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第十一章
精霊と契約者(六)
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コンスタンツェとユーディットの姿を確認したエステルは、素早くルシアナの手を放すと、三歩ほど後ろに下がった。
なくなった温もりに一抹の寂しさを感じたのも束の間、エステルがいたほうとは逆側に回り込んだコンスタンツェがルシアナの手を取った。
「気分はどう!? 痛いところは!? あ、喋らなくていいよ! ちょっとマナの流れだけ確認させてね!」
ルシアナが反応を返す隙もなくまくし立てたコンスタンツェは、その場に膝をついて目を閉じた。
(コニー様……)
魔法術師はマナを操作し、変異させることで魔法を使うことができるが、彼らは他者のマナにも干渉することができた。マナは魔力の根源であると同時に生命力でもあるため、心身に深いダメージを負った場合は、マナが正常に流れているか魔法術師に確認してもらうのが一般的だ。
しかし、精霊の加護を受けたルシアナのマナには精霊のマナが混じっているため、「マナの流れの確認」は口で言うほど簡単ではない。混じり合っているはずの二つのマナをそれぞれ別のものとしてきちんと把握し、その両方が正常に体内を巡っていることを確認しなければいけないからだ。
指先からじわじわと体内に広がっていくものを感じながら、時が止まってしまったかのように動かないコンスタンツェを静かに見つめる。
室内に静寂だけが落ちるなか、どれくらいそうしていたのか、コンスタンツェは細く長く息を吐き出すと、ゆっくり瞼を持ち上げた。
真剣味を帯びたターコイズグリーンの眼差しは、ルシアナを視界に捉えると柔らかく変化した。
「うん、マナも安定してる。もう大丈夫そうね」
それに安堵の息を漏らしたのは、エステルとユーディットだ。
コンスタンツェの後ろにいたユーディットは、枕元に座ると優しくルシアナの頬を撫でた。
「よかったわ。本当に」
(……お義母様)
もうすでに懐かしいものとなった“母”の気配と、レオンハルトによく似た温かなシアンの瞳に、目頭が熱くなる。しかし、泣いている場合ではないと自分を叱咤したルシアナは、何かを訴えるように真っ直ぐユーディットを見つめた。
思いが通じたのか、もともとわかっていたのか、彼女はわずかに眉尻を下げると微笑んだ。
「……レオンハルトの、ことよね」
「――っ」
先ほどとは違う、少し沈んだ声色に、握り潰されたように心臓が痛んだ。
(うそ――)
「大丈夫」
不安で震えたルシアナの指先をしっかり握りながら、コンスタンツェはもう一度「大丈夫」とはっきり声に出した。
「レオンハルトは無事よ。ちゃんと生きてる。だから安心して?」
柔らかく笑むコンスタンツェに、ユーディットは「ああ……」と申し訳なさそうにルシアナの頭を撫でた。
「今のは私の言い方がよくなかったわ。ごめんなさい、ルシアナさん。不安にさせたわね」
「もう! 本当よ、伯母様! ルシアナちゃんが安心するようにもっとたくさん撫でてあげて!」
ルシアナを気遣ってか、声量自体は大きくないものの、二人のやりとりは軽快だ。その様子こそが、レオンハルトが無事な証なようで、ルシアナは目を覚ましてから初めて、しっかりと息を吸い込んだ。
(……よかった)
もちろん、無事と一言で言っても、何も問題がないわけではないだろう。それでも、命があるとわかっただけで、十分だった。
ずきずきとした胸の痛みが徐々に治まっていくのを感じながら、ゆっくり深呼吸を繰り返していると、目を合わせた二人が気遣わしげにルシアナを見つめた。
「ルシアナさん。ルシアナさんが知っていたほうが安心だと言うのなら、レオンハルトの状態についてもきちんと説明するわ。けれど、それを知っても、まずは貴女自身のことを一番に気遣うと約束してくれないかしら」
「そうそう。正直、状態としてはルシアナちゃんのほうが悪いっていうか……絶対に無理はしないで、安静にするって約束して?」
