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第十一章
新たな家族
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「ねぇ、ルシアナ! これは? これは何? 見たことある気がする!」
「それはヴァイオリンという楽器よ、ヴァル。こちらに嫁ぐ際にルティナお姉様……わたくしの三番目のお姉様からいただいたものなの」
ルシアナがヴァイオリンを持ち上げ説明すると、レオンハルトの精霊――ヴァルは興味深そうにヴァイオリンを眺めた。
「ヴァイオリン……楽器ってことは音が鳴るんだよね? ルシアナが鳴らすの?」
「ええ。こちらに来てからは一度も弾いていないけれど、トゥルエノにいたころはお姉様と一緒に弾いていたわ」
「へー……ねぇ、ルシアナ、よかったら――」
「おい! お前、いい加減にしろ! ルシーの荷造りが終わらないだろう!」
「いてっ」
ベルに叩かれた頭を押さえたヴァルは、むっと唇を尖らせるとルシアナの後ろに隠れた。
「必要なものはだいたい準備し終わったって言ってたもん。それに、いい加減“お前”じゃなくて“ヴァル”って呼んでよ! おれにはもう、レオンハルトが付けてくれた立派な名前があるんだから!」
「名を呼んでほしかったら改名しろと何度も言ってるだろう!」
「やだ! ベルとお揃いみたいで気に入ってるんだから!」
「私はそれが嫌だと言ってるんだ!」
すでに何度耳にしたかわからないやりとりを微笑ましく見守っていると、開け放たれた扉が軽くノックされた。扉の近くに立っている人物を見て、ルシアナはぱっと顔を輝かせる。
「レオンハルト様」
ヴァイオリンをテーブルに置き、レオンハルトに駆け寄ると、彼はそのままルシアナを抱き締め、こめかみに口付けた。
「疲れてはいないか?」
「まあ。わたくしは何も疲れるようなことはしておりませんわ」
領地へ行くための準備をしているのはみんなだから、という意味を込めてメイドたちへ目を向ければ、後ろから盛大な溜息が聞こえた。
「レオンハルトが言っているのはこいつのことだろ。何かあれば“これは何?”“あれは何?”とルシーに質問ばかりして……」
「ルシアナが聞いていいって言ったんだよ! それに、聞きたいことがあってもレオンハルトが近くにいるときは遠慮してたもん! レオンハルト、ここしばらくずっとルシアナの傍にいたし、こういうときしか時間取れないんだからしょうがないでしょ!」
ヴァルの言葉に、レオンハルトの腕の力がわずかに強まった。
「……今日は、あまり傍にいられなくてすまない」
申し訳なさそうに肩を落とすレオンハルトに、ルシアナも眉尻を下げた。
(もう十分すぎるくらい傍にいてくださったから、気に病まれる必要はないのだけれど……)
レオンハルトが目を覚ましてから五日。
あの夜にした『貴女が寝ているときも、起きているときも、傍にいると誓おう』という約束を守るように、レオンハルトはルシアナの傍を離れようとしなかった。
何かとルシアナを膝に乗せ、移動するときには抱き上げ、ルシアナが一人で行動していればすぐに見つけ抱き締める。もともと多いとは思っていたが、キスを贈られる回数も格段に増えた。
さすがに両親の前では遠慮していたようだが、彼らはフーゴと共にすでに領地に戻っている。ディートリヒたちが帰った日の翌日は、これまで我慢をしていたんだ、とでもいうように徹底的にルシアナを手放さなかった。
レオンハルトが昏睡状態に陥っている間、心細く寂しかったことは事実だ。レオンハルトが目覚めたあとも、これは夢なのではないかと不安に思った。しかし、そんな不安や寂しさは、ここ数日のレオンハルトの行動ですっかりなくなっていた。
だから無理に傍にいる必要も、傍にいられないことを気に病む必要もないのだが、傍にいられないことを残念に思っているのはレオンハルト自身であることに気付いているため、ルシアナはただ微笑を返す。
「明日にはもう出発なのですから、仕方ありませんわ。それにヴァルとお話しするのも楽しいです」
レオンハルトの腕の中で体を反転させヴァルたちを見れば、ヴァルは嬉しそうな、ベルは諦めたような表情を浮かべた。
