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第十章
改築(一)
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「うーん、これは……何にもないどころの話ではないわね……」
ただ区切られた空間があるだけの三階を見て回りながら、コンスタンツェはどこか呆れたように肩を竦めた。
「この邸を建てるとき、兄様があれこれ口出ししたらしいんだけど、本当にただそれに従っただけっていうのがひしひしと伝わって来るわ。まぁ、レオンハルトは物欲がないし、自分のことは自分でやるほうが好きだし、物も人も特に必要としてないから、本来こんな大きなタウンハウスはいらなかったんでしょうけど、それにしてもこれはないわね」
盛大な溜息とともにそう漏らすコンスタンツェの声を聞きながら、ルシアナはただ笑みを返す。
(一階のサロンも、わたくしが手を入れるまではただあるだけだったものね)
あれは、レオンハルトにとってサロンは必要のないものだからだと思っていたが、そもそもこの大きな邸自体、彼には必要ないのだろう。
『生活するうえで必要最低限のものが揃っていれば、それ以外は嗜好品と大差ないと思っている』
『雨や雪をしのげて火種があれば、洞窟だろうが地中だろうが別にいい。どこでも寝られるし、食糧は自分で採って来られるし、体は川で清めればいいからな』
以前彼に言われたことを思い出しながら小さく笑みを漏らすと、前を歩いていたコンスタンツェが突然振り返った。そのことに驚いたものの、ルシアナは手本のような笑みを崩さず足を止める。
小首を傾げれば、コンスタンツェは「ごめんね!」と声を上げた。
「さっき、冗談でもレオンハルトを誘うようなことしてごめんなさい! 実際に付き合わせるようなことしないから安心して! あと本当に何の気もないから!」
「まあ……そのように謝罪されなくても大丈夫ですわ。理解しておりますから」
コンスタンツェの勢いに気圧されつつ、ルシアナはにこりと笑みを返す。
あのやりとりに驚きはしたが、幼馴染同士の軽口だと思えば特別気にかけるようなことでもない。
本当に気にしなくていい、という思いを込め、目尻を下げれば、コンスタンツェは目を瞬かせたのち、うずうずしたように体を揺らした。
「ルシアナちゃん……抱き締めてもいい……?」
え、と驚いている間に、両手を広げたコンスタンツェが近付いてくる。
(……まぁ、嫌ではないし)
別にいいか、と頷こうとしたところで、肩を引かれ、後ろから抱き締められる。
もうすでに馴染み深い力強い腕の感触に、ルシアナの胸がわずかに高鳴った。
「だめだ。触れるな」
少しばかり不機嫌さが混じった静かな声に、ルシアナはレオンハルトを見上げる。彼は一度ルシアナへ目を向け小さく笑ったものの、すぐに笑みを消し、コンスタンツェを見た。
「まったく……ルシアナに対しても接近禁止令を出すぞ」
「えーっ、ヘレナちゃんだけじゃなく!? ひどい! 私、子どものころから姉妹が欲しかったのに!」
コンスタンツェは不満そうに唇を尖らせたものの、諦めたように腕を組んだ。
「もう。仕方ないわね。……ところで、セザールは? もう魔法石の話は終わったの?」
「もともと魔法石についてはそれほど話がなかったんだ。今は俺の寝室にある魔法石を確認してもらってる」
「あら、そうだったの。じゃあ、私一人でも別によかったわね」
一人頷いたコンスタンツェは、「まぁ、いいわ」とルシアナへ視線を向ける。
「そこの引っ付き虫は放っておいて、こっちも進めちゃいましょう。寝室は東側がよかったのよね?」
「あ、はい」
三階へ向かう途中、どこを主寝室にしたいかと質問され、建物の東側がいいと要望を伝えていた。何かこだわりがあったわけではなく、今レオンハルトが使っている寝室が東側にあるから、というそれだけの理由だ。
コンスタンツェは、満面の笑みを浮かべながら「わかったわ」と頷くと、邸の東側へと移動する。
レオンハルトに肩を抱かれながら、ルシアナもその後ろをついて行った。
「レオンハルトから、共用の寝室、その両脇にそれぞれの私室、さらにその隣に浴室を、って言われてたけど、ルシアナちゃんもそれで大丈夫?」
「はい。問題ありませんわ」
「わかった。じゃあ、そういう風に間取りを変えようか」
コンスタンツェは壁に手をつくと、一つ深呼吸をする。するとすぐに鈍い音が響き、扉の数や柱の位置が変わっていった。
(すごい……)
間取りを変えることがどれほど大変なのかはわからないが、これほど大規模な魔法を使うには、相当量のマナと繊細なコントロールが必要なのではないだろうか。そもそも建築についての知識がなければ、間取りの変更も難しい気がする。
(王女殿下は素晴らしい魔法術師なのね)
魔法術師が魔法を使う姿をこれほど間近で見たのは初めてということもあり、自然とその姿に見惚れてしまう。ほうっと息を漏らすと、彼女は壁から手を離し振り返った。
