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第十一章
精霊具というもの(一)
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「精霊剣を覚醒させたい?」
向かい側に座り、神妙な面持ちで頷くレオンハルトに、ルシアナは一瞬視線を逸らす。しかしすぐにレオンハルトへ視線を戻すと、微笑を浮かべた。
「どこまでお役に立てるかはわかりませんが、わたくしでよければ喜んでお手伝いいたしますわ」
「ありがとう、ルシアナ」
どこかほっとしたように息を吐いたレオンハルトは、傍に立て掛けていた黒い剣に目を向ける。その瞳はいつもより煌めいて見え、ルシアナはふっと目尻を下げた。
(いつかわたくしから、と思っていたけれど、まさかレオンハルト様のほうから話を持ちかけられるなんて……)
湯気の立つカップに口を付けながら、ルシアナは本当に小さく、短い溜息をこぼした。
(精霊に関することは慎重に行わなければいけないから、正直とても助かったわ)
精霊は世界の絶対的上位者であり、一つ対応を誤れば取り返しのつかない大惨事になりかねない。特に“覚醒”は精霊にとってとても繊細な問題で、他人がおいそれと触れていいことでもないため、契約者であるレオンハルトから相談してくれたのはありがたいことだった。
(とはいえ、どこまでお力になれるのか、わたくしにもわからないけれど)
もう一度紅茶に口を付け、何から話そうか悩んでいると、レオンハルトが先に口を開いた。
「シュネーヴェはもちろん……ルドルティにも精霊の加護を受けた者はいない」
静かに聞こえた声に、ルシアナは、はっと視線を上げ、自身の剣を見続けているレオンハルトを見る。レオンハルトは青い魔精石が輝く自身の剣を見つめたまま、淡々と言葉を続けた。
「俺が精霊剣の使い手になったのも、使い手になったことを知ったのも戦時中だ。休戦期間に文献を読む機会はあったが、自分が精霊剣の使い手として正常なのか不足があるのか、そんなことを気にかける時間はなかった。だから……」
そこで一度言葉を区切ると、レオンハルトは息を吐きながらルシアナへ視線を戻した。
「精霊剣――いや、精霊具の覚醒が、精霊具へと変化したことを指すわけではない、という事実に気付くのが遅くなった」
ルシアナは持っていたカップをソーサーに戻すと、小さく頷いた。
精霊剣や精霊弓は総じて精霊具とも呼ばれるが、それらは何も特別な素材を使って作られたというわけではなく、特別な職人のみが作り出せるというものでもない。
量産されたものはその限りではないが、どのような人物でも、どこの工房でも、武器や防具には魔石を嵌めるのが一般的で、後々に精霊具となるものも、もともとはそう言った、“魔石が嵌められた一般的な道具”の一つに過ぎなかった。
そんな一般的な道具が何故精霊具などという大層なものになるのかというと、単純に、嵌められた魔石に精霊が宿ることがあるからだ。
精霊が宿った魔石は魔精石と呼ばれ、魔精石が嵌められた道具は、その威力や性能がより優れたものへと変化する。
(だから、精霊具へ変化したことを“覚醒”だと思ってしまう方もいるのよね)
「レオンハルト様もすでにご承知の通り、精霊剣を含めた“精霊具の覚醒”というのは、宿った精霊自体の覚醒のことを指します。もちろん未覚醒の状態でも、わたくしたちにとっては、精霊の力は偉大で、強大なものですが」
レオンハルトは同意するように「ああ」と頷くと、剣を手に取り膝の上に置いた。
「ヴァクアルドが精霊剣になってから初めて敵に対峙したときは驚いた。剣先まで自分の体の一部のようで、まるで羽根を振るっているようで……感覚が研ぎ澄まされるとはこういうことなのかと思った」
「精霊が魔石に宿るというのは、精霊の加護を受けるということでもありますから。世界が変わって見えても、それは決して大げさな表現ではありませんわ」
「……だが、それでも俺の精霊は覚醒していないんだろう?」
「――っ」
ドッと心臓が大きな音を立て、一瞬息が止まった。気を抜けば震えだしてしまいそうなのを必死に堪えながら、ルシアナは微笑を湛え続ける。
(……以前、レオンハルト様から溢れている精霊の気が強すぎて、妖精さんたちは委縮して意図的に姿を消している、とベルに言われたけれど……これは確かに、姿を消したくなるかもしれないわ)
レオンハルトが撫でる魔精石から、これまで感じたことがないほどの精霊の気が溢れ出ていた。空気自体に重みがあるような、押し潰されているような、圧迫されているような、そんな心地になっていると、脳内に盛大な溜息が響き渡る。
(――ったく、言葉遣いから教えてやれ、ルシー)
(――……まあ、ベル。レオンハルト様と二人きりのときは、いつもどこか遠くに消えているのに、今日は珍しいわね)
(――契約者が番といるときは邪魔をしない、っていうのが私たちの中の暗黙の決まりだからな。――って、そんなことはどうでもいい。未覚醒のくせに主張が強いそいつを落ち着かせるよう、レオンハルトに言ってくれ。これ以上ルシーを苦しめるなら、私も黙ってないぞ)
(……!)
