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第八章
事件の顛末(二)
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曰く、犯人である“キャサリン・アンデ”――本名、ジャネット・ダンヴィルは、魔法術師の中に一部いる、魔法術師至上主義の思考の持ち主だったそうだ。
多くの魔法術師は、世界の根源たる精霊を崇めており、精霊の加護を受ける者たちのことも“精霊術師”と呼び敬っている。敬い具合は人それぞれだが、精霊への崇拝がそのまま精霊術師に向かうことも少なくなく、魔法術師は己の立場を弁えるが如く、精霊術師と一定の距離を保つ者が多かった。
トゥルエノ王国に魔法術師が少ないのも、王族全員が例外なく精霊の加護を受けた、本来希少なはずの精霊術師ばかりの国だというのが理由だった。数百年にわたり精霊術師を生み出し続けているトゥルエノの血筋は、魔法術師にとっては畏敬を超えた畏怖の対象であり、トゥルエノ王国に身を寄せるのは、余程の物好きか、肝が据わっているかのどちらかだった。
しかし、そんな魔法術師の中にも、精霊術師に対し反感を抱く者たちがいる。
それが、魔法術師至上主義を掲げる者たちだ。
彼らは、本来マナ操作を行えない種族である自分たちがそれを行えるということに、優越感と高いプライドを持っていた。そのため、マナ操作を行えない凡人が精霊の加護により一部魔法を使えること、その力が魔法術師の使う魔法より遥かに強いことに嫉妬し、嫌悪していた。
もっと言ってしまえば、精霊の加護を受けられること自体、彼らは疎んでいるようだった。
というのも、精霊の加護はそもそもマナ操作を行えない者にしか与えられないものなのだ。
精霊の加護というのは、精霊自身のマナを契約者のマナと混ぜ合わせ、自身の力の一部を使わせることを言うのだが、自分でマナ操作を行える者たちは、他者からのマナの干渉を無意識的に拒絶してしまうという特性があった。
精霊の加護を受けるには、精霊が加護を与えたいと思えるほど、何か一つのことに打ち込み、極めることも大事だが、“マナ操作が行えない”ということが何よりも重要なポイントだった。
そのため、魔法術師はもちろんのこと、生まれながらマナ操作が行えるドラゴンやエルフなども、どんなに何かを極めようとも精霊の加護を得ることができないのだ。
この事実を不公平だと考え、精霊は人間界に干渉すべきではない、精霊が世の秩序を乱している、精霊は精霊界のみで暮らし、人間界は自分たちが支配するのだという思想を持っているのが、魔法術師至上主義の者たちだった。
「貴女を傷付けるというよりは、精霊術師より魔法術師のほうが有能であることを示したかったようだ。所詮力を借りているだけの者では役に立たない……その力は仮初の偽物の力なのだ、と」
レオンハルトの話を聞きながら、ルシアナは、なるほど、と納得した。
自分が狙われていたということに最初は驚いたが、相手が魔法術師至上主義だと言われれば納得感しかない。
(そういうことがあるかもしれない、とは思っていたけれど、本当にあるなんて……)
半年ほど前、シュネーヴェ王国に向かう途中、アリアン共和国でしたベルとのやりとりが思い出される。
『ルシーが嫁ぐ国には魔法術師がたくさんいるんだろ? 色々見せてもらったらいいじゃないか』
『……でも――』
あのとき、ロイダが来たため話を中断したが、「でも」のあとにはこう続ける予定だった。
“でも、魔法術師の中にはわたくしたちのような存在を疎む方もいるわ。魔法術師が多いということは、そういう方がいる可能性も高いもの。だから、わたくしから無闇に魔法術師の方には近付けないわ”と。
(実際に事が起きてしまったのは残念だけれど、こればかりは仕方がないわ。……わたくしが変に刺激したせいで騒動が大きくなってしまった気がするけれど、トゥルエノの血を引く者として、ベルに加護を与えられた者として、わたくしの立場と名を失墜させるわけにはいかないもの)