魔精石にヒビが入った人間より悪い状態とはなんだろう、と考えて、自分が怪我をしていることを思い出す。
(魔法薬ならすぐに……喉は無理でも、腕の切り傷くらいなら治っていてもおかしくないのに、ずっと痛いわ。……そういえば……)
気を失ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう、と内心首を傾げる。日の高さを考えると、確実に一日は経過していそうだ。
「ルシアナちゃん? 大丈夫? 全然、休みたかったら休んでいいからね?」
思わず考え込んでしまったルシアナは、コンスタンツェの声に我に返ると、ゆっくり首を横に動かす。
「本当? 大丈夫? 無理してない?」
大丈夫、と示すように小さく笑み、瞬きをすれば、コンスタンツェはほっと息を吐いた。
「それなら、ルシアナさんが起きているうちに医者に診てもらいましょう。すぐに呼んで来るわ」
(ありがとうございます、お義母様)
小さく頷いたルシアナの頭をひと撫ですると、ユーディットは部屋を後にした。退室したユーディットを見送ったコンスタンツェは、「じゃあ」と明るく声を上げる。
「フーゴ先生が来る前にルシアナちゃんの体起こそうか。マトス夫人、手伝ってもらってもいいかしら?」
「喜んでお手伝いさせていただきます。よろしいでしょうか、ルシアナ様」
同意するように頷けば、二人は笑みを返し、慎重にルシアナの体を起こしてくれる。
(ありがとうございます、コニー様。ありがとう、エステル)
心の中で二人にお礼を伝えながら、ルシアナはふと、こういうときに真っ先に顔を出し声を掛けてくれる人物の姿を思い出す。
(……そういえば、一番初めに助けを求めなかったのは初めてかもしれないわ)
声が出せないとわかった瞬間、助けを求めるべきだった存在。
エステルが来る前、「誰か」と心の中で叫ぶ前に、最初に呼ぶべきだった名前。
(……)
いつも力強く自分を見つめていた赤い瞳が、最後に見たときには弱々しく震えていたことを思い出しながら、ルシアナはそれ以上何も考えないように、コンスタンツェとエステルの会話に耳を傾けた。
なくなった温もりに一抹の寂しさを感じたのも束の間、エステルがいたほうとは逆側に回り込んだコンスタンツェがルシアナの手を取った。
「気分はどう!? 痛いところは!? あ、喋らなくていいよ! ちょっとマナの流れだけ確認させてね!」
ルシアナが反応を返す隙もなくまくし立てたコンスタンツェは、その場に膝をついて目を閉じた。
(コニー様……)
魔法術師はマナを操作し、変異させることで魔法を使うことができるが、彼らは他者のマナにも干渉することができた。マナは魔力の根源であると同時に生命力でもあるため、心身に深いダメージを負った場合は、マナが正常に流れているか魔法術師に確認してもらうのが一般的だ。
しかし、精霊の加護を受けたルシアナのマナには精霊のマナが混じっているため、「マナの流れの確認」は口で言うほど簡単ではない。混じり合っているはずの二つのマナをそれぞれ別のものとしてきちんと把握し、その両方が正常に体内を巡っていることを確認しなければいけないからだ。
指先からじわじわと体内に広がっていくものを感じながら、時が止まってしまったかのように動かないコンスタンツェを静かに見つめる。
室内に静寂だけが落ちるなか、どれくらいそうしていたのか、コンスタンツェは細く長く息を吐き出すと、ゆっくり瞼を持ち上げた。
真剣味を帯びたターコイズグリーンの眼差しは、ルシアナを視界に捉えると柔らかく変化した。
「うん、マナも安定してる。もう大丈夫そうね」
それに安堵の息を漏らしたのは、エステルとユーディットだ。
コンスタンツェの後ろにいたユーディットは、枕元に座ると優しくルシアナの頬を撫でた。
「よかったわ。本当に」
(……お義母様)
もうすでに懐かしいものとなった“母”の気配と、レオンハルトによく似た温かなシアンの瞳に、目頭が熱くなる。しかし、泣いている場合ではないと自分を叱咤したルシアナは、何かを訴えるように真っ直ぐユーディットを見つめた。