「おれもルシアナと話すの楽しいよ!」
「ルシーは人が良すぎる……」
二人の反応にくすりと笑みを漏らせば、「そうか」と小さな声が聞こえた。
振り返りレオンハルトを見上げれば、その表情に寂しさのようなものが滲んで見えた。しかし、それでもヴァルを見つめる彼の眼差しは嬉しそうで、ルシアナもレオンハルトに体を預けながら微笑んだ。
「お伝えするのが遅くなりましたが、改めて。おめでとうございます、レオンハルト様」
「……ああ。ありがとう、ルシアナ。すべて貴女のおかげだ」
いいえ、と首を横に振ろうとしたルシアナだったが、それより早くベルが「そうだな」と頷いた。
「レオンハルトもお前もルシーに感謝しろ。ルシーがいなければこうして会えなかったかもしれないんだからな」
「もちろん感謝してるよ。おれがルシアナのこと好きなのは、レオンハルトがルシアナを大好きだからってだけじゃないんだから」
ふよふよと宙に浮かびながらレオンハルトの後ろに回ったヴァルは、首に抱き着くとそのままレオンハルトに顔をすり寄せた。
「おれの大事で大好きな愛し子とこうして触れ合えるのはルシアナのおかげだもん。だからルシアナには感謝してるよ、本当に」
至極嬉しそうに顔を綻ばせるヴァルに、レオンハルトは面映ゆそうに目を伏せた。
その様子を微笑ましく見つめたルシアナは、ベルを手招き抱き締める。
(――嬉しそうだな? ルシー)
(――ふふ、うん。家族が増えて、こうして過ごせることが嬉しいの。わたくしの家族は、帰る場所はここなのだと、そう感じられて)
(――……そうだな)
ふっと小さく笑んだベルに、ルシアナも笑みを返すと、後ろから「あー!」と大きな声が聞こえた。
「ベルとルシアナが内緒話してる!」
「お前だってレオンハルトとしてるだろう!」
ヴァルはレオンハルトから離れ、ベルもルシアナの腕をすり抜けると、再び言い合いを始める。
ベルも友だちができて嬉しいのだな、とにこにこ見守っていると、抱き締める腕に力を込めたレオンハルトが耳元に顔を寄せた。
「俺のことも構ってくれ、ルシアナ」
「……まあ。もちろんですわ」
窺うように顔を覗かせるレオンハルトに、ルシアナは幸せを噛み締めながら、満面の笑みを返した。
「それはヴァイオリンという楽器よ、ヴァル。こちらに嫁ぐ際にルティナお姉様……わたくしの三番目のお姉様からいただいたものなの」
ルシアナがヴァイオリンを持ち上げ説明すると、レオンハルトの精霊――ヴァルは興味深そうにヴァイオリンを眺めた。
「ヴァイオリン……楽器ってことは音が鳴るんだよね? ルシアナが鳴らすの?」
「ええ。こちらに来てからは一度も弾いていないけれど、トゥルエノにいたころはお姉様と一緒に弾いていたわ」
「へー……ねぇ、ルシアナ、よかったら――」
「おい! お前、いい加減にしろ! ルシーの荷造りが終わらないだろう!」
「いてっ」
ベルに叩かれた頭を押さえたヴァルは、むっと唇を尖らせるとルシアナの後ろに隠れた。
「必要なものはだいたい準備し終わったって言ってたもん。それに、いい加減“お前”じゃなくて“ヴァル”って呼んでよ! おれにはもう、レオンハルトが付けてくれた立派な名前があるんだから!」
「名を呼んでほしかったら改名しろと何度も言ってるだろう!」
「やだ! ベルとお揃いみたいで気に入ってるんだから!」
「私はそれが嫌だと言ってるんだ!」
すでに何度耳にしたかわからないやりとりを微笑ましく見守っていると、開け放たれた扉が軽くノックされた。扉の近くに立っている人物を見て、ルシアナはぱっと顔を輝かせる。
「レオンハルト様」
ヴァイオリンをテーブルに置き、レオンハルトに駆け寄ると、彼はそのままルシアナを抱き締め、こめかみに口付けた。
「疲れてはいないか?」
「まあ。わたくしは何も疲れるようなことはしておりませんわ」
領地へ行くための準備をしているのはみんなだから、という意味を込めてメイドたちへ目を向ければ、後ろから盛大な溜息が聞こえた。
「レオンハルトが言っているのはこいつのことだろ。何かあれば“これは何?”“あれは何?”とルシーに質問ばかりして……」