それはいけない、とルシアナは深く息を吸い込み、気丈に声を掛ける。
「……レオンハルト様。覚醒は、精霊にとってとても繊細で、重要な問題ですわ。ですから、焦らないことが何よりも大事なのです。わたくしたちが思っている以上に……精霊は覚醒することを重視していますから」
「……そうだな。だが、俺に何が足りないのか、俺の何がいけないのかがわからなくて……もどかしく思う。この素晴らしい剣に、精霊という素晴らしい存在に、相応しくありたいのに」
(うっ……)
先ほどより強くなった精霊の気に息が詰まる。見えない壁に体を潰され、喉を絞められているような感覚になりながら、ルシアナは何とか思考を巡らせる。
(――……ルシーが止められないなら――)
(――待って! 待って、ベル……大丈夫だから)
ルシアナはテーブルに手をついて立ち上がると、背筋を伸ばし、にっこりと笑みを向けた。
「レオンハルト様、一緒にお庭を散歩しませんか?」
向かい側に座り、神妙な面持ちで頷くレオンハルトに、ルシアナは一瞬視線を逸らす。しかしすぐにレオンハルトへ視線を戻すと、微笑を浮かべた。
「どこまでお役に立てるかはわかりませんが、わたくしでよければ喜んでお手伝いいたしますわ」
「ありがとう、ルシアナ」
どこかほっとしたように息を吐いたレオンハルトは、傍に立て掛けていた黒い剣に目を向ける。その瞳はいつもより煌めいて見え、ルシアナはふっと目尻を下げた。
(いつかわたくしから、と思っていたけれど、まさかレオンハルト様のほうから話を持ちかけられるなんて……)
湯気の立つカップに口を付けながら、ルシアナは本当に小さく、短い溜息をこぼした。
(精霊に関することは慎重に行わなければいけないから、正直とても助かったわ)
精霊は世界の絶対的上位者であり、一つ対応を誤れば取り返しのつかない大惨事になりかねない。特に“覚醒”は精霊にとってとても繊細な問題で、他人がおいそれと触れていいことでもないため、契約者であるレオンハルトから相談してくれたのはありがたいことだった。
(とはいえ、どこまでお力になれるのか、わたくしにもわからないけれど)
もう一度紅茶に口を付け、何から話そうか悩んでいると、レオンハルトが先に口を開いた。
「シュネーヴェはもちろん……ルドルティにも精霊の加護を受けた者はいない」
静かに聞こえた声に、ルシアナは、はっと視線を上げ、自身の剣を見続けているレオンハルトを見る。レオンハルトは青い魔精石が輝く自身の剣を見つめたまま、淡々と言葉を続けた。
「俺が精霊剣の使い手になったのも、使い手になったことを知ったのも戦時中だ。休戦期間に文献を読む機会はあったが、自分が精霊剣の使い手として正常なのか不足があるのか、そんなことを気にかける時間はなかった。だから……」
そこで一度言葉を区切ると、レオンハルトは息を吐きながらルシアナへ視線を戻した。
「精霊剣――いや、精霊具の覚醒が、精霊具へと変化したことを指すわけではない、という事実に気付くのが遅くなった」
ルシアナは持っていたカップをソーサーに戻すと、小さく頷いた。
精霊剣や精霊弓は総じて精霊具とも呼ばれるが、それらは何も特別な素材を使って作られたというわけではなく、特別な職人のみが作り出せるというものでもない。
量産されたものはその限りではないが、どのような人物でも、どこの工房でも、武器や防具には魔石を嵌めるのが一般的で、後々に精霊具となるものも、もともとはそう言った、“魔石が嵌められた一般的な道具”の一つに過ぎなかった。
