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第十一章
レオンハルトの精霊、のそのあと(三)
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大きなトレイに必要なものを一通り載せてルシアナの部屋へと向かっていたレオンハルトは、部屋の前に佇む人物を見て、思わず足を止めた。
「ルシアナ? どうしたんだ?」
「あ、レオ――」
「いや、すまない。その話は後だ。保温魔法がかかってはいるが廊下は冷えるだろう。早く室内に戻ろう」
「……はい」
ルシアナは視線を下げると小さく頷き、扉を開けてレオンハルトを迎え入れた。
レオンハルトは早足に暖炉前のテーブルまで行くとトレイを置き、扉まで戻ってルシアナを抱き締める。
「一人にしてすまなかった。だが、無防備な貴女の姿を他の者に晒したくなかったんだ。俺の愚かな独占欲で貴女に寂しい思いをさせてすまない」
優しく背中をさすれば、ルシアナはレオンハルトの体に顔を付けながら、緩く首を横に振った。
いつもに比べ、少々幼い行動を取るルシアナに目尻を下げながら、彼女の肩を抱いてソファの近くまで移動する。
「ホットミルクを作ろうと思うが、座って待っているか? 傍にいるか?」
「……傍にいたいです」
ルシアナは目を伏せながら、小さく呟く。ぴったりと体を寄せ、頬を淡く染めるその姿に、レオンハルトはぐっと奥歯を噛み締めた。
(……だめだ、可愛すぎる)
今すぐ腰を抱き寄せ、唇を貪りたい。
目の前のソファに押し倒し、何も考えずに彼女を味わいたい。
そんな衝動に駆られるものの、しかし、と理性がそれを押しとどめる。
(そんな蛮行、許されるはずがない)
例えルシアナが許したとしても、病み上がりの彼女に無体を働くなど、レオンハルト自身が許せない。
レオンハルトは細く息を吐き出し、自らの衝動を抑えつけると、ルシアナの手を引いて暖炉の前にしゃがんだ。
持って来た片手鍋にミルクを入れ、それを暖炉の火にかける。
空いた腕を広げれば、ルシアナは素早くレオンハルトに身を寄せ、じっと暖炉を見つめた。
「……なんだか、野営をしているような気分ですわ」
「野営の経験があるのか?」
驚きルシアナを見れば、彼女は煌めくロイヤルパープルの瞳をレオンハルトへと向けた。
「はい。訓練ですが。わたくしたちがいた塔の裏には小さな森があって、そこで定期的に野営の訓練を行うのです。獲物を仕留めたり、それを捌いて料理したり……天幕を張ることもあれば、木の葉を敷いて寝ることもありましたわ」
「……本格的だな」
「派兵された際、使い物にならないようではいけませんから」
ルシアナの瞳の中で揺らめく暖炉の火が、そのまま、彼女の騎士としての矜持を示しているようにも見えた。
(……綺麗だ)
レオンハルトを前にしたルシアナは、いつだって愛らしい女性だった。無垢で朗らかで、時に王女としての気品の高さを感じさせる、そんな女性だった。
ルシアナが騎士の一族の生まれであることも、騎士として叙任を受けていることも、精霊剣の使い手であることも承知している。しかし、ルシアナがレオンハルトの前で騎士としての気高さを見せたことは一度もなく、レオンハルトはこのとき初めて、強烈に、そして鮮明に、“ルシアナは騎士である”という事実を実感した。
「あ、レオンハルト様、煮立ってきていますわ」
「――え、ああ……」
ルシアナの呼びかけに我に返ったレオンハルトは、ふつふつと泡立ち始めた鍋に視線を戻し、それを引っ込める。ルシアナの手を引いて立ち上がると、ソファに並んで腰を下ろした。
二人分の陶器のマグにそれぞれミルクを注ぎながら、興味深そうにその様子を窺っているルシアナを横目で盗み見る。その姿に先ほどの面影はなく、今のルシアナは今まで見てきた通りのあどけない女性だった。
(……先ほどまでは貴女を組み敷きたかったのに、今は貴女に跪きたくて仕方がない)
これほどまでに自分の感情を揺さぶり、心をかき乱すのは、後にも先にもルシアナだけに違いない、と思いながら、レオンハルトは視線を手元に戻す。
「蜂蜜はどのくらい入れる?」
「少し多めがいいです」
「わかった」
片手鍋を鍋敷きの上に置くと、ハニーディッパーで蜂蜜を絡めとり、ルシアナの分のマグに垂らす。それを三度繰り返すと、マドラーでミルクをかき混ぜ、マグをルシアナに渡した。
「足りなかったら言ってくれ」
「ありがとうございます、レオンハルト様」
嬉しそうに笑んだルシアナに微笑を返すと、レオンハルトは自分のマグに目分量でウイスキーを注ぎ、胡椒とシナモンを少量振りかける。先ほどとは別のマドラーで軽くかき混ぜ、そっと口を付けた。