「じゃあ、次は室内見て見よっか!」
明るく笑うコンスタンツェに、ルシアナも自然な笑みを返していた。
ただ区切られた空間があるだけの三階を見て回りながら、コンスタンツェはどこか呆れたように肩を竦めた。
「この邸を建てるとき、兄様があれこれ口出ししたらしいんだけど、本当にただそれに従っただけっていうのがひしひしと伝わって来るわ。まぁ、レオンハルトは物欲がないし、自分のことは自分でやるほうが好きだし、物も人も特に必要としてないから、本来こんな大きなタウンハウスはいらなかったんでしょうけど、それにしてもこれはないわね」
盛大な溜息とともにそう漏らすコンスタンツェの声を聞きながら、ルシアナはただ笑みを返す。
(一階のサロンも、わたくしが手を入れるまではただあるだけだったものね)
あれは、レオンハルトにとってサロンは必要のないものだからだと思っていたが、そもそもこの大きな邸自体、彼には必要ないのだろう。
『生活するうえで必要最低限のものが揃っていれば、それ以外は嗜好品と大差ないと思っている』
『雨や雪をしのげて火種があれば、洞窟だろうが地中だろうが別にいい。どこでも寝られるし、食糧は自分で採って来られるし、体は川で清めればいいからな』
以前彼に言われたことを思い出しながら小さく笑みを漏らすと、前を歩いていたコンスタンツェが突然振り返った。そのことに驚いたものの、ルシアナは手本のような笑みを崩さず足を止める。
小首を傾げれば、コンスタンツェは「ごめんね!」と声を上げた。
「さっき、冗談でもレオンハルトを誘うようなことしてごめんなさい! 実際に付き合わせるようなことしないから安心して! あと本当に何の気もないから!」
「まあ……そのように謝罪されなくても大丈夫ですわ。理解しておりますから」
コンスタンツェの勢いに気圧されつつ、ルシアナはにこりと笑みを返す。
あのやりとりに驚きはしたが、幼馴染同士の軽口だと思えば特別気にかけるようなことでもない。
本当に気にしなくていい、という思いを込め、目尻を下げれば、コンスタンツェは目を瞬かせたのち、うずうずしたように体を揺らした。
「ルシアナちゃん……抱き締めてもいい……?」
え、と驚いている間に、両手を広げたコンスタンツェが近付いてくる。
(……まぁ、嫌ではないし)
別にいいか、と頷こうとしたところで、肩を引かれ、後ろから抱き締められる。
もうすでに馴染み深い力強い腕の感触に、ルシアナの胸がわずかに高鳴った。
「だめだ。触れるな」
少しばかり不機嫌さが混じった静かな声に、ルシアナはレオンハルトを見上げる。彼は一度ルシアナへ目を向け小さく笑ったものの、すぐに笑みを消し、コンスタンツェを見た。
「まったく……ルシアナに対しても接近禁止令を出すぞ」
「えーっ、ヘレナちゃんだけじゃなく!? ひどい! 私、子どものころから姉妹が欲しかったのに!」
コンスタンツェは不満そうに唇を尖らせたものの、諦めたように腕を組んだ。
「もう。仕方ないわね。……ところで、セザールは? もう魔法石の話は終わったの?」
「もともと魔法石についてはそれほど話がなかったんだ。今は俺の寝室にある魔法石を確認してもらってる」
「あら、そうだったの。じゃあ、私一人でも別によかったわね」
一人頷いたコンスタンツェは、「まぁ、いいわ」とルシアナへ視線を向ける。
「そこの引っ付き虫は放っておいて、こっちも進めちゃいましょう。寝室は東側がよかったのよね?」
「あ、はい」
三階へ向かう途中、どこを主寝室にしたいかと質問され、建物の東側がいいと要望を伝えていた。何かこだわりがあったわけではなく、今レオンハルトが使っている寝室が東側にあるから、というそれだけの理由だ。
コンスタンツェは、満面の笑みを浮かべながら「わかったわ」と頷くと、邸の東側へと移動する。
レオンハルトに肩を抱かれながら、ルシアナもその後ろをついて行った。
「レオンハルトから、共用の寝室、その両脇にそれぞれの私室、さらにその隣に浴室を、って言われてたけど、ルシアナちゃんもそれで大丈夫?」
「はい。問題ありませんわ」
「わかった。じゃあ、そういう風に間取りを変えようか」
コンスタンツェは壁に手をつくと、一つ深呼吸をする。するとすぐに鈍い音が響き、扉の数や柱の位置が変わっていった。
(すごい……)
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(王女殿下は素晴らしい魔法術師なのね)
魔法術師が魔法を使う姿をこれほど間近で見たのは初めてということもあり、自然とその姿に見惚れてしまう。ほうっと息を漏らすと、彼女は壁から手を離し振り返った。
「じゃあ、次は室内見て見よっか!」
明るく笑うコンスタンツェに、ルシアナも自然な笑みを返していた。
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