻に口付けると、優しくルシアナを抱き締めた。
「遅くなってすまない。貴女は入浴を済ませたのに、俺はまだだったから、このまま入っていいか迷った」
「お風呂は……わたくしのわがままなので。まだ夕方とも言えない時間ではありませんか」
「俺の生活の中心は貴女だ。貴女が眠るというのなら、昼間だってともに寝るし、起きていたいというのなら、深夜でも起きよう。貴女の行動に合わせるのは当然だ。……こういうのが、過保護になるのか……?」
そう問いつつ、優しく背中をさすってくれるレオンハルトに、ルシアナは目を閉じる。
レオンハルトの胸元に顔をすり寄せながら、緩く首を横に振った。
「どうでしょう……それはただ甘やかされているだけのような気もしますが……ですが、レオンハルト様。過保護かどうかというのは、どうかあまりお気になさらないでください。わたくしの周りにいる方々は……みなさま、過保護でいらっしゃいますから。それよりも……甘やかされることに慣れて、わがままで傲慢な人間になってしまうかも知れないことを危惧されたほうがよろしいですわ」
(もうすでに、レオンハルト様に甘やかされることに慣れてきてしまっているし……)
このままではいけないと叱責する理性はある。しかしそれ以上に、レオンハルトになら少しくらいいいではないかという思いのほうが強く、ルシアナはきつくレオンハルトのシャツを掴む。
(今だけ……今だけだから……。体が弱っているせいで、心まで弱くなってしまっているだけから……)
今だけは許して、と額を押し付けると、抱き締めるレオンハルトの腕に力が込められた。
「……もしかして、貴女がそうなったのは、周りに心配されすぎたせいか?」
「……どういう、ことですか……?」
顔を伏せたまま、ルシアナは小さく問う。
レオンハルトはルシアナの頭に口付けながら、静かに続けた。
「ずっと思っていた。貴女は高貴な生まれで、多くの人々に愛されている。身分を取っても、気質を取っても、人々に敬われ、傅かれる存在なのに、そうされてきたはずなのに、何故それを当たり前だと思わないのだろう、と。もっと傲慢に、無遠慮に我を通しても許される存在なのに、何故そんなにも周りを窺い、甘えることを当たり前だと思わないのだろうと思っていた」
「それ、は……」
指先が小さく震えた。
正直、そこは一番突いてほしくないところでもあった。
ルシアナの心臓は激しく脈打っていたが、それとは対照的に、紡がれるレオンハルトの声はとても落ち着いていた。
「最初は、ただそういう性格なのかもしれないと思ったが……周りに気遣われすぎて、心配されすぎて、逆に委縮してしまったのか? もし俺の言動が負担になっているなら言ってほしい。どれほど改められるかはわからないが、なるべく気を付けるようにするから」
その温かな声に、鼓動は次第に落ち着いていった。代わりに、レオンハルトの深い愛情に包み込まれているような心地になり、目頭が熱を持っていく。
心の奥底にしまい込んでいたものが、じわじわと滲んで出てくるのを感じながら、ルシアナは首を横に振る。
「負担だなんて、思ったことはありません……これまでも、周りのみなさまはただお優しくて、何も、どなたも悪くなんて……」
わずかに、声が震えた。
これ以上話しては、長年隠していた自分の一番弱い部分を晒してしまいそうだった。
ただ一人、ベルにしか伝えたことのない弱音。
自らが抱える劣等感の、根源ともなる思い。
情けなくて、他の誰にも言いたくはなかった気持ち。
(言いたく、ないのに……)
言ってしまったら、さらに気を遣わせることはわかりきっている。この弱音を吐露することは、ただの甘えであると重々承知している。
けれど、それでも、何度も甘えていいと伝えてくれたレオンハルトになら、と気付けば口を開いていた。
「どなたも……周りの方はどなたも悪くなくて……悪いのは、わたくしなのです。わたくしが、出来損ないだから……みなさまに気を遣わせて、心配をかけてしまっている、わたくしが悪いのです」
閉じた目から流れるものをそのままに、ルシアナはただ小さく背中を丸めた。
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