思いが通じたのか、もともとわかっていたのか、彼女はわずかに眉尻を下げると微笑んだ。
「……レオンハルトの、ことよね」
「――っ」
先ほどとは違う、少し沈んだ声色に、握り潰されたように心臓が痛んだ。
(うそ――)
「大丈夫」
不安で震えたルシアナの指先をしっかり握りながら、コンスタンツェはもう一度「大丈夫」とはっきり声に出した。
「レオンハルトは無事よ。ちゃんと生きてる。だから安心して?」
柔らかく笑むコンスタンツェに、ユーディットは「ああ……」と申し訳なさそうにルシアナの頭を撫でた。
「今のは私の言い方がよくなかったわ。ごめんなさい、ルシアナさん。不安にさせたわね」
「もう! 本当よ、伯母様! ルシアナちゃんが安心するようにもっとたくさん撫でてあげて!」
ルシアナを気遣ってか、声量自体は大きくないものの、二人のやりとりは軽快だ。その様子こそが、レオンハルトが無事な証なようで、ルシアナは目を覚ましてから初めて、しっかりと息を吸い込んだ。
(……よかった)
もちろん、無事と一言で言っても、何も問題がないわけではないだろう。それでも、命があるとわかっただけで、十分だった。
ずきずきとした胸の痛みが徐々に治まっていくのを感じながら、ゆっくり深呼吸を繰り返していると、目を合わせた二人が気遣わしげにルシアナを見つめた。
「ルシアナさん。ルシアナさんが知っていたほうが安心だと言うのなら、レオンハルトの状態についてもきちんと説明するわ。けれど、それを知っても、まずは貴女自身のことを一番に気遣うと約束してくれないかしら」
「そうそう。正直、状態としてはルシアナちゃんのほうが悪いっていうか……絶対に無理はしないで、安静にするって約束して?」
魔精石にヒビが入った人間より悪い状態とはなんだろう、と考えて、自分が怪我をしていることを思い出す。
(魔法薬ならすぐに……喉は無理でも、腕の切り傷くらいなら治っていてもおかしくないのに、ずっと痛いわ。……そういえば……)
気を失ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう、と内心首を傾げる。日の高さを考えると、確実に一日は経過していそうだ。
「ルシアナちゃん? 大丈夫? 全然、休みたかったら休んでいいからね?」
思わず考え込んでしまったルシアナは、コンスタンツェの声に我に返ると、ゆっくり首を横に動かす。
「本当? 大丈夫? 無理してない?」
大丈夫、と示すように小さく笑み、瞬きをすれば、コンスタンツェはほっと息を吐いた。
「それなら、ルシアナさんが起きているうちに医者に診てもらいましょう。すぐに呼んで来るわ」
(ありがとうございます、お義母様)
小さく頷いたルシアナの頭をひと撫ですると、ユーディットは部屋を後にした。退室したユーディットを見送ったコンスタンツェは、「じゃあ」と明るく声を上げる。
「フーゴ先生が来る前にルシアナちゃんの体起こそうか。マトス夫人、手伝ってもらってもいいかしら?」
「喜んでお手伝いさせていただきます。よろしいでしょうか、ルシアナ様」
同意するように頷けば、二人は笑みを返し、慎重にルシアナの体を起こしてくれる。
(ありがとうございます、コニー様。ありがとう、エステル)
心の中で二人にお礼を伝えながら、ルシアナはふと、こういうときに真っ先に顔を出し声を掛けてくれる人物の姿を思い出す。
(……そういえば、一番初めに助けを求めなかったのは初めてかもしれないわ)
声が出せないとわかった瞬間、助けを求めるべきだった存在。
エステルが来る前、「誰か」と心の中で叫ぶ前に、最初に呼ぶべきだった名前。
(……)
いつも力強く自分を見つめていた赤い瞳が、最後に見たときには弱々しく震えていたことを思い出しながら、ルシアナはそれ以上何も考えないように、コンスタンツェとエステルの会話に耳を傾けた。
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