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第十章
魔法術師コンスタンツェ・リリー・ヴォルケンシュタイン
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“三階を開放する”という宣言から数日。
シルバキエ公爵邸に二人の魔法術師が訪ねて来た。
魔法術師と私的に会うのはこれが初めてだな、とぼんやり考えていたルシアナは、出迎えのため一緒にホールへとやって来たレオンハルトの呟きに、一瞬思考を停止する。
「コンスタンツェか?」
(……“コンスタンツェ”……?)
レオンハルトが女性の名前を呼び捨てにするのは珍しい。
これまで自分とテレーゼ以外では聞いたことがない。
内心驚きながらレオンハルトを窺っていると、彼は入り口に立つ二人の人物の内、ウェーブがかったライムイエローの髪を持つ女性に近付いた。
「確かに魔法術師を呼んだが、まさかお前が来るとはな。コンスタンツェ」
「貴方から要請があると聞いたから来たのよ、レオンハルト。それに、噂のお嫁さんにも会いたかったし!」
コンスタンツェと呼ばれた女性は、ターコイズグリーンの瞳を細めて笑うと、レオンハルトの後ろに控えるルシアナへ目を向けた。
「こんにちは、会えて嬉しいわ! ねえ、ルシアナちゃんって呼んでいい?」
(……あっ!)
無邪気なその笑みにとある人物が重なったルシアナは、すぐに優雅なカーテシーを見せた。
「コンスタンツェ王女殿下にご挨拶申し上げます。ルシアナ・ヴァステンブルクと申します。王女殿下に拝謁叶いましたこと、光栄に存じます」
「えー!? いい、いい! そんなに堅苦しくしないで!」
コンスタンツェは慌てたように両手を振ると、レオンハルトを避けてルシアナに近付き、その両手を握った。
「私、十五年位前からブルタにいて、正直向こうのほうが故郷っていうか、自分が王女だってこともほとんど忘れてるっていうか、とにかくそんなかしこまられると逆に困っちゃうわ! ルドルティの人以外、私の存在はただの噂だと思ってる節もあるし、私も今更堅苦しい王女なんてやってられないというか、興味もないし! だから、そんな風に――って、れっきとした王女様だったルシアナちゃんに言うことじゃないわね!? ごめんなさい! ところで――」
「やめろ、コンスタンツェ。どうしてお前たち兄妹は他人との距離が近いうえに話しが長いんだ」
コンスタンツェの手首を掴み、ルシアナから引き剥がしたレオンハルトは、ルシアナを背に隠すと深く息を吐き出した。
そんなレオンハルトにコンスタンツェも溜息をつくと肩を竦める。
「あら、嫌だわ。テオ兄様と私を一緒くたにするなんて。相変わらず女心がわからないのね、レオン兄様ったら」
「お前たちが似ているのは否応もない事実だろう」
何やら言い争う二人の声を聞きながら、ルシアナは微笑を湛え続ける。顔に笑みを浮かべつつ、内心では気が動転していた。
(レ、レオンとおっしゃったかしら……!? レオンハルト様が愛称で呼ばれているのを初めてお聞きしたわ……!)
テオバルドの三つ下だという王女、コンスタンツェ・リリー・ヴォルケンシュタイン。
その名はシュネーヴェ王国に来る前、トゥルエノ王国ですでに聞き及んでいた。
幼少期から魔法術師協会のあるブルタ連合共和国に身を寄せており、半ば王籍を離れた状態であること。ブルタ連合共和国に身を寄せて以降の行動は把握できておらず、シュネーヴェ王国での彼女の立場については不明確であること。
(それから……レオンハルト様の伴侶として、血筋も能力も最も釣り合っている女性だと……アレックスお姉様はおっしゃっていたわ)
シュネーヴェ王国に来てからコンスタンツェの名前を聞いたことはなく、シュネーヴェ王国内ではブロムベルク公爵令嬢がレオンハルトの妻の最有力候補だと言われていたことを知り、ルシアナも特に尋ねるようなことはしなかった。
あのテオバルドでさえ話題に出さないのだから、部外者の自分が詮索するようなことはやめよう、と心に決め月日が過ぎていったが、まさかこんな風に突然会うことになるとは思ってもみなかった。
「だいたい貴方は私にあれこれ頼んでるんだから、私にも要求をのんでもらう権利くらいあるわ」
「俺だけで完結できるならいい。彼女を巻き込むな」
「あら。じゃあ、一日私に付き合いなさいと言ったらレオンハルトは一日私に付き合うの?」
「それが望みなら別に構わない」
(!? わたくしは構いますわ!?)