「ルシアナが聞いていいって言ったんだよ! それに、聞きたいことがあってもレオンハルトが近くにいるときは遠慮してたもん! レオンハルト、ここしばらくずっとルシアナの傍にいたし、こういうときしか時間取れないんだからしょうがないでしょ!」
ヴァルの言葉に、レオンハルトの腕の力がわずかに強まった。
「……今日は、あまり傍にいられなくてすまない」
申し訳なさそうに肩を落とすレオンハルトに、ルシアナも眉尻を下げた。
(もう十分すぎるくらい傍にいてくださったから、気に病まれる必要はないのだけれど……)
レオンハルトが目を覚ましてから五日。
あの夜にした『貴女が寝ているときも、起きているときも、傍にいると誓おう』という約束を守るように、レオンハルトはルシアナの傍を離れようとしなかった。
何かとルシアナを膝に乗せ、移動するときには抱き上げ、ルシアナが一人で行動していればすぐに見つけ抱き締める。もともと多いとは思っていたが、キスを贈られる回数も格段に増えた。
さすがに両親の前では遠慮していたようだが、彼らはフーゴと共にすでに領地に戻っている。ディートリヒたちが帰った日の翌日は、これまで我慢をしていたんだ、とでもいうように徹底的にルシアナを手放さなかった。
レオンハルトが昏睡状態に陥っている間、心細く寂しかったことは事実だ。レオンハルトが目覚めたあとも、これは夢なのではないかと不安に思った。しかし、そんな不安や寂しさは、ここ数日のレオンハルトの行動ですっかりなくなっていた。
だから無理に傍にいる必要も、傍にいられないことを気に病む必要もないのだが、傍にいられないことを残念に思っているのはレオンハルト自身であることに気付いているため、ルシアナはただ微笑を返す。
「明日にはもう出発なのですから、仕方ありませんわ。それにヴァルとお話しするのも楽しいです」
レオンハルトの腕の中で体を反転させヴァルたちを見れば、ヴァルは嬉しそうな、ベルは諦めたような表情を浮かべた。
「おれもルシアナと話すの楽しいよ!」
「ルシーは人が良すぎる……」
二人の反応にくすりと笑みを漏らせば、「そうか」と小さな声が聞こえた。
振り返りレオンハルトを見上げれば、その表情に寂しさのようなものが滲んで見えた。しかし、それでもヴァルを見つめる彼の眼差しは嬉しそうで、ルシアナもレオンハルトに体を預けながら微笑んだ。
「お伝えするのが遅くなりましたが、改めて。おめでとうございます、レオンハルト様」
「……ああ。ありがとう、ルシアナ。すべて貴女のおかげだ」
いいえ、と首を横に振ろうとしたルシアナだったが、それより早くベルが「そうだな」と頷いた。
「レオンハルトもお前もルシーに感謝しろ。ルシーがいなければこうして会えなかったかもしれないんだからな」
「もちろん感謝してるよ。おれがルシアナのこと好きなのは、レオンハルトがルシアナを大好きだからってだけじゃないんだから」
ふよふよと宙に浮かびながらレオンハルトの後ろに回ったヴァルは、首に抱き着くとそのままレオンハルトに顔をすり寄せた。
「おれの大事で大好きな愛し子とこうして触れ合えるのはルシアナのおかげだもん。だからルシアナには感謝してるよ、本当に」
至極嬉しそうに顔を綻ばせるヴァルに、レオンハルトは面映ゆそうに目を伏せた。
その様子を微笑ましく見つめたルシアナは、ベルを手招き抱き締める。
(――嬉しそうだな? ルシー)
(――ふふ、うん。家族が増えて、こうして過ごせることが嬉しいの。わたくしの家族は、帰る場所はここなのだと、そう感じられて)
(――……そうだな)
ふっと小さく笑んだベルに、ルシアナも笑みを返すと、後ろから「あー!」と大きな声が聞こえた。
「ベルとルシアナが内緒話してる!」
「お前だってレオンハルトとしてるだろう!」
ヴァルはレオンハルトから離れ、ベルもルシアナの腕をすり抜けると、再び言い合いを始める。
ベルも友だちができて嬉しいのだな、とにこにこ見守っていると、抱き締める腕に力を込めたレオンハルトが耳元に顔を寄せた。
「俺のことも構ってくれ、ルシアナ」
「……まあ。もちろんですわ」
窺うように顔を覗かせるレオンハルトに、ルシアナは幸せを噛み締めながら、満面の笑みを返した。
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