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第十章
報告(一)
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(まさかもう正午を過ぎていたなんて……)
出されたスープの最後のひと口を飲んだルシアナは、口元を拭くと小さく息を吐く。
「足りないか?」
「いえ、十分ですわ。ありがとうございます」
「そうか」
優しく目尻を下げたレオンハルトは、ルシアナの頭に口付けを落とすと、手元の書類に視線を戻した。
あの温かな時間をいつまでも満喫していたかったが、そう願うルシアナの心とは裏腹に体が食事を要求し、呆気なくあの時間は終わりを迎えてしまった。
すぐにレオンハルトがエステルを呼び、普段着のワンピースに着替えたあとで食事が運ばれて来た。
レオンハルトはすでに食事を終えていたらしく、書類を確認しているレオンハルトの隣でルシアナは食事を取ることになった。
(レオンハルト様とののんびりとした時間がすぐに終わってしまったのは残念だけれど、体が求める通り食事をしたのは正解だったわ。目覚めたときより体が元気になっているような気がするもの)
りんごの甘い香りと、レモンの爽やかな風味が感じられる果実水を飲みながら、ルシアナはちらりとレオンハルトを窺う。
後ろの大きな窓から差し込む陽光が、さらさらなシルバーグレイの髪を煌めかせていた。
(暗いところでは黒っぽく見えるのに、明るいところでは白銀色に見えるから本当に不思議だわ)
レオンハルトは襟足が短く、うなじに髪がかからないため、シャツの襟と襟足の間からわずかに肌が見えている。
「……」
ルシアナは無意識のうちに、そのわずかに見えている肌を指先で撫でていた。生え際をなぞるように指を滑らせると、ふっと小さく彼の体が揺れた。
「楽しいか?」
「! も、申し訳ありません……! つい……」
「構わない。貴女の好きなようにしてくれ」
流し目でシアンの瞳を向けられ、ルシアナの頬が淡く色づく。
ルシアナは腕を引っ込め、視線を下げると、ぴとりとレオンハルトにくっついた。その行動にレオンハルトは小さく笑み、腰に腕を回してルシアナを抱き寄せる。
(……温かい)
すぐ傍にある温もりに静かに目を閉じると、ルシアナはレオンハルトに寄りかかった。
「邪魔ではありませんか?」
「何をされても、貴女を邪魔に思うことなどない」
「……ふふ」
(レオンハルト様はわたくしを甘やかしすぎだわ)
このままでは、自分がひどく我儘なだめ人間になってしまう。だからそんなに何でもかんでも許さないでほしい。そう思うのに、その甘さが嬉しくて、自然と口元は綻んだ。
「……エーリクから、今年のタウンハウスの冬の予算は貴女が組んだと聞いた。他にも家政についてほとんどを修了したと」
「はい。エーリクと……それからギュンターに、多くのことを教わりました。まだ慣れないことばかりですが、レオンハルト様の妻として、立派に務めを果たせればと思っております」
「ゆっくり覚えて慣れていけばいい。だから、休暇の間は俺に構ってくれ」
「まあ……!」
それはこちらのセリフだ、と目を開けレオンハルトを見上げたルシアナは、どこか神妙な面持ちのレオンハルトに小首を傾げる。
「……何かありましたか?」
レオンハルトが本当に話したいことは、別にあるような気がした。どうやって本題に持って行こうか迷っているように思えて、自然と問う言葉が口をついて出た。
その考えが合っていたのか、レオンハルトはルシアナを一瞥すると、少し逡巡したのち口を開いた。
「……ブリギッテ・クレンベラーと他三人の令嬢についてだが」
(……!)