心の内が外に表れないよう、笑みを崩さず二人の会話を聞いていると、重く深い溜息が聞こえてきた。
「貴方って本当に女心がわからないのね」
「は……?」
コンスタンツェはもう一度溜息をつくと、素早くルシアナの後ろに回り、そのままルシアナを抱き締めた。
「ごめんなさい、ルシアナちゃん。私は、結婚して愛する妻がいるのに他の女の誘いに二つ返事で応じるような男、毛ほども興味ないから安心してね」
「――なっ、違っ……!」
「そう言えば紹介が遅れたわね。彼はセザール。魔法石のことは彼に相談するといいわ」
コンスタンツェの言葉に、にこにこと笑みを浮かべながら話を聞いていたもう一人の魔法術師が頭を下げる。レオンハルトが一瞬、そちらへ視線を向けた隙に、コンスタンツェはルシアナの肩を抱いて邸宅内に歩みを進めた。
「部屋はルシアナちゃんの好みにしていいんでしょう? ばっちり要望聞いておくから、そっちはそっちで話詰めておいてね。セザールはとっても優秀な魔法術師だから、何でも任せて大丈夫よ!」
「おい、待て……!」
どんどん中へ進んで行くコンスタンツェに押されながら、ちらりと後ろを窺えば、顔色を失くしこちらを眺めているレオンハルトが見えた。
わずかに足を動かし、こちらへ来ようかという素振りを見せるものの、セザールと呼ばれた魔法術師のことを気遣ってか、彼は結局その場に踏みとどまった。
レオンハルトへ向けていた視線をそのままコンスタンツェに向ければ、愉しそうなターコイズグリーンの瞳と目が合う。
「ふふ、ごめんなさい。レオンハルトがあんな風に感情的になる姿が珍しくて、ついからかいすぎちゃったわ。お詫びと言っては何だけど、できる限り希望は取り入れるから何でも言ってね」
明るく笑いながらウィンクするコンスタンツェに、ルシアナは口の端を上げ、にこりと笑みを返す。
(疑いようもなく、王太子殿下の妹君だわ)
初めてテオバルドに会ったときも嵐のようだと思ったな、と当時のことを思い返しながら、ルシアナは大人しくコンスタンツェに身を任せることを決意した。
シルバキエ公爵邸に二人の魔法術師が訪ねて来た。
魔法術師と私的に会うのはこれが初めてだな、とぼんやり考えていたルシアナは、出迎えのため一緒にホールへとやって来たレオンハルトの呟きに、一瞬思考を停止する。
「コンスタンツェか?」
(……“コンスタンツェ”……?)
レオンハルトが女性の名前を呼び捨てにするのは珍しい。
これまで自分とテレーゼ以外では聞いたことがない。
内心驚きながらレオンハルトを窺っていると、彼は入り口に立つ二人の人物の内、ウェーブがかったライムイエローの髪を持つ女性に近付いた。
「確かに魔法術師を呼んだが、まさかお前が来るとはな。コンスタンツェ」
「貴方から要請があると聞いたから来たのよ、レオンハルト。それに、噂のお嫁さんにも会いたかったし!」
コンスタンツェと呼ばれた女性は、ターコイズグリーンの瞳を細めて笑うと、レオンハルトの後ろに控えるルシアナへ目を向けた。
「こんにちは、会えて嬉しいわ! ねえ、ルシアナちゃんって呼んでいい?」
(……あっ!)
無邪気なその笑みにとある人物が重なったルシアナは、すぐに優雅なカーテシーを見せた。
「コンスタンツェ王女殿下にご挨拶申し上げます。ルシアナ・ヴァステンブルクと申します。王女殿下に拝謁叶いましたこと、光栄に存じます」
「えー!? いい、いい! そんなに堅苦しくしないで!」
コンスタンツェは慌てたように両手を振ると、レオンハルトを避けてルシアナに近付き、その両手を握った。
「私、十五年位前からブルタにいて、正直向こうのほうが故郷っていうか、自分が王女だってこともほとんど忘れてるっていうか、とにかくそんなかしこまられると逆に困っちゃうわ! ルドルティの人以外、私の存在はただの噂だと思ってる節もあるし、私も今更堅苦しい王女なんてやってられないというか、興味もないし! だから、そんな風に――って、れっきとした王女様だったルシアナちゃんに言うことじゃないわね!? ごめんなさい! ところで――」
「やめろ、コンスタンツェ。どうしてお前たち兄妹は他人との距離が近いうえに話しが長いんだ」
コンスタンツェの手首を掴み、ルシアナから引き剥がしたレオンハルトは、ルシアナを背に隠すと深く息を吐き出した。
そんなレオンハルトにコンスタンツェも溜息をつくと肩を竦める。
「あら、嫌だわ。テオ兄様と私を一緒くたにするなんて。相変わらず女心がわからないのね、レオン兄様ったら」
「お前たちが似ているのは否応もない事実だろう」
何やら言い争う二人の声を聞きながら、ルシアナは微笑を湛え続ける。顔に笑みを浮かべつつ、内心では気が動転していた。
(レ、レオンとおっしゃったかしら……!? レオンハルト様が愛称で呼ばれているのを初めてお聞きしたわ……!)
