ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第八章

社交界の閉幕(五)

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 ひと時の逢瀬を楽しんだルシアナは、レオンハルト共にホールに戻る。
 レオンハルトへの溢れ出る想いをを隠さなくていいのだと思うと自然と肩の力が抜けた。当然、ずっと緩んだ表情を浮かべるつもりも、何も繕わず応対するつもりもないが、それはレオンハルトへの想いを隠すことに比べたら造作もないことだ。
 レオンハルトと一緒にいることで先ほどより多くの好奇の目が向けられているが、それもまったく気にならない。むしろ、もっと見てくれていいという気さえしてくる。

「……大丈夫か?」

 肩に回された手が、優しく二の腕をさする。
 想像以上に視線が集まっていると思ったのか、気遣わしげに問いかけるレオンハルトに、ルシアナは顔を上げて微笑んだ。

「もちろんですわ。これくらいは想定内ですもの」
「そうか」

 どこかほっとしたように目尻を下げたレオンハルトに、遠くで小さな悲鳴が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。

「仲が睦まじくてよいわね、二人とも」
「母上」

 聞こえた声に振り返れば、そこには微笑ましそうなユーディットと、どこかぐったりとした様子のテレーゼがいた。

(まあ……どうされたのかしら)

 心配げにテレーゼを見遣れば、ユーディットがテレーゼの背を軽く押した。

「ルシアナさん、よければこの子の息抜きに付き合ってあげてくれないかしら」
「まあ、もちろんですわ。テレーゼ様、あちらのケーキが並んでいるところに参りませんか」

 ぱっとレオンハルトの傍から離れテレーゼの手を取れば、テレーゼの瞳に光りが戻り、彼女はゆっくりと頷いた。

「……俺も――」
「レオンハルト」

 レオンハルトの言葉を遮るように、ユーディットが鋭く彼の名を呼ぶ。レオンハルトはわずかに眉を寄せたものの、何も言わず伸ばした手を引っ込めた。
 その様子が可愛らしく、ルシアナは思わず笑みを漏らす。
 レオンハルトのことは心から愛しているし、とても大切に想っているが、ルシアナにとっては友情も大切だった。せっかく一緒に過ごそうとしてくれたのに申し訳ないと思いつつも、ルシアナはテレーゼに身を寄せる。

「では、わたくしたちはあちらに行って参ります」
「ええ。今日が終わったらしばらく会えないのだから、楽しんで来るといいわ」

 そうなのか、と思いつつ、ルシアナは「わかりましたわ」と答えると、テレーゼと二人その場を離れる。
 移動しながら、ちらりとレオンハルトを窺えば、彼はユーディットに連れられどこかへと移動するようだった。

(お義母様はレオンハルト様にご用事があったのね)

「……ごめんなさい、わたしに付き合わせて」

 レオンハルトたちの姿を見ていないのか、申し訳なさそうに聞こえた声に、ルシアナはテレーゼを見ると明るい笑みを返す。

「まあ。そのようなことおっしゃらないでくださいませ。わたくしはテレーゼ様とご一緒できて嬉しいですわ」

 テレーゼは、ふっと眉尻を下げて笑い「ありがと」と呟くと、大きく息を吸い込んだ。どこか肩の力が抜けた様子のテレーゼは、一口大のケーキを三つほど皿に載せる。
 ルシアナもフルーツのプチタルトをいくつか皿に取ると、場所を移動してプチタルトを食べる。いちごの酸っぱさとショコラクリ―ムの甘さが口いっぱいに広がり、自然と口角が上がった。
 テレーゼも美味しそうに目尻を下げており、ルシアナはほっと息をつく。

(……先ほどの様子については、尋ねないほうがいいのかしら)

 それとも触れてもいいのだろうか、と咀嚼しながら考えていると、「ねえ」とテレーゼから声を掛けられる。

「……別に、深い意味はないんだけど……トゥルエノっていいところよね?」
「? はい。とてもよいところだと思います。一年を通して暖かいので果物もたくさん実をつけますし、海の幸も豊富で……様々な文化の方と縁があるので、珍しいものもたくさんありますわ」
「そ、そうよね。前にも教えてもらってたわ、ごめんなさい。……その、こっちとは……全然違うのよね?」
「そうですね。やはり風土が違うので」

(なんて、トゥルエノの国内を見て回ったことはないし、こちらに来てからも街へ行ったことがないから、知識上ではそうだというだけだけれど)

 塔に入っていたことは積極的に知らせるようなことでもないため、ルシアナは余計なことは口に出さず、笑みを浮かべる。

(けれど、突然どうしたのかしら)

 不思議に思いながら、何か考え込んでいるテレーゼを見ていると、彼女は何かに気付いたように目を見開き、ルシアナの手を取って場所を移動する。
 どうしたのだろう、と思いながらもされるがままになっていると、テレーゼは柱の陰に身を隠し、そっと辺りを窺ってから、ほっと息を吐いた。

「……どなたかお会いしたくない方でも?」

 思わず問いかければ、テレーゼはわずかに肩を跳ねさせ、盛大な溜息をついた。

「……会いたくない、とかじゃないんだけど……パーティーとかで会うとよく声を掛けてくださる方がいて……」
「……つきまとわれているということですか?」
「ち、違うわ! とても紳士的な方なのだけど……その、わたし今はまだあまりそういうことは考えられなくて」

 “そういうこと”とは“結婚”だろう。ルシアナが、ふむ、と口を閉じると、テレーゼは、はっとしたように首を振った。

「別におにい様のことは関係ないわよ!? もう過去の想いだとわたしの中で一区切りついてるし、今はおにい様よりあなたのことが好きだもの」
「まあ。わたくしもテレーゼ様が好きですわ」

 ふふ、と笑みをこぼせば、テレーゼは顔を赤くしながら「そ、それで!」と咳払いをした。

「今、わたしはいろんなことに興味があるの。違う国、違う種族、違う文化……できれば、実際に見て、触れ合って、感じてみたい」

 だから先ほどトゥルエノ王国について聞いて来たのか、と納得していると、テレーゼは未来を見るように遠くを見ながら目を煌めかせる。

「もちろん、これが我儘であることはわかってるし、無理な願いなのもわかってる。でも、言ってみないことには始まらないから、領地に帰ったらお父様にお話ししてみようと思うの。結婚は少しだけ待ってほしいって。できれば、外国に行ってみたいって。だから……」

 ふっとテレーゼの目から光が消え、疲労の色が濃く顔に出る。

「だから、いろいろお誘いがあっても当たり障りなく断るしかないのよ。最後のパーティーだからか、今日はやたら声掛けれるわ、ダンス誘われるわで……」

(ああ……だからぐったりしていたのね)

 ルシアナは労わるようにテレーゼの背を撫でる。

(わたくしはテレーゼ様の夢を応援したいわ)

 自分にできることがあれば何でも力になろう、と心に決めたルシアナは、今この場はテレーゼの息抜きに付き合いつつ、彼女の盾となろう、と決心した。
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