披露宴の場をこちらの想定以上に荒らしたシュペール侯爵令嬢ブリギッテ・クレンベラー。
その処遇がどうなったのかレオンハルトに確認せねばと思ってはいたが、なかなかタイミングが掴めずずっと聞きそびれた状態だった。
(披露宴の場では、わたくしとレオンハルト様で、とお姉様にお伝えしたけれど、どういう対処をすべきなのかわたくしにはわからなくて、レオンハルト様に一任していたのよね)
ルシアナは腹に当たっているレオンハルトの手に自らのそれを重ねると、じっとレオンハルトを見つめた。
「どうなりましたか?」
「ブリギッテ・クレンベラーは、父の領地にある北の果ての修道院に入れた。あそこは魔物や獣しか寄り付かない、外界から断絶されたような場所だから、もう貴女を煩わせることはないだろう」
思っていたよりも寛大な処遇に、ルシアナは目を丸くする。
「トゥルエノ側からは何も要求がなかったのですか?」
「ルシアナの良きように、と言われたようだ。貴女は処刑までは望まないと思って……いろいろ処置は施したが、命は取らなかった」
(処置……)
彼の言う処置がどんなものかはわからないが、五体満足で、というわけではなさそうだ。
「無論、貴女が処刑を望むなら、今からでも首を落としてこよう」
曇りのないシアンの瞳に真っ直ぐ見つめられ、ルシアナは小さな笑みを浮かべると首を横に振った。
「いいえ、レオンハルト様。わたくしは、わたくしとレオンハルト様の大事な思い出を、血塗られたものにしたくはありません。それに、シュペール侯爵令嬢があのような言動をしたのは、わたくしが種を蒔いたからでもあります。お義兄様を巻き込んだため仕方ないとは言え、修道院行きも十分重い処罰ですわ」
「……貴女なら、そう言うと思った」
レオンハルトはどこか安堵したように息を吐くと、ルシアナの額に口付ける。
「それと、ブリギッテ・クレンベラーはシュペール侯爵家から除籍されているため、もう侯爵令嬢ではない。貴女がその名を口にすることは二度とないだろうから覚えておく必要はないが、念のため伝えておく」
「……そうなのですね」
一族としては正しい判断だろうが、家族にも見限られたシュペール侯爵令嬢のことを思うと、少しだけ胸が痛んだ。
(……いいえ。わたくしがこのような気持ちになるのは間違いだわ。すべてはわたくしの行動が発端で、彼女の現状は、わたくしがもたらしたものだもの。わたくしが彼女の将来を奪い、彼女の大事なものをすべて失わせたのだと、その事実をただ粛々と受け止め、あとは無関心でいるべきだわ)
ルシアナは視線を下げ、再びレオンハルトに寄りかかると、短く息を吐いた。
「他の方々は、どうなりましたか?」
出されたスープの最後のひと口を飲んだルシアナは、口元を拭くと小さく息を吐く。
「足りないか?」
「いえ、十分ですわ。ありがとうございます」
「そうか」
優しく目尻を下げたレオンハルトは、ルシアナの頭に口付けを落とすと、手元の書類に視線を戻した。
あの温かな時間をいつまでも満喫していたかったが、そう願うルシアナの心とは裏腹に体が食事を要求し、呆気なくあの時間は終わりを迎えてしまった。
すぐにレオンハルトがエステルを呼び、普段着のワンピースに着替えたあとで食事が運ばれて来た。
レオンハルトはすでに食事を終えていたらしく、書類を確認しているレオンハルトの隣でルシアナは食事を取ることになった。
(レオンハルト様とののんびりとした時間がすぐに終わってしまったのは残念だけれど、体が求める通り食事をしたのは正解だったわ。目覚めたときより体が元気になっているような気がするもの)
りんごの甘い香りと、レモンの爽やかな風味が感じられる果実水を飲みながら、ルシアナはちらりとレオンハルトを窺う。
後ろの大きな窓から差し込む陽光が、さらさらなシルバーグレイの髪を煌めかせていた。
(暗いところでは黒っぽく見えるのに、明るいところでは白銀色に見えるから本当に不思議だわ)
レオンハルトは襟足が短く、うなじに髪がかからないため、シャツの襟と襟足の間からわずかに肌が見えている。
「……」
ルシアナは無意識のうちに、そのわずかに見えている肌を指先で撫でていた。生え際をなぞるように指を滑らせると、ふっと小さく彼の体が揺れた。
「楽しいか?」
「! も、申し訳ありません……! つい……」
「構わない。貴女の好きなようにしてくれ」
流し目でシアンの瞳を向けられ、ルシアナの頬が淡く色づく。
