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第十一章
精霊と契約者(四)
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空気が乾燥していることを表すように、皮膚がぴりぴりと痛んだ。
唇が渇き、口の中の水分がどんどん失われていく。
草花のない場所にガーデンテーブルというのは、とここに来た当初は思ったが、今では緑も花もなくてよかったと思った。
(ベルの熱で間違いなく枯れていたわ)
今日は天気が良くてよかったと思ったが、それは間違いだったかもしれない、と熱い空気を吸い込みながら、ルシアナは考える。降り注ぐ日差しはベルの熱気を後押しするようで、先ほどまでとはまるで季節が変わってしまったかのように暑い。
しかし、空気に水気がないため、暑くても汗をかくことができず、体温がどんどん上がっていくのを感じる。
ルシアナは静かに息を吸いながら、本来の姿になったベルを真っ直ぐ見つめる。
「ベル、お願いよ。わたくしが突然触ってしまったから、この子は少しびっくりしてしまっただけなの。現に今は何ともないでしょう?」
「私に気圧されて引き籠っているだけだ。自分の契約者が苦しんでいるのにそれでも姿を現さないとはな。精霊としての誇りもないらしい」
腕の中でガタガタと震えるヴァクアルドの柄をしっかりと握りながら、ルシアナは後ろ手蹲るレオンハルトを見る。
強大な精霊の気に圧され、その体は小刻みに震えているようだった。
(……いっそのこと、ヴァクアルドを持ったまま逃げたほうが――)
「そんな精霊の矜持もない奴、消滅したほうがいいと思わないか?」
ベルの声に、はっと視線を彼女に戻せば、ベルは少し距離を空けたところで立ち止まり、片腕を上げた。
「ぐぁっ……!」
「! レオンハルト様……!」
レオンハルトが呻くのと、何かがミシリと鳴ったのは、ほぼ同時だった。
レオンハルトに寄り添うように膝をついたルシアナは、嫌な予感に背筋が寒くなるのを感じながら、音の根源であろうヴァクアルドを確認する。
「――!」
(うそ、うそ、うそ……!)
ヴァクアルドに嵌められた、澄んだ海面のように美しい青い魔精石。その中に、赤い蝶のようなマナが漂い、ミシミシと嫌な音を立てている。
「うそっ、やだっ、ベル……! 魔精石を傷付けたらレオンハルト様が――っ!」
ヴァクアルドを握った手をレオンハルトの背に当てながら、ベルを振り返る。
ベルは、何の感情も読み取れない、無機質な瞳でルシアナたちを見つめていた。
精霊が本気で怒っている。
その事実に、熱いはずの体は冷や水を浴びせられたように冷たくなり、小刻みに震えだす。
「ベル……ベル、お願い……レオンハルト様をわたくしの伴侶として認めてくれたじゃない……契約者の伴侶は、守護の対象になるのでしょう……?」
乾いた目に涙が滲み、鈍い痛みが広がっていく。心臓も速く脈打ち、強く胸を叩かれているように痛かった。
(――ベル、お願いよ、やめて……)
恐怖も苦痛も悲しみも、抱いている感情をすべてさらけ出し、ベルに語りかける。
契約者の心の機微に敏感な精霊には、そうして語りかけるほうがいいと思ったのだ。
しかし、ベルは怒りで周りが見えていないのか、その呼びかけに答えることはなく、変わらず無機質な視線を向け続けていた。
「っぁ……ッ!」
ミシミシと魔精石が軋む音が大きくなるにつれ、レオンハルトの呼吸も荒くなっていく。
ルシアナはヴァクアルドを握る手に力を込め、一度きつく目を閉じると、眉を吊り上げベルを睨み付けた。
「――契約者ルシアナ・ヴァステンブルクが、火の精霊ベルに命じます! 今すぐその行動を中止しなさい!」
そう叫び終わると同時に、喉に鋭い痛みが走り、炎を飲み込んだような熱さが喉の奥まで広がった。
「っごほ! ごほっ……!」
咳とともに吐き出された赤い液体と、口の中に広がる鉄の味に顔を顰めながらも、ルシアナはベルから視線を逸らさなかった。
ベルは、体が固まってしまったかのように微動だにしない。
しかし、無機質だった彼女の瞳が徐々に光を取り戻し、火が揺れるように瞳が光ると、ベルははっとしたように驚きの表情を浮かべた。
どうやら正気に戻ったようだと、ルシアナが短く息を吐くのと同時に、悲しみに顔を歪めたベルが口を開いた。
その瞬間。
ピシッと何かが割れる音が、乾いた空間に響いた。
ルシアナは、一瞬体を強張らせると、ベルに向けていた視線を徐々に移動させていく。次第に心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じながら、目的のものを視界に収めたルシアナは、その両目を大きく見開いた。
(……うそ)
魔精石にヒビが入っている。
それを視認するのと、胸を押さえていたレオンハルトがその場に倒れるのは、ほぼ同時だった。
「レオっ――ごほっ……!」
声を出した瞬間、切り裂かれたように喉が痛み、血が吐き出される。
ベルが正気に戻り、乾ききって熱かった空気が涼しさを取り戻したせいか、切られた右腕と、おそらく裂けているであろう喉が異様に熱かった。
だというのに、体は熱を失ったかのように冷たくなり、指一本動かすことができない。
目の前の現実が受け止めきれず、思考がまとまらない。
頭は酷く痛み、視野は狭まっていった。
