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第十二章

いざ、領地へ

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「わあ、真っ白! すごい、懐かしいなぁ……!」

 窓の外を眺め、感動したように瞳を輝かせるヴァルに微笑を浮かべながら、ルシアナも流れていく景色を眺める。
 つい先ほどまでいた王都とはまるで違うその風景に、感嘆の息が漏れた。

(本当に白くて綺麗……木も雪が積もって、雪の葉が茂っているみた――うっ)

「……っ」
「大丈夫かルシアナ!?」

 馬車が揺れたはずみで窓に額を打ち付けてしまい、レオンハルトが慌ててルシアナを引き寄せる。心配そうに眉を寄せるレオンハルトに、ルシアナは小さく苦笑した。

「大丈夫ですわ。軽く打っただけですもの」
「まったく。いちいち大袈裟だな、レオンハルトは」

 向かいの席、ヴァルの隣に座るベルは少々呆れたように息を漏らした。それに、ヴァルが「えー!」と声を上げる。

「硬い窓にぶつかったんだよ? 赤くなってるんだよ? ベルは心配じゃないの?」
「ルシアナは騎士だぞ? 血を流しているところも骨を折ったところも見たことがある。たかだか窓に額を打ち付けたくらいで心配も何もあるわけがないだろう」
「ほ、骨を折ったことがあるのか……?」

 ベルの言葉に、レオンハルトが顔色を悪くする。額を撫でるレオンハルトの手に触れながら、ルシアナは眉尻を下げた。

「鍛錬中の怪我ですわ。鍛錬で怪我をするのは珍しいことではないでしょう?」
「ベアトリスは優しい母親だったが、王や騎士としては厳しかったからな」

 平然と話すルシアナとベルに、レオンハルトとヴァルが渋い顔をする。

「だが骨折など……」
「ベルは心配じゃないの? 愛し子が怪我するなんて――」
「言葉を慎め。それ以上はルシーへの侮辱だ」

 ベルの言葉はヴァルへと向けられたものだったが、レオンハルトもはっとしたように息を止めた。そしてすぐに「すまない」と眉尻を下げる。

「貴女が騎士としての誇りを持っていることを、きちんと知っているはずなのに……」
「レオンハルト様のお気持ちは十分に理解しておりますわ。わたくしだって、例え鍛錬と言えど、レオンハルト様がお怪我をされるのは嫌ですもの。ですから、そのように気にされる必要はありませんわ」
「……ありがとう、ルシアナ」

 レオンハルトは安堵したように息を吐くと、赤くなったルシアナの額に口付けた。

(……さすがにこの距離でキスをされるのは少々気恥ずかしいわ)

 ベルたちがいる前で口付けを受けることは初めてではない。なんなら使用人のいる前でも、レオンハルトはそうすることが当然だとでも言うように、口付けを贈ってくれる。
 ルシアナ自身、それを嫌だと思ってことはない。しかし、他の者も同乗している、馬車という狭い密室名の中で口付けを受けるのは、少々気まずいものがあった。

(ベルは幼いころから一緒にいるから、余計に恥ずかしく思うのかもしれないわ)

 そう思いつつも、抱き寄せてくれるレオンハルトから離れがたくて、ルシアナはレオンハルトに寄りかかる。

「……? ベル? どうかした?」

 ふと、視線を感じベルへ目を向ければ、ベルは眉を寄せながらルシアナを凝視していた。

「いや……ルシー、もしかして暑いか? ただぶつけたにしては額の赤みが強い気がするし、顔全体が赤くなっているような……」
「そう……?」

 顔が赤くなるほどの羞恥の感じたのだろうか、と一瞬思ったが、言われてみれば体が火照っているような気がした。

「……確かに、いつもより体温が高い気がするな」

 手袋を外して頬に触れたレオンハルトの手は、とてもひんやりとしていた。その心地よさに思わず目を細めると、小さな水の塊がルシアナの周りに浮かんだ。

「寒かったらすぐに消すけど……暑いならこうして水を出しておくよ」

 窺うようにこちらを眺めながらも、ヴァルは次々と水の塊を出してくれる。ルシアナは「ありがとう」とヴァルにお礼を言うと、ベルとレオンハルトに微笑を向けた。

「領地はとても寒いからと、いろいろと着込んだからかもしれません。馬車の中も暖かいですし、人肌もありますから」
「もしかして、離れたほうがいいか?」

 そっと体を離そうとしたレオンハルトを、ルシアナは慌てて引き止める。

「いえ……! そういうわけでは――」

 言いかけて、言葉を飲み込む。
 雪の中を静かに走っていた馬車が停まったからだ。

(……もう着いたのね)

 もう少し四人での馬車旅を楽しみたかったが、こればかりは仕方がないと居住まいを正す。
 シュネーヴェ王国は、各領地にワープゲートが設置されている。そのため、道中の移動はタウンハウスからワープゲートまでの間と、ワープゲートから城までの間という短い区間だけなのだ。
 ルシアナが残念がったのが伝わったのか、レオンハルトは頬に掠めるようなキスを贈ると、外で待つ侍従に合図を送った。
 それと同時に、ベルとヴァルは姿を消す。二人に目線で別れを告げると同時に、馬車の扉が開け放たれた。
 その瞬間、これまで感じたことがないほど冷たい空気がルシアナを包み込んだ。
 突然の冷気に体が小刻みに震えるのを感じ、ルシアナは何とかそれを抑え込もうと体に力を入れる。

(わたくしはこの土地の領主の夫人なのよ。震えてなどいられないわ)

 己を奮い立たせながら、ルシアナは腰を上げる。一瞬、くらりと目が回ったような気がしたが、ルシアナは足に力を入れ、ただ前を見つめた。
 先に降り手を差し出してくれているレオンハルトに笑みを向けながら、彼の手を取る。導かれるまま、ルシアナはステップに足を乗せた。瞬間。足の力が抜けたように、ルシアナは膝から崩れ落ちた。

「! ルシアナ!」

 瞬時に自分を抱きとめたレオンハルトを見上げながら、ルシアナは自分の体の震えが大きくなっていくのを止められなかった。

(ああ……顔が赤いって、こういうことだったの……)

 久しぶりだから気付かなかったのだろうか、とぼんやり思いながら、ルシアナは苦しげな息を漏らす。
 レオンハルトや周りの人々の慌てた声をどこか遠くに聞きながら、ルシアナはただレオンハルトに身を預けることしかできなかった。
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