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第八章

事件の顛末(一)

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 あのあと間もなく犯人が捕縛されたとの知らせが入り、レオンハルトは仕事へと戻って行った。共犯がいる可能性もあったため、ルシアナを含めたすべての人がしばらく会場に留まることになったが、その可能性がないとわかると速やかに家へと帰された。
 ルシアナも護衛と共にタウンハウスに戻り、レオンハルトの帰りを待ったが、その日レオンハルトが邸宅へと帰って来ることはなかった。
 三日間の狩猟大会が終わったあとは、一日の休息日を挟んで、社交界シーズン最後となる盛大な夜会が執り行われる予定になっていた。そのため、翌日には帰って来るだろうと帰宅を待ったが、その日もレオンハルトが帰って来ることはなかった。

 中止の知らせがないことから、夜会は予定通り行われるのだろうと準備を進めつつ、レオンハルトは夜会にも参加しないのだろうか、と案じながら眠りについた夜会当日の早朝、レオンハルトの帰宅の知らせで、ルシアナは目を覚ました。
 ベッドから飛び起き、ガウンだけ羽織ってエントランスに向かう。二階の吹き抜け部分まで行くと、レオンハルトとエーリク、そして見慣れない人物が階段を上がって来るのが見えた。
 ルシアナは咄嗟に引き返し廊下の隅に身を隠すと、様子を窺うように顔だけを覗かせる。

(……お客様かしら?)

 エーリクだけなら、今の格好でも許される。しかし、さすがに客人の前となると、今の格好は淑女としても、公爵夫人としても相応しくない。
 レオンハルトに会いたい一心で来てしまったが、一度部屋に戻って出直すべきだろうか、と考えていると、階段を上がって来たレオンハルトと視線が絡む。

「あ……」

 思わず一歩下がったルシアナだったが、そんなことは何の意味もないとでもいうように、レオンハルトが急速に距離を詰める。目の前まで来たレオンハルトは、ルシアナの格好を見てわずかに目を細めたが、何も言わずジャケットを脱ぐと、それをルシアナの肩に掛けて縦に抱き上げた。

「早起きだな、ルシアナ」
「レオンハルト様が帰られたと聞いたので……」

 ちらり、とレオンハルトの後ろに目を向けると、見慣れない人物が驚いたようにこちらを見ていた。

(……あら?)

 その見開かれたオリーブ色の瞳に既視感があり、ルシアナは小首を傾げる。

「違っていたらごめんなさい。もしかして、あなたがヴァルターかしら?」

 ギュンターと入れ替わりでやって来ると言っていた、レオンハルトのもう一人の執事であるギュンターの息子。燕尾服を着ていないので確証はないが、目元がギュンターにとてもよく似ていた。
 見慣れない人物は、ルシアナの推測が合っていることを示すように、さっと頭を下げた。

「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。シルバキエ公爵家にて旦那様の執事を務めております、ヴァルター・カロッサと申します。本日からまた旦那様のお傍に仕えることとなりましたので、お見知りおきのほどよろしくお願いいたします」

 丁寧に挨拶をしてくれたヴァルターに、ルシアナも挨拶を返そうと、レオンハルトに下ろしてほしいと頼もうとしたものの、ルシアナが何か言うより早く唇に柔らかいものが当たる。

(……え)

 間近で煌めくシアンの瞳に、ルシアナはただ目を丸くした。何が起きたのかわからず呆然としていると、レオンハルトが振り返る。

「ヴァルター、あとのことは予定通り進めておいてくれ。エーリク、不在時の報告はまた後日聞く」
「はっ」
「かしこまりました」

 二人からの返事を聞くと、レオンハルトは体の向きを戻し、どんどん進んで行く。
 頭を下げる二人を視界の端で捉えながら、きちんと挨拶をしなければ、と思う一方でルシアナの脳内は先ほどのことでいっぱいだった。

(わたくし、キスをされたのかしら……?)

 キスをされたことは間違いないはずなのに、もしかしたら自分が何か勘違いをしているのではないか、という気がしてならない。
 まさかレオンハルトが人前でキスをすようなタイプだとは思っていなかったのだ。
 いまだ状況が理解できないままぼんやりしていると、レオンハルトがある一室に入る。
 そこはレオンハルトの執務室で、彼の執務室らしい、無駄が一切ない部屋だった。
 さりげなく施された金象嵌の模様が美しい本棚には、本が隙間なく並び、執務机の上には書類や手紙を入れておくトレイ、インク瓶、ガラスペンが整然と並んでいる。

 部屋の中央には、応接用か、木製の長テーブルと、それを挟むように二人掛けの黒い革張りのソファが対で置かれていた。
 レオンハルトはソファにルシアナを下ろし、メイドを呼んでお茶の準備を頼むと、ルシアナの隣に腰掛ける。おずおずと隣を窺えば、レオンハルトが静かにこちらを見つめていた。
 先ほどのことがじわじわと実感としてわいてきて、頬が熱くなる。
 レオンハルトは、ふっと目を細めると手袋を外しルシアナの頬に触れる。そのまま親指の腹で軽く頬を撫でると、手を首へと滑らせ、鎖骨を撫でるようにガウンの合わせ目に指を入れる。
 その状態のまま、レオンハルトはルシアナの耳元に口を寄せた。

「あまり、他の男の前に無防備な姿を晒さないでくれ」

 低く囁かれた言葉に、ルシアナはわずかに体を震わせる。

「も、うしわ、ッン」

 謝罪の言葉は、レオンハルトの口内に溶けて消える。
 一度ねっとりと舌を絡めると、彼はすぐに口を離し立ち上がった。
 一瞬で消えた温もりに一抹の寂しさを覚えたものの、すぐに聞こえたノックの音に居住まいを正す。
 レオンハルトはメイドからトレイを受け取ると、再び隣に座る。それぞれの前にカップを置き、ハーブティーを注ぐと、ルシアナに飲むよう促した。

「ありがとうございます……」

 一口飲むと、ミントの爽やかな香りが鼻腔から抜けていった。今が早朝など改めて知らしめるような香りに、熱を持ちそうだったルシアナの体が次第に鎮まっていく。
 それはレオンハルトも同じだったのか、同じように一口飲んだレオンハルトはカップをソーサーに戻すと、片手で顔を覆い深く息を吐き出した。

「すまない」
「い、いえ。大丈夫ですわ。その……嫌ではないので」
「……そうか」

 レオンハルトはそう小さく漏らすと、もう一度大きく息を吐き、背筋を伸ばした。

「……狩猟大会での件を聞きに来たんだろう?」
「ええと……はい。お教えいただけるのなら」

 レオンハルトに会いたかったのは恋しさもあるが、何故あんなものを持った魔法術師がいたのか、あの人物の目的は結局何だったのか、それらが気になっていたというのもあった。
 あの魔法術師についてベルに尋ねたとき、何か含みのある言い方をしつつ、「レオンハルトに聞いたほうが正確だろう」と詳しくは教えられなかった。
 カップをソーサーに置き、体をレオンハルトのほうに向けると、彼は一度ルシアナを見てから、手元に視線を落とした。

「……結論から言うと、あの騒動の犯人の目的は貴女で、犯人の正体は“キャサリン・アンデ”だった」
「――えっ」

 驚いたように目を瞬かせるルシアナに、レオンハルトは騒動のあらましを説明した。
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