(久しぶりに作ったが悪くないな)
少々酒が多かったかと思ったが、それがちょうどよく美味しかった。
久しぶりに作ったにしてはいい出来だろう、と思っていると、ガウンを引かれる。
隣に視線を向ければ、ルシアナが期待の籠った目でこちらを見つめていた。
「蜂蜜か?」
ルシアナはマグを置こうとしたレオンハルトを制止すると、レオンハルトが持っているマグへ視線を落とした。
「少し飲んでみたいです。だめですか?」
「もちろん構わない。それなら、アルコールを飛ばして蜂蜜を追加しよう」
「いえ、そのままで大丈夫ですわ! その……ただ、レオンハルト様と同じものを飲んでみたいというだけですから」
少し恥ずかしそうに長い睫毛を伏せたルシアナに、再び理性が揺れる。
(くそ……さっきから俺も忙しいな)
己の本能を必死に抑え込みながら、レオンハルトは自分のマグを差し出し、ルシアナのマグを取った。
「少し酒を多く入れてしまったから、ゆっくり慎重に飲むといい」
「! ありがとうございます」
ルシアナは嬉しそうに顔を綻ばせると、マグを受け取り、ちょん、と少しだけ口を付けた。それでは飲めていないのではないかと思ったが、それを三度ほど繰り返すと、ルシアナは口を離し、ほっと息を吐いた。
「お酒が入っているホットミルクも、甘くないホットミルクも、初めて飲みました」
「口には合ったか?」
「……美味しかったですが、わたくしは甘いほうが好みのようです」
「そうか」
言いにくそうに、それでも素直に返答したルシアナに小さく笑めば、彼女はガウンの袖を掴み、レオンハルトを窺った。
「レオンハルト様は、そのホットミルクがお好きですか?」
「そうだな。自分用に作るなら基本これだ。酒やスパイスを変えたり、別に何かを追加したりするが……ホットミルクは基本的に酒入りの甘くないものを飲んでいる」
シナモンが香り、ウイスキーの風味が鼻を抜けるホットミルクに口を付けながら答えれば、ルシアナは口元を緩めながら、「そうなのですね」と頷いた。
「……あの、レオンハルト様。もっとそういうお話をお聞きしたいです。もちろん、レオンハルト様がお話されたいことが終わってからで構いませんので……」
「ああ、いや。貴女と話したかったとは言ったが、話す内容は特に決めていなかったからな。貴女が聞きたいこと話そう」
そう言って彼女の柔らかな髪を梳けば、ルシアナは嬉しそうに頬を染めた。
嬉々として話し出すルシアナを見つめながら、やはり喜んでいるルシアナを見るのが一番嬉しいな、とレオンハルトも笑みを深めた。
「ルシアナ? どうしたんだ?」
「あ、レオ――」
「いや、すまない。その話は後だ。保温魔法がかかってはいるが廊下は冷えるだろう。早く室内に戻ろう」
「……はい」
ルシアナは視線を下げると小さく頷き、扉を開けてレオンハルトを迎え入れた。
レオンハルトは早足に暖炉前のテーブルまで行くとトレイを置き、扉まで戻ってルシアナを抱き締める。
「一人にしてすまなかった。だが、無防備な貴女の姿を他の者に晒したくなかったんだ。俺の愚かな独占欲で貴女に寂しい思いをさせてすまない」
優しく背中をさすれば、ルシアナはレオンハルトの体に顔を付けながら、緩く首を横に振った。
いつもに比べ、少々幼い行動を取るルシアナに目尻を下げながら、彼女の肩を抱いてソファの近くまで移動する。
「ホットミルクを作ろうと思うが、座って待っているか? 傍にいるか?」
「……傍にいたいです」
ルシアナは目を伏せながら、小さく呟く。ぴったりと体を寄せ、頬を淡く染めるその姿に、レオンハルトはぐっと奥歯を噛み締めた。
(……だめだ、可愛すぎる)
今すぐ腰を抱き寄せ、唇を貪りたい。
目の前のソファに押し倒し、何も考えずに彼女を味わいたい。
そんな衝動に駆られるものの、しかし、と理性がそれを押しとどめる。
(そんな蛮行、許されるはずがない)
例えルシアナが許したとしても、病み上がりの彼女に無体を働くなど、レオンハルト自身が許せない。
レオンハルトは細く息を吐き出し、自らの衝動を抑えつけると、ルシアナの手を引いて暖炉の前にしゃがんだ。
持って来た片手鍋にミルクを入れ、それを暖炉の火にかける。
空いた腕を広げれば、ルシアナは素早くレオンハルトに身を寄せ、じっと暖炉を見つめた。
「……なんだか、野営をしているような気分ですわ」
「野営の経験があるのか?」
驚きルシアナを見れば、彼女は煌めくロイヤルパープルの瞳をレオンハルトへと向けた。
「はい。訓練ですが。わたくしたちがいた塔の裏には小さな森があって、そこで定期的に野営の訓練を行うのです。獲物を仕留めたり、それを捌いて料理したり……天幕を張ることもあれば、木の葉を敷いて寝ることもありましたわ」
「……本格的だな」