(……あ、だめ)
「! ルシー!」
悲痛なベルの叫び声を最後に、ルシアナの意識はぷつりと途切れた。
唇が渇き、口の中の水分がどんどん失われていく。
草花のない場所にガーデンテーブルというのは、とここに来た当初は思ったが、今では緑も花もなくてよかったと思った。
(ベルの熱で間違いなく枯れていたわ)
今日は天気が良くてよかったと思ったが、それは間違いだったかもしれない、と熱い空気を吸い込みながら、ルシアナは考える。降り注ぐ日差しはベルの熱気を後押しするようで、先ほどまでとはまるで季節が変わってしまったかのように暑い。
しかし、空気に水気がないため、暑くても汗をかくことができず、体温がどんどん上がっていくのを感じる。
ルシアナは静かに息を吸いながら、本来の姿になったベルを真っ直ぐ見つめる。
「ベル、お願いよ。わたくしが突然触ってしまったから、この子は少しびっくりしてしまっただけなの。現に今は何ともないでしょう?」
「私に気圧されて引き籠っているだけだ。自分の契約者が苦しんでいるのにそれでも姿を現さないとはな。精霊としての誇りもないらしい」
腕の中でガタガタと震えるヴァクアルドの柄をしっかりと握りながら、ルシアナは後ろ手蹲るレオンハルトを見る。
強大な精霊の気に圧され、その体は小刻みに震えているようだった。
(……いっそのこと、ヴァクアルドを持ったまま逃げたほうが――)
「そんな精霊の矜持もない奴、消滅したほうがいいと思わないか?」
ベルの声に、はっと視線を彼女に戻せば、ベルは少し距離を空けたところで立ち止まり、片腕を上げた。
「ぐぁっ……!」
「! レオンハルト様……!」
レオンハルトが呻くのと、何かがミシリと鳴ったのは、ほぼ同時だった。
レオンハルトに寄り添うように膝をついたルシアナは、嫌な予感に背筋が寒くなるのを感じながら、音の根源であろうヴァクアルドを確認する。
「――!」
(うそ、うそ、うそ……!)
ヴァクアルドに嵌められた、澄んだ海面のように美しい青い魔精石。その中に、赤い蝶のようなマナが漂い、ミシミシと嫌な音を立てている。
「うそっ、やだっ、ベル……! 魔精石を傷付けたらレオンハルト様が――っ!」
ヴァクアルドを握った手をレオンハルトの背に当てながら、ベルを振り返る。
ベルは、何の感情も読み取れない、無機質な瞳でルシアナたちを見つめていた。
精霊が本気で怒っている。
その事実に、熱いはずの体は冷や水を浴びせられたように冷たくなり、小刻みに震えだす。
「ベル……ベル、お願い……レオンハルト様をわたくしの伴侶として認めてくれたじゃない……契約者の伴侶は、守護の対象になるのでしょう……?」
乾いた目に涙が滲み、鈍い痛みが広がっていく。心臓も速く脈打ち、強く胸を叩かれているように痛かった。
(――ベル、お願いよ、やめて……)
恐怖も苦痛も悲しみも、抱いている感情をすべてさらけ出し、ベルに語りかける。
契約者の心の機微に敏感な精霊には、そうして語りかけるほうがいいと思ったのだ。
しかし、ベルは怒りで周りが見えていないのか、その呼びかけに答えることはなく、変わらず無機質な視線を向け続けていた。
「っぁ……ッ!」
ミシミシと魔精石が軋む音が大きくなるにつれ、レオンハルトの呼吸も荒くなっていく。
ルシアナはヴァクアルドを握る手に力を込め、一度きつく目を閉じると、眉を吊り上げベルを睨み付けた。
「――契約者ルシアナ・ヴァステンブルクが、火の精霊ベルに命じます! 今すぐその行動を中止しなさい!」
そう叫び終わると同時に、喉に鋭い痛みが走り、炎を飲み込んだような熱さが喉の奥まで広がった。
「っごほ! ごほっ……!」
咳とともに吐き出された赤い液体と、口の中に広がる鉄の味に顔を顰めながらも、ルシアナはベルから視線を逸らさなかった。
ベルは、体が固まってしまったかのように微動だにしない。
しかし、無機質だった彼女の瞳が徐々に光を取り戻し、火が揺れるように瞳が光ると、ベルははっとしたように驚きの表情を浮かべた。
どうやら正気に戻ったようだと、ルシアナが短く息を吐くのと同時に、悲しみに顔を歪めたベルが口を開いた。
その瞬間。
ピシッと何かが割れる音が、乾いた空間に響いた。
ルシアナは、一瞬体を強張らせると、ベルに向けていた視線を徐々に移動させていく。次第に心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じながら、目的のものを視界に収めたルシアナは、その両目を大きく見開いた。
(……うそ)
魔精石にヒビが入っている。
それを視認するのと、胸を押さえていたレオンハルトがその場に倒れるのは、ほぼ同時だった。
「レオっ――ごほっ……!」
声を出した瞬間、切り裂かれたように喉が痛み、血が吐き出される。
ベルが正気に戻り、乾ききって熱かった空気が涼しさを取り戻したせいか、切られた右腕と、おそらく裂けているであろう喉が異様に熱かった。
だというのに、体は熱を失ったかのように冷たくなり、指一本動かすことができない。
目の前の現実が受け止めきれず、思考がまとまらない。
頭は酷く痛み、視野は狭まっていった。
(……あ、だめ)
「! ルシー!」
悲痛なベルの叫び声を最後に、ルシアナの意識はぷつりと途切れた。
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