テオバルドの三つ下だという王女、コンスタンツェ・リリー・ヴォルケンシュタイン。
その名はシュネーヴェ王国に来る前、トゥルエノ王国ですでに聞き及んでいた。
幼少期から魔法術師協会のあるブルタ連合共和国に身を寄せており、半ば王籍を離れた状態であること。ブルタ連合共和国に身を寄せて以降の行動は把握できておらず、シュネーヴェ王国での彼女の立場については不明確であること。
(それから……レオンハルト様の伴侶として、血筋も能力も最も釣り合っている女性だと……アレックスお姉様はおっしゃっていたわ)
シュネーヴェ王国に来てからコンスタンツェの名前を聞いたことはなく、シュネーヴェ王国内ではブロムベルク公爵令嬢がレオンハルトの妻の最有力候補だと言われていたことを知り、ルシアナも特に尋ねるようなことはしなかった。
あのテオバルドでさえ話題に出さないのだから、部外者の自分が詮索するようなことはやめよう、と心に決め月日が過ぎていったが、まさかこんな風に突然会うことになるとは思ってもみなかった。
「だいたい貴方は私にあれこれ頼んでるんだから、私にも要求をのんでもらう権利くらいあるわ」
「俺だけで完結できるならいい。彼女を巻き込むな」
「あら。じゃあ、一日私に付き合いなさいと言ったらレオンハルトは一日私に付き合うの?」
「それが望みなら別に構わない」
(!? わたくしは構いますわ!?)
心の内が外に表れないよう、笑みを崩さず二人の会話を聞いていると、重く深い溜息が聞こえてきた。
「貴方って本当に女心がわからないのね」
「は……?」
コンスタンツェはもう一度溜息をつくと、素早くルシアナの後ろに回り、そのままルシアナを抱き締めた。
「ごめんなさい、ルシアナちゃん。私は、結婚して愛する妻がいるのに他の女の誘いに二つ返事で応じるような男、毛ほども興味ないから安心してね」
「――なっ、違っ……!」
「そう言えば紹介が遅れたわね。彼はセザール。魔法石のことは彼に相談するといいわ」
コンスタンツェの言葉に、にこにこと笑みを浮かべながら話を聞いていたもう一人の魔法術師が頭を下げる。レオンハルトが一瞬、そちらへ視線を向けた隙に、コンスタンツェはルシアナの肩を抱いて邸宅内に歩みを進めた。
「部屋はルシアナちゃんの好みにしていいんでしょう? ばっちり要望聞いておくから、そっちはそっちで話詰めておいてね。セザールはとっても優秀な魔法術師だから、何でも任せて大丈夫よ!」
「おい、待て……!」
どんどん中へ進んで行くコンスタンツェに押されながら、ちらりと後ろを窺えば、顔色を失くしこちらを眺めているレオンハルトが見えた。
わずかに足を動かし、こちらへ来ようかという素振りを見せるものの、セザールと呼ばれた魔法術師のことを気遣ってか、彼は結局その場に踏みとどまった。
レオンハルトへ向けていた視線をそのままコンスタンツェに向ければ、愉しそうなターコイズグリーンの瞳と目が合う。
「ふふ、ごめんなさい。レオンハルトがあんな風に感情的になる姿が珍しくて、ついからかいすぎちゃったわ。お詫びと言っては何だけど、できる限り希望は取り入れるから何でも言ってね」
明るく笑いながらウィンクするコンスタンツェに、ルシアナは口の端を上げ、にこりと笑みを返す。
(疑いようもなく、王太子殿下の妹君だわ)
初めてテオバルドに会ったときも嵐のようだと思ったな、と当時のことを思い返しながら、ルシアナは大人しくコンスタンツェに身を任せることを決意した。
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