「派兵された際、使い物にならないようではいけませんから」
ルシアナの瞳の中で揺らめく暖炉の火が、そのまま、彼女の騎士としての矜持を示しているようにも見えた。
(……綺麗だ)
レオンハルトを前にしたルシアナは、いつだって愛らしい女性だった。無垢で朗らかで、時に王女としての気品の高さを感じさせる、そんな女性だった。
ルシアナが騎士の一族の生まれであることも、騎士として叙任を受けていることも、精霊剣の使い手であることも承知している。しかし、ルシアナがレオンハルトの前で騎士としての気高さを見せたことは一度もなく、レオンハルトはこのとき初めて、強烈に、そして鮮明に、“ルシアナは騎士である”という事実を実感した。
「あ、レオンハルト様、煮立ってきていますわ」
「――え、ああ……」
ルシアナの呼びかけに我に返ったレオンハルトは、ふつふつと泡立ち始めた鍋に視線を戻し、それを引っ込める。ルシアナの手を引いて立ち上がると、ソファに並んで腰を下ろした。
二人分の陶器のマグにそれぞれミルクを注ぎながら、興味深そうにその様子を窺っているルシアナを横目で盗み見る。その姿に先ほどの面影はなく、今のルシアナは今まで見てきた通りのあどけない女性だった。
(……先ほどまでは貴女を組み敷きたかったのに、今は貴女に跪きたくて仕方がない)
これほどまでに自分の感情を揺さぶり、心をかき乱すのは、後にも先にもルシアナだけに違いない、と思いながら、レオンハルトは視線を手元に戻す。
「蜂蜜はどのくらい入れる?」
「少し多めがいいです」
「わかった」
片手鍋を鍋敷きの上に置くと、ハニーディッパーで蜂蜜を絡めとり、ルシアナの分のマグに垂らす。それを三度繰り返すと、マドラーでミルクをかき混ぜ、マグをルシアナに渡した。
「足りなかったら言ってくれ」
「ありがとうございます、レオンハルト様」
嬉しそうに笑んだルシアナに微笑を返すと、レオンハルトは自分のマグに目分量でウイスキーを注ぎ、胡椒とシナモンを少量振りかける。先ほどとは別のマドラーで軽くかき混ぜ、そっと口を付けた。
(久しぶりに作ったが悪くないな)
少々酒が多かったかと思ったが、それがちょうどよく美味しかった。
久しぶりに作ったにしてはいい出来だろう、と思っていると、ガウンを引かれる。
隣に視線を向ければ、ルシアナが期待の籠った目でこちらを見つめていた。
「蜂蜜か?」
ルシアナはマグを置こうとしたレオンハルトを制止すると、レオンハルトが持っているマグへ視線を落とした。
「少し飲んでみたいです。だめですか?」
「もちろん構わない。それなら、アルコールを飛ばして蜂蜜を追加しよう」
「いえ、そのままで大丈夫ですわ! その……ただ、レオンハルト様と同じものを飲んでみたいというだけですから」
少し恥ずかしそうに長い睫毛を伏せたルシアナに、再び理性が揺れる。
(くそ……さっきから俺も忙しいな)
己の本能を必死に抑え込みながら、レオンハルトは自分のマグを差し出し、ルシアナのマグを取った。
「少し酒を多く入れてしまったから、ゆっくり慎重に飲むといい」
「! ありがとうございます」
ルシアナは嬉しそうに顔を綻ばせると、マグを受け取り、ちょん、と少しだけ口を付けた。それでは飲めていないのではないかと思ったが、それを三度ほど繰り返すと、ルシアナは口を離し、ほっと息を吐いた。
「お酒が入っているホットミルクも、甘くないホットミルクも、初めて飲みました」
「口には合ったか?」
「……美味しかったですが、わたくしは甘いほうが好みのようです」
「そうか」
言いにくそうに、それでも素直に返答したルシアナに小さく笑めば、彼女はガウンの袖を掴み、レオンハルトを窺った。
「レオンハルト様は、そのホットミルクがお好きですか?」
「そうだな。自分用に作るなら基本これだ。酒やスパイスを変えたり、別に何かを追加したりするが……ホットミルクは基本的に酒入りの甘くないものを飲んでいる」
シナモンが香り、ウイスキーの風味が鼻を抜けるホットミルクに口を付けながら答えれば、ルシアナは口元を緩めながら、「そうなのですね」と頷いた。
「……あの、レオンハルト様。もっとそういうお話をお聞きしたいです。もちろん、レオンハルト様がお話されたいことが終わってからで構いませんので……」
「ああ、いや。貴女と話したかったとは言ったが、話す内容は特に決めていなかったからな。貴女が聞きたいこと話そう」
そう言って彼女の柔らかな髪を梳けば、ルシアナは嬉しそうに頬を染めた。
嬉々として話し出すルシアナを見つめながら、やはり喜んでいるルシアナを見るのが一番嬉しいな、とレオンハルトも笑みを深めた。
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