そんな一般的な道具が何故精霊具などという大層なものになるのかというと、単純に、嵌められた魔石に精霊が宿ることがあるからだ。
精霊が宿った魔石は魔精石と呼ばれ、魔精石が嵌められた道具は、その威力や性能がより優れたものへと変化する。
(だから、精霊具へ変化したことを“覚醒”だと思ってしまう方もいるのよね)
「レオンハルト様もすでにご承知の通り、精霊剣を含めた“精霊具の覚醒”というのは、宿った精霊自体の覚醒のことを指します。もちろん未覚醒の状態でも、わたくしたちにとっては、精霊の力は偉大で、強大なものですが」
レオンハルトは同意するように「ああ」と頷くと、剣を手に取り膝の上に置いた。
「ヴァクアルドが精霊剣になってから初めて敵に対峙したときは驚いた。剣先まで自分の体の一部のようで、まるで羽根を振るっているようで……感覚が研ぎ澄まされるとはこういうことなのかと思った」
「精霊が魔石に宿るというのは、精霊の加護を受けるということでもありますから。世界が変わって見えても、それは決して大げさな表現ではありませんわ」
「……だが、それでも俺の精霊は覚醒していないんだろう?」
「――っ」
ドッと心臓が大きな音を立て、一瞬息が止まった。気を抜けば震えだしてしまいそうなのを必死に堪えながら、ルシアナは微笑を湛え続ける。
(……以前、レオンハルト様から溢れている精霊の気が強すぎて、妖精さんたちは委縮して意図的に姿を消している、とベルに言われたけれど……これは確かに、姿を消したくなるかもしれないわ)
レオンハルトが撫でる魔精石から、これまで感じたことがないほどの精霊の気が溢れ出ていた。空気自体に重みがあるような、押し潰されているような、圧迫されているような、そんな心地になっていると、脳内に盛大な溜息が響き渡る。
(――ったく、言葉遣いから教えてやれ、ルシー)
(――……まあ、ベル。レオンハルト様と二人きりのときは、いつもどこか遠くに消えているのに、今日は珍しいわね)
(――契約者が番といるときは邪魔をしない、っていうのが私たちの中の暗黙の決まりだからな。――って、そんなことはどうでもいい。未覚醒のくせに主張が強いそいつを落ち着かせるよう、レオンハルトに言ってくれ。これ以上ルシーを苦しめるなら、私も黙ってないぞ)
(……!)
それはいけない、とルシアナは深く息を吸い込み、気丈に声を掛ける。
「……レオンハルト様。覚醒は、精霊にとってとても繊細で、重要な問題ですわ。ですから、焦らないことが何よりも大事なのです。わたくしたちが思っている以上に……精霊は覚醒することを重視していますから」
「……そうだな。だが、俺に何が足りないのか、俺の何がいけないのかがわからなくて……もどかしく思う。この素晴らしい剣に、精霊という素晴らしい存在に、相応しくありたいのに」
(うっ……)
先ほどより強くなった精霊の気に息が詰まる。見えない壁に体を潰され、喉を絞められているような感覚になりながら、ルシアナは何とか思考を巡らせる。
(――……ルシーが止められないなら――)
(――待って! 待って、ベル……大丈夫だから)
ルシアナはテーブルに手をついて立ち上がると、背筋を伸ばし、にっこりと笑みを向けた。
「レオンハルト様、一緒にお庭を散歩しませんか?」
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