ルシアナは腕を引っ込め、視線を下げると、ぴとりとレオンハルトにくっついた。その行動にレオンハルトは小さく笑み、腰に腕を回してルシアナを抱き寄せる。
(……温かい)
すぐ傍にある温もりに静かに目を閉じると、ルシアナはレオンハルトに寄りかかった。
「邪魔ではありませんか?」
「何をされても、貴女を邪魔に思うことなどない」
「……ふふ」
(レオンハルト様はわたくしを甘やかしすぎだわ)
このままでは、自分がひどく我儘なだめ人間になってしまう。だからそんなに何でもかんでも許さないでほしい。そう思うのに、その甘さが嬉しくて、自然と口元は綻んだ。
「……エーリクから、今年のタウンハウスの冬の予算は貴女が組んだと聞いた。他にも家政についてほとんどを修了したと」
「はい。エーリクと……それからギュンターに、多くのことを教わりました。まだ慣れないことばかりですが、レオンハルト様の妻として、立派に務めを果たせればと思っております」
「ゆっくり覚えて慣れていけばいい。だから、休暇の間は俺に構ってくれ」
「まあ……!」
それはこちらのセリフだ、と目を開けレオンハルトを見上げたルシアナは、どこか神妙な面持ちのレオンハルトに小首を傾げる。
「……何かありましたか?」
レオンハルトが本当に話したいことは、別にあるような気がした。どうやって本題に持って行こうか迷っているように思えて、自然と問う言葉が口をついて出た。
その考えが合っていたのか、レオンハルトはルシアナを一瞥すると、少し逡巡したのち口を開いた。
「……ブリギッテ・クレンベラーと他三人の令嬢についてだが」
(……!)
披露宴の場をこちらの想定以上に荒らしたシュペール侯爵令嬢ブリギッテ・クレンベラー。
その処遇がどうなったのかレオンハルトに確認せねばと思ってはいたが、なかなかタイミングが掴めずずっと聞きそびれた状態だった。
(披露宴の場では、わたくしとレオンハルト様で、とお姉様にお伝えしたけれど、どういう対処をすべきなのかわたくしにはわからなくて、レオンハルト様に一任していたのよね)
ルシアナは腹に当たっているレオンハルトの手に自らのそれを重ねると、じっとレオンハルトを見つめた。
「どうなりましたか?」
「ブリギッテ・クレンベラーは、父の領地にある北の果ての修道院に入れた。あそこは魔物や獣しか寄り付かない、外界から断絶されたような場所だから、もう貴女を煩わせることはないだろう」
思っていたよりも寛大な処遇に、ルシアナは目を丸くする。
「トゥルエノ側からは何も要求がなかったのですか?」
「ルシアナの良きように、と言われたようだ。貴女は処刑までは望まないと思って……いろいろ処置は施したが、命は取らなかった」
(処置……)
彼の言う処置がどんなものかはわからないが、五体満足で、というわけではなさそうだ。
「無論、貴女が処刑を望むなら、今からでも首を落としてこよう」
曇りのないシアンの瞳に真っ直ぐ見つめられ、ルシアナは小さな笑みを浮かべると首を横に振った。
「いいえ、レオンハルト様。わたくしは、わたくしとレオンハルト様の大事な思い出を、血塗られたものにしたくはありません。それに、シュペール侯爵令嬢があのような言動をしたのは、わたくしが種を蒔いたからでもあります。お義兄様を巻き込んだため仕方ないとは言え、修道院行きも十分重い処罰ですわ」
「……貴女なら、そう言うと思った」
レオンハルトはどこか安堵したように息を吐くと、ルシアナの額に口付ける。
「それと、ブリギッテ・クレンベラーはシュペール侯爵家から除籍されているため、もう侯爵令嬢ではない。貴女がその名を口にすることは二度とないだろうから覚えておく必要はないが、念のため伝えておく」
「……そうなのですね」
一族としては正しい判断だろうが、家族にも見限られたシュペール侯爵令嬢のことを思うと、少しだけ胸が痛んだ。
(……いいえ。わたくしがこのような気持ちになるのは間違いだわ。すべてはわたくしの行動が発端で、彼女の現状は、わたくしがもたらしたものだもの。わたくしが彼女の将来を奪い、彼女の大事なものをすべて失わせたのだと、その事実をただ粛々と受け止め、あとは無関心でいるべきだわ)
ルシアナは視線を下げ、再びレオンハルトに寄りかかると、短く息を吐いた。
「他の方々は、どうなりましたか?」
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