だからこちらが先に手を打ったのは悪手というわけではなかったな、と内心安堵しながら、ルシアナは「ですが」と声を掛ける。
「“キャサリン・アンデ”――いえ、ジャネット・ダンヴィルでしたね。ジャネット・ダンヴィルがキャサリン・アンデに成り代わったのは二年ほど前だと、以前の調査で判明していますわ。彼女が二年も前に他人に成り代わっていた理由は何でしょうか? それとも、二年前にキャサリン・アンデに成り代わったのは、ジャネット・ダンヴィルではない、という可能性も……?」
ルシアナの問いに、レオンハルトは首を横に振る。
「いや、二年ほど前から“キャサリン・アンデ”としてこの国で暮らしていたのは自分だと、ジャネット・ダンヴィル本人が認めている。理由は単純に、魔法術師の多いこの国なら、魔法を使える自分がいても悪目立ちしないかららしい。安定した衣食住があるなら、成り代わる人物は誰でもよかったそうだ」
「……アシュレン伯爵夫人との関係は?」
「キャサリン・アンデに成り代わる際に協力を得たこと、テレーゼに魔法を施したのは自分だということは、ジャネット・ダンヴィルが証言した。が、テレーゼに魔法を施したのも、今回の事件も、すべて自分が貴女を陥れるためにやったのだ、ともジャネット・ダンヴィルは言っている。重要参考人としてカルラ・ハルトマンも召喚したが、あっちは『何も知らなかった』『成り代わりを手伝ったのはアンデ家とジャネット・ダンヴィル双方を助けるためだった』と言ってるし、狩猟大会の件は本当に寝耳に水のようだった」
カルラには、危険人物を国内に引き入れたことへの責任として、私財の一部を国に献上すること、狩猟大会が途中で中止となったことで十分な利益を得られなかったアルメン子爵家に賠償金を支払うこと、ジャネット・ダンヴィルがシュネーヴェ王国で過ごした日数分、奉仕活動をすることが命じられたそうだ。
また、伯爵家自体にも、領地の一部返還が言い渡される予定らしい。
「できればここで完全にこの悪縁を断ち切りたかったが……」
深く息を吐き出したレオンハルトの横顔に疲れが滲んで見え、ルシアナは自身の身勝手な行いを反省した。
(わたくしが会いに行かなければ、レオンハルト様は夜会まで休むことができたのに……)
「レオンハルト様」
ルシアナはレオンハルトに身を寄せ、足の上に置かれた彼の手に両手を重ねる。
「わたくしの気が逸り、レオンハルト様に無理をさせてしまいましたわ。どうぞ今からでもごゆっくりお休みく、だ、さ……?」
(あら……?)
言い終わる前にソファに押し倒され、レオンハルトに隙間なく抱き締められる。
首に鼻先をすり寄せたレオンハルトが、大きく息を吐いた。
「夜会の準備もあるだろうし、邸を出る時間まで貴女には会えないと思っていた。だから帰って来てすぐ貴女に会えて俺は嬉しかった。……特に楽しくもない話をするのに、あまり貴女に触れてはと思ったが、それがいけなかったか?」
ぐりぐりと頭を擦り付けるレオンハルトに、状況を理解したルシアナの胸が甘く締め付けられる。
(まあ……だめよ……レオンハルト様はお疲れなのに……可愛らしいだなんてときめいては……)
そう自分を自制しようとするものの、胸のときめきは抑えられず、ルシアナは自らの頬をレオンハルトの頭にすり寄せた。
「あの、わたくしもレオンハルト様にお会いしたかったので……こうしてご一緒できて嬉しいですわ。その、それでレオンハルト様が癒されるのであれば……お好きに触れてくださいませ」
レオンハルトは自分の髪に触れるのが好きなようだったな、ということを思い出しながらそう伝えれば、体を強張らせたレオンハルトが顔を上げる。その眉はきつく寄せられていたが、ルシアナが微笑を返すと、彼は短く息を吐き体を起こした。
「……あまり、恐ろしいことを容易に口にしないでくれ」
「恐ろしいことですか……?」
レオンハルトに引き起こされながら、そんなこと言っただろうか、と小首を傾げれば、レオンハルトは少し困ったように小さく笑み、ルシアナの腰に腕を回した。
「……ジャネット・ダンヴィルの処分についてだが……」
多くの魔法術師は、世界の根源たる精霊を崇めており、精霊の加護を受ける者たちのことも“精霊術師”と呼び敬っている。敬い具合は人それぞれだが、精霊への崇拝がそのまま精霊術師に向かうことも少なくなく、魔法術師は己の立場を弁えるが如く、精霊術師と一定の距離を保つ者が多かった。
トゥルエノ王国に魔法術師が少ないのも、王族全員が例外なく精霊の加護を受けた、本来希少なはずの精霊術師ばかりの国だというのが理由だった。数百年にわたり精霊術師を生み出し続けているトゥルエノの血筋は、魔法術師にとっては畏敬を超えた畏怖の対象であり、トゥルエノ王国に身を寄せるのは、余程の物好きか、肝が据わっているかのどちらかだった。
しかし、そんな魔法術師の中にも、精霊術師に対し反感を抱く者たちがいる。
それが、魔法術師至上主義を掲げる者たちだ。
彼らは、本来マナ操作を行えない種族である自分たちがそれを行えるということに、優越感と高いプライドを持っていた。そのため、マナ操作を行えない凡人が精霊の加護により一部魔法を使えること、その力が魔法術師の使う魔法より遥かに強いことに嫉妬し、嫌悪していた。
もっと言ってしまえば、精霊の加護を受けられること自体、彼らは疎んでいるようだった。
というのも、精霊の加護はそもそもマナ操作を行えない者にしか与えられないものなのだ。
精霊の加護というのは、精霊自身のマナを契約者のマナと混ぜ合わせ、自身の力の一部を使わせることを言うのだが、自分でマナ操作を行える者たちは、他者からのマナの干渉を無意識的に拒絶してしまうという特性があった。
精霊の加護を受けるには、精霊が加護を与えたいと思えるほど、何か一つのことに打ち込み、極めることも大事だが、“マナ操作が行えない”ということが何よりも重要なポイントだった。
そのため、魔法術師はもちろんのこと、生まれながらマナ操作が行えるドラゴンやエルフなども、どんなに何かを極めようとも精霊の加護を得ることができないのだ。
この事実を不公平だと考え、精霊は人間界に干渉すべきではない、精霊が世の秩序を乱している、精霊は精霊界のみで暮らし、人間界は自分たちが支配するのだという思想を持っているのが、魔法術師至上主義の者たちだった。
「貴女を傷付けるというよりは、精霊術師より魔法術師のほうが有能であることを示したかったようだ。所詮力を借りているだけの者では役に立たない……その力は仮初の偽物の力なのだ、と」
レオンハルトの話を聞きながら、ルシアナは、なるほど、と納得した。
自分が狙われていたということに最初は驚いたが、相手が魔法術師至上主義だと言われれば納得感しかない。
(そういうことがあるかもしれない、とは思っていたけれど、本当にあるなんて……)
半年ほど前、シュネーヴェ王国に向かう途中、アリアン共和国でしたベルとのやりとりが思い出される。
『ルシーが嫁ぐ国には魔法術師がたくさんいるんだろ? 色々見せてもらったらいいじゃないか』
『……でも――』
あのとき、ロイダが来たため話を中断したが、「でも」のあとにはこう続ける予定だった。
“でも、魔法術師の中にはわたくしたちのような存在を疎む方もいるわ。魔法術師が多いということは、そういう方がいる可能性も高いもの。だから、わたくしから無闇に魔法術師の方には近付けないわ”と。
(実際に事が起きてしまったのは残念だけれど、こればかりは仕方がないわ。……わたくしが変に刺激したせいで騒動が大きくなってしまった気がするけれど、トゥルエノの血を引く者として、ベルに加護を与えられた者として、わたくしの立場と名を失墜させるわけにはいかないもの)
だからこちらが先に手を打ったのは悪手というわけではなかったな、と内心安堵しながら、ルシアナは「ですが」と声を掛ける。
「“キャサリン・アンデ”――いえ、ジャネット・ダンヴィルでしたね。ジャネット・ダンヴィルがキャサリン・アンデに成り代わったのは二年ほど前だと、以前の調査で判明していますわ。彼女が二年も前に他人に成り代わっていた理由は何でしょうか? それとも、二年前にキャサリン・アンデに成り代わったのは、ジャネット・ダンヴィルではない、という可能性も……?」
ルシアナの問いに、レオンハルトは首を横に振る。
「いや、二年ほど前から“キャサリン・アンデ”としてこの国で暮らしていたのは自分だと、ジャネット・ダンヴィル本人が認めている。理由は単純に、魔法術師の多いこの国なら、魔法を使える自分がいても悪目立ちしないかららしい。安定した衣食住があるなら、成り代わる人物は誰でもよかったそうだ」
「……アシュレン伯爵夫人との関係は?」
「キャサリン・アンデに成り代わる際に協力を得たこと、テレーゼに魔法を施したのは自分だということは、ジャネット・ダンヴィルが証言した。が、テレーゼに魔法を施したのも、今回の事件も、すべて自分が貴女を陥れるためにやったのだ、ともジャネット・ダンヴィルは言っている。重要参考人としてカルラ・ハルトマンも召喚したが、あっちは『何も知らなかった』『成り代わりを手伝ったのはアンデ家とジャネット・ダンヴィル双方を助けるためだった』と言ってるし、狩猟大会の件は本当に寝耳に水のようだった」
カルラには、危険人物を国内に引き入れたことへの責任として、私財の一部を国に献上すること、狩猟大会が途中で中止となったことで十分な利益を得られなかったアルメン子爵家に賠償金を支払うこと、ジャネット・ダンヴィルがシュネーヴェ王国で過ごした日数分、奉仕活動をすることが命じられたそうだ。
また、伯爵家自体にも、領地の一部返還が言い渡される予定らしい。
「できればここで完全にこの悪縁を断ち切りたかったが……」
深く息を吐き出したレオンハルトの横顔に疲れが滲んで見え、ルシアナは自身の身勝手な行いを反省した。
(わたくしが会いに行かなければ、レオンハルト様は夜会まで休むことができたのに……)
「レオンハルト様」
ルシアナはレオンハルトに身を寄せ、足の上に置かれた彼の手に両手を重ねる。
「わたくしの気が逸り、レオンハルト様に無理をさせてしまいましたわ。どうぞ今からでもごゆっくりお休みく、だ、さ……?」
(あら……?)
言い終わる前にソファに押し倒され、レオンハルトに隙間なく抱き締められる。
首に鼻先をすり寄せたレオンハルトが、大きく息を吐いた。
「夜会の準備もあるだろうし、邸を出る時間まで貴女には会えないと思っていた。だから帰って来てすぐ貴女に会えて俺は嬉しかった。……特に楽しくもない話をするのに、あまり貴女に触れてはと思ったが、それがいけなかったか?」
ぐりぐりと頭を擦り付けるレオンハルトに、状況を理解したルシアナの胸が甘く締め付けられる。
(まあ……だめよ……レオンハルト様はお疲れなのに……可愛らしいだなんてときめいては……)
そう自分を自制しようとするものの、胸のときめきは抑えられず、ルシアナは自らの頬をレオンハルトの頭にすり寄せた。
「あの、わたくしもレオンハルト様にお会いしたかったので……こうしてご一緒できて嬉しいですわ。その、それでレオンハルト様が癒されるのであれば……お好きに触れてくださいませ」
レオンハルトは自分の髪に触れるのが好きなようだったな、ということを思い出しながらそう伝えれば、体を強張らせたレオンハルトが顔を上げる。その眉はきつく寄せられていたが、ルシアナが微笑を返すと、彼は短く息を吐き体を起こした。
「……あまり、恐ろしいことを容易に口にしないでくれ」
「恐ろしいことですか……?」
レオンハルトに引き起こされながら、そんなこと言っただろうか、と小首を傾げれば、レオンハルトは少し困ったように小さく笑み、ルシアナの腰に